第百話 師匠!
「潜入情報部員の回収時の連絡手段」の事は完全に抜け落ちていました。
ローナ達がここにやってきた段階で初めて気付き「あっ、やば」と青ざめ、今更投稿済みの本文修正をする気も無く「どうすっぺか?」と。
なので書いている本人にも分かる程の「穴だらけ」ですが、笑ってゆるしてあげて下さい。
それとミアノアですが基地組にはネタバレ済みですが、研究所組の一部にはまだバレていないのでもう少しだけミア扱いとなっています。
*2024/10/24 超大規模修正を行いました!(今までの修正作業で一番時間がかかった・・)
・・・・・・
「おい、関係無い者とは誰だ?」
自らの姿を晒した上での発言。その場凌ぎとは思えず迷いが生じてしまい、質量兵器による攻撃を止めてしまう。
『おいらはここでやんすよー』
一方のロイズは揶揄い口調を最後に、艦を調査艦に擬装し直し群の中へ紛れてしまった。
「くっ、小賢しい真似を!」
「この様子では挑発にも乗ってこなさそうだな」
長話もせず僅かな時間で引き返したロイズ。これは「考える時間を与えない」と彼なりに考えた上での行動、シェリーを相手に駆け引きをしている。
その駆け引きは「こちらの性格を考慮した上で」であり、今更ながらに「してやられた」と気付き苛立つ素振りをしてしまう。
苛立ちの原因は他にもあった。
余裕すら感じられる大胆不敵な行動もそうだが、ロイズが乗っているのは自艦と同じ第七世代艦でありノアのお陰で迷彩能力に差はあるが、探知能力に関しては同一のままなのだ。あの数の調査艦に紛れ込まれたら特定するのは、探索艦の能力を以てしてもほぼ不可能となる。
つまり最初で最後かもしれない「最大の好機」を逃してしまった、かもしれないのだ。
その原因は自分にある。
ロイズ兄弟は未成年にも拘らず基地にて生活をしていた。しかも探索者ですらないのに基地には彼ら専用の艦が既に配備されてあったのだ。
受け入れ当時に主任から言われた 家庭の事情。それを裏付ける生活。
艦に乗る前段階である探索者育成施設に通う前の学生でもある彼らに対し、無意識のうちに「艦乗りとしては新人レベル以下の格下」と思っていた自分に腹を立てていたのだ。
とここまではロイズの思惑通りに事が進んでいた。
未成年でもある彼は「王道を邁進してきたシェリー」とは違い、年相応の普通な性格であり誰とでも「フレンドリー」に触れ合える性格をしている。弟よりも真面目な性格の兄も同じだが「二十歳以下」の者達とは良好な関係を築けていた。
(その一方兄共々、エマやエリスに対しては「邪な好意丸出し」で接しているので毛嫌いされている。また二十三歳以上の先輩達とは接点が少ないため、仲が良いとまでは言えない)
特にロイズはワイズよりも要領が良く世渡り&話し上手。この時に備えて、という訳ではないけれど日頃から相手に合わせた応対が上手かった。
そのロイズだが研究所側からは「時間稼ぎ」の指示を受けていた。
<探索艦を使い時間がくるまで、可能な限りどちらにも人的損害を出さずに膠着状態に持ち込め>と。
研究所直掩担当である彼はシェリーの姿を見た瞬間、与えられた手札をフルに活用するこのやり方を思いつき実行に移し見事に成功した。
後はのらりくらりと時間稼ぎに勤しむだけでよい。
そう、ここまでは想定通り。後はのらりくらりと時間稼ぎをすればいい、と。
だが今のシェリーは「ロイズが知っているシェリー」ではなかった。
変わったのはCエリアでの出来事のせいだが、その場にいなかったロイズの預かり知らぬ部分。だが仮にロイズではなくローナやラーナなどの専門教育を受けた者なら「自ら選択肢を狭める対応」はしなかっただろう。
特に戦力が拮抗している場合は「イニシアチブを取る」よりも「多くの情報」を集めた方が勝率が高くなるからだ。
ロイズはそれらの知識もなければ経験もない。オマケに椿のような「思慮深さ」もない、只の若人。
この差が後々自分の首を絞めることとなる。
対するシェリーは目的を見失わず冷静に分析を始めていた。
「あの中のいずれかに人が乗っていると?」
「奴を信じればな。ただのハッタリの可能性も捨てきれないが」
「私に手を出させなくする為のフェイク、と?」
「俺はその可能性が高い。見ているが」
考え込むシェリー。
「……コーチ、センサーに反応は?」
「今のところ生体反応の類は感知していない」
だからフェイクだと。
「巧妙に隠匿されているのかもしれませんね」
「ああ」
「仮に乗っていたとして、それはどなたなのでしょう?」
「調査部の職員?」
確かに調査部の艦。だが……
「……あの艦は無人では?」
そもそも人が乗る前提で設計はされていない。
「それにここは政府でもほんの一握りの者しか知らない極秘施設の筈」
極秘の宙域に部外者を招くだろうか?
……もし「協力関係」だったら?
それでは中立とは言えない。
……元から親密な関係だった?
「先を見越して」人が乗れるような改装が行える余地を残しておく。数を絞れば改造自体は僅かな時間で済む。
だがそれが事実なら調査部は完全に……
……いや今更か。
既に報復はしている。それに対し謝罪はおろか抗議すらしていないらしい。
……だが何故人を乗せる? 探索艦相手ではどう足掻こうが敵わないから?
仮に調査部員が乗っているとし、我々の攻撃により被害者? が出たとする。そこで抗議してきたところで、誰の目にも批判のすり替えとしか映らない。
我々は「探索者特権」という法を根拠とした正当防衛をしているのであって、敵対しているのが超法規的組織であろうと我々は法に基づいた正当な権利を行使しているだけ。その行為を妨害するのは法を順守しなければならない立場である「中央政府」に対する反乱行為に他ならない。
……法により成り立っている政府の一員である調査部が、自ら己の立場を悪くするのか? 大体何故「整合部」が出てこない? ……そういえばローナは「艦は椿が奪った」とも言っていた。
調査部の者ではない、気がする。
「なら研究所の職員か?」
「それなら……あり得るかと」
当たり前だが研究所の「主」とは会ったことはない。なので判断材料は皆無。だが……
……こちらが手を出せないと分かった上で進んで立候補した者がいた? いや本意ではない? 寧ろ決意の表れ?
どこか違和感を感じる。どれもこれもしっくりこない。
「どちらにしても真実なら容易に手は出せないぞ」
「……ええ」
「作戦の変更は避けられなくなったか」
ローナは「不殺」を指示してきた。もしかしたらこのような展開も予測していたからこそ、釘を刺していたのかもしれない。
そう思うと自分の行い全てが未熟ゆえに後手に回っていると感じてしまい、歯痒い思いに苛まれてしまったのだ。
「……そもそもロイズの信念……目的は何なのでしょう?」
人の有無よりもそちらの方が気になる。それさえ分かれば対策も立てやすい。
……何故敵側に組みしている? 奴にとって何の利益が?
「目的……我々と相対している理由、か?」
「はい」
「お前達姉妹と同じく人には言えない事情を抱えているのかも知れない。だが、だからと言って基地を破壊し、仲間を混乱に陥れた罪は許せるものではない」
「……そうですね。そこは同意見です」
妹との「再会時の気持ち」を思い出したのか、静かに闘志を燃やすシェリーであった。
・・・・・・
ローナと別れ単独隠密行動をしているミアは「二つの仕事」をするため、とある場所へと来ていた。
そこは緊急避難時以外は誰にも用のない小規模なドックで、シェリーが戦っている宙域からは死角となる場所にあった。
一つは研究員として潜入している情報部員の回収。
時が動き出した今、彼ら彼女ら潜入員の役目はほぼ終了した。貴重な情報を抱えている彼ら彼女らの崇高な行為を無駄に終わらせない、そして今後のためにも安全なエリアに移動させておきたい。
到着後、真っ先に取り掛かったのは『迎えに来た。帰還するから残らず集合せよ』という合図を、研究所側に悟られずに知らせること。
集合の合図は潜入計画が出た段階で何通りか決めておいたが、その後の情報部内の環境の変化により脱出計画そのものが見直された。
その変更は(定期的に送り込んでいた部員経由で)知らせてあり、今回はその中から(マリの潜入に合わせた)もっとも派手なプランで挑むこととなる。
手順だが、まず探索艦を隠蔽迷彩状態のまま集合予定地点の外壁に張り付かせ、ハッチの一部を派手に破壊する。
異変を検知したセンサー経由で警邏アンドロイドかロボットに現場に急行。その場で通常のやり取りで使われているプログラムに特製憑依型ウイルスを混ぜ込ませ強制的に感染させる。
正常に処理されたウイルスは防壁をすり抜けると、スミス達を管理している警戒システムAIへとまっしぐら。そのまま一部のスミスの「制御権」を奪い取った。
制御権を掌握した後は、駆け引き上手なローナに制御を任せて別の作業に取り掛かる。勿論部員の受け入れ準備を並行させながら。
一方のローナは各フロアの一定の間隔にいる、支配下に置いた「スミス達」を間髪入れずに暴走させた。
この時に注意したのは人や重要施設など救出作業に関わらないモノに損害を与えないという点。
これはお互いの間にある暗文律。
ルール違反に注意しながら、ついでに情報部員やマリが行動しやすいように指示を出す。
暴走させたスミス達には予め決めておいた、潜入部員のみ知っている合言葉を連呼させた。
この合図を聞いた潜入部員達は「今回の集合場所」を知ると決められていた通り、パニックに便乗しながら合言葉を連呼し逃げ回る。これは合図に気付けなかった者にも「帰還」を知らせるとともに、より大きなパニックを誘発させ無秩序状態にさせるといった副次的効果を狙った行為。
場が混乱すればするほどマリの手助けにも繋がるし「もう一つの計画」のカモフラージュにもなる。
そしてもう一つの目的。それは情報の抜き取り。バレたら確実に椿の怒りを買う行為。
とはいえこちらは「あったらいいな程度」で大して期待はしていない。この時期に技術的な情報を得ても対策は立てられないし方針の修正も困難だろうが、致命的な間違いだけは避けたいし、ミアだけでなくノアの今後の糧にも繋がると思い許可を出した。
なので今回はミア特製のハッキングツールを使っている。警備アンドロイドの暴走とは違い、発覚の恐れはないが時間が掛かるのが難点。
と、ここまで対策を立ててあるがどう足掻いても避けられない問題が一つ残っていた。
それは探索者にとって最警戒対象である「中の人」への対策。
研究所が待ち構えていたのは「中に人」が襲撃の情報をリークしたから。
ただ研究所側には具体的内容までは伝えられていなかった様子。どこから情報が漏れたかは知らないが、我々の対策が功を奏していたのかもしれない。
(そう考えれば情報漏れを起こした者が自ずと見えてくるが……)
それはそれとして「中の人」は通報だけで今の所はこちらの作戦に一切干渉していない。
何にか理由がありそうな気もするが、話しが通じる相手ではないので知る術はない。
ただ静観している理由なら分かる。それは我々の行動は容認できる範囲内なのだと。
ただそれは椿が決めた範疇内で収まっているからこその容認であって、少しでも道を逸れたら干渉してくるだろう。
「中の人」にとってはこれが暗文律に当たると思われる。どの程度を超えたら逆鱗に触れるのか、その辺り勘頼りとなる。
兎にも角にも今回は短期決戦であり長居は禁物。全ては「世界で唯一のレベル5の称号を持った者」が帰るまでに全てを終わらせたい。
「時間稼ぎ」が飽きる前に……
「……は〜い、みんな仲良く並んで、ね〜。割り込みしたら1番最後、だよ〜ん」
皆が続々と集まるこの場所は数十人が一度に乗れそうな小型救難艇が十隻、が納められてある格納庫。
ここ研究所にもいざという時の避難に使えるようにと脱出用救難艇が要所要所に設けられてあり、そのうちの一つ。救難艇は可動式床に乗った状態で収まっている。
その格納庫のハッチに艦の一部を侵入させてからストロー状に形状を変化。検閲も同時に行いながら部員達を順次「吸い上げて」艦内に入れている真っ最中。
集合場所で待機している情報部員達。
心配された残留希望者もなく、登録されている部員は全員集合していた。
彼ら彼女らの大半は「やっと帰還が出来る」と喜んでいるが、中には「あの探索艦」に乗り込めると違った意味ではしゃいでいる者もいた。
ただ全員、未だに任務の最中という事実は忘れていないらしく行儀良く一列にて待機していた。
回収作業も順調に進み、待機している部員も残りわずか。
元々数十人しかいなかったのでたいして時間は掛からない。
その様子をモニターで眺めていたミア。そこに突然声が掛かる。
「先生! ローナサンカラ暗号通信デス!」
アシ2号であった。
「……ローちゃんから、とな? 読み上げてくれ、たまゑちゃん」
「エーートデスネ……『金時山からの下山中♪ そちらの状況は?』トノコトデス」
途中はローナの口調で教えてくれた。
「……ほうほう。それは素晴らしきこと、だね」
下山とは帰還。つまり目的は達せられたと。
「返答デスガ如何シマスカ?」
「……もう直ぐ水揚げ完了、と」
「了解デス」
「水揚げ」も隠語。まあ特製暗号を使っているので気を使わなくてもいいのだが。
「……それでシェリーの戦況は、どう?」
「苦戦シテイルヨウデス」
「……マジっす、か?」
うっそー、といった表情。
「例ノウイルス弾ガネックニナッテイルヨウデス」
「……そう、か。ロイズも案外本気なのかも、ね。でもシェリーには全員回収まで何とか凌いで貰わん、と」
それが全員撤収の最低条件。とはいえ回収の方はもうすぐ終わるが。
「ゴショク君ニ出張ッテ貰イマスカ?」
手助けを提案。
「……それは無理だ、よ」
「何故……アッ! 失礼シマシタデス」
「……不器用なアチキには高度なプログラムの構築なんて直ぐには出来ませんよー、だ!」
「ス、スイマセンデス」
「……ふーーんだ!」
何故だか膨れてしまう。
(……ノアちゃん、や。応答、せよ)
ここで繋がりを使った呼び出し。
(……お? 宇宙から電波が……噂をすればミア、か。繋がり使っていいの、か?)
(……それどころでは無くなった、ぞ! 奴がこっちに現れたのじゃじゃじゃ!)
(……わぉ⁇)
それは一大事。
(……そうだよ、ね~。普通は驚くよ、ね~)
(……で?)
(……で⁇)
その為の悪だくみでしょ?
(……勝ったの、か?)
(……僕に恐れをなして……)
(……逃げられ、た?)
(……はい)
(……あれま)
(……ぐすん)
(……あれま)
(……慰めてくれないの、ね)
(……あれま)
(…………でね、今そっち向かってる、ところ)
(……何故、に?)
(……Aエリアの者達が全員そっちに連れてかれている、みたい)
(…………ほう)
(……でね、………………………………みたい、よ)
(……やばたにえん‼︎)
(……でしょ~)
(……でも私は今は動けん、ぞ?)
(……なんでや、ねん!)
(……人命救助、中~?)
(…………他の連中、は?)
(……無理茶漬け~って大体こっちでは見掛けていない、が?)
(……そう~? ま、そっちに着いたら僕が探す、ね。だからまたこっそり入れ替わろうか、ね?)
(……なんじゃ? もう終わり、かい?)
(……そういうこと、でーー)
(……そういうこと、かーー)
どうやら「悪だくみの時間」は終わりのようだ。
・・・・・・
家を出る前に丙に外の様子を調べて貰うが怪しい反応どころか生体反応すらなくなっていた。
玄関を開けて外の様子を窺う。丙の言う通り、先程まで感じていた人の気配はしなかった。
迷っている時間はない。なので家から外に。
敷地からエリーが通路へ出た途端、そこら中からスミスが湧いて出た。
彼らは通路に躍り出ると20m程の間を開けて行手を塞いでゆく。
「甲、来た道戻るで」
先程連絡を取った時点で通信封鎖は解除している。なのでマリの「潜入」と「現在位置」が発覚するのは織り込み済み。
よって甲達とエリーにだけは肉声でのやり取りに変えた。
「了解」
ドスの効いた低音。
こちらもジェスチャーではなく音声による返答へと変えていた。
「それがお前の声か? 渋い感じでええやんけ」
スミスを見据えながらのやり取り。
その間にも壁に厚みが増してゆく。
映画のワンシーンと同じく、道路上には軍隊の行進さながら隊列を組んだスミス達。その後方には追加のスミスらが行進に加わろうと駆け寄る姿まで見えてしまう。
「エリーの人気はたいしたもんや!」
スミス・スミス・スミス。道路はスミスで真っ黒。ただそれは路上に限ったことで隣家の敷地には一体もいなかった。
「皆ええか! 甲、エリー、乙、ウチ、丙の縦列で突破すっぞ!」
その言葉を合図に向きを変えた甲がゆっくり歩き出すと一歩ごとに加速してゆく。激突間際になると両手を広げ高速走るブルドーザーさながら敵に突撃してゆく。皆はその後に続く。
甲はボディービルダー顔負けのムキムキマッチョな体で体当たり。触れる物を全てを粉砕・なぎ倒して行く。
その情け容赦ない猪突猛進のお陰で後方を走るエリー達に雨霰の如く容赦なく破片が降り注ぐ。
だが破片が増すにつれ甲の進む速度が落ちてゆく。
その時、甲の足元の地面にヒビがはいる。見れば物量に負けずと地面を抉りながら速度を保もとうとしていたのだ。
その甲の奮闘の甲斐あり速度が再び上がってゆく。
体力が無いマリとエリー。まだ50mも走っていないが既に息切れを起こしていた。
ここで走るのを放棄し、シューズの反重力装置を作動させ飛んでついて行くことにした。
対するスミスは無手であった。手や体を使い甲の進撃を阻もうとするが、性能差からかあっけなく粉砕されていた。
だがスミスもやられてばかりではなかった。甲に身体を上下に分けられた一体のスミスが落下しながらエリーの腕を掴もうと手を伸ばしてきたのだ。
ここで掴まれたら速度低下は免れないし、一瞬で物量に飲み込まれてしまうだろう。
それを察知した、エリーの真後ろを走っていた乙はスミスの手があと数センチまで迫ったその時、自身の両腕をブレード状に変化させると目にもとまらぬ速さで一度だけ振った。
光速に近い速度。このレベルになると人の目では追えないし、スミス程度の性能では対処は無理。
結果、エリーに伸ばされていた手はスライサーによって千切りにされたゆで玉のように形を保てずに崩壊を起こしながら落下した。
何が起きたかマリには理解できない。ならばと気を使い、以後はマリの目でも追えれる速度に落として、肘から先を軽やかに振り回し障害物になり得る物を排除してゆく。
二体の活躍のお陰で四番手を飛ぶマリに破片が雨霰のように降り注ぐ。
後方では「無表情で息一つ切らさずに走るスミスの大群」が殿の位置にいる丙の直ぐそばにまで迫っていた。一瞬でも速度を緩めれば「黒い波」に飲み込まれてしまうだろう。
なんとか均衡を保ちながら公園前の広い区画へ。だがここもスミスで埋め尽くされていた。
「ウジャウジャと! 構わずそのまま公園に突撃や!」
マリの指示に従い勢いを殺さず向きを変える。
さらに速度を上げ公園に入ろうとしたところで変化が起きた。
なんと園内にはスミスがいなかったのだ。
だが追われていることには変わりないので走り続ける。ただ障害物が無くなったので速度は上げられた。
結果、イチャつく男女がいた、あの曲がりくねる小道の中程に差し掛かるころには後続との間が空いていた。
転送装置がある建物が見えた所で先頭の甲が止まり、皆を先に行かせる。
殿の丙が通り過ぎたところで猛追してきたスミスの波に飲み込まれた……がその波は一瞬で爆散すると甲が再び姿を現した。彼は破壊したスミスの残骸を使い後続をなぎ倒していた。
だが相手するには余りにも数が多すぎた。脇から上から足元から回り込もうとする者達が出てきたのだ。
それも阻止しようと今度は足元に散らばっていたスミスの残骸を蹴飛ばしたりして行く手を阻もうとする……が多勢に無勢で何割かに突破されてしまう。
そこに丙が引き返してきた。
彼女は両腕をブレード状に変化させると、すり抜けたスミス達を三枚・四枚・細切れ・微塵切りにしてゆく。
この二体の活躍のお陰で、5秒にも満たない間で周辺には残骸の山が出来上がっていく。
その間にエリー・乙の順に自動ドアを通過、室内へ。
「そのまま飛び込め!」
通過後に転送先の装置を破壊すれば追撃は躱せる。それをやるのは殿に変わった甲の役目。
初めにエリーが、次に乙が転送装置の上にダイブし消えて行く。
続けて飛び込もうとしたところ、後方からきた飛んできた? 破片が運悪く転送装置にめり込んでしまう。
「なっ!」
ダイブしたまま装置の上を通過する。勢いそのまま先の床へ落下した。
急ぎ立ち上がり装置の上に乗ってみる。だが反応しなかった。
ここでローナと行った精神修行の成果が。
「エリー、聞こえるか?」
音声通話を試みる。
『ど、どうしたの?』
無事返事がきた。
「どうやら装置が壊れたらしい。こっちは何とかするさかい、ミケちゃんの所に行くんや!」
『え?』
「乙、最優先指令! ウチらを待ずに先に行け!」
『……了解』
冷静にテキパキと指示を飛ばすマリ。
妹の前では気丈に振る舞っていたが、その妹がいないところでは弱気になってしまう。さらに頼れる者がいないと思考停止し、文句も言えずに場に流されてしまう。
逆境にめっぽう弱い、そんな性格を変えたいと思っていたが、結局は変えられなかった。
ローナはそれをたった一日で変えてしまった。いとも簡単に……
それにマリが気付くのはもう少し後のこと。
「さてと……姉さん、聞こえる?」
『どうしたの?』
呼び出すと直ぐに返答が。
「エリーと逸れた」
『……状況は?』
「居住区の転送装置が壊れてウチらが取り残された」
『ウチら? エリーは?』
「壊れる前に乙と一緒に逃がした」
『…………』
「乙にはミケちゃん迄送り届けるよう言ってある。後のフォローを……頼む!」
『……了解♩ 乙のサポートはこっちでする♩』
「頼んだで!」
『で、貴方達はルートの変更ね♩ かなり遠回りになるけど♩』
「問題なし!」
『貴方の艦にルート送っとくわよ~♪』
「師匠! 聞いたか?」
自艦AIに問い掛けるマリ。するとワンテンポ遅れて……
「……へ」
「へ?」
「へ……ヘックション!」
マリ艦のAIである<師匠>の登場。
「ど、どないした⁈ 風邪でも引いたん?」
「い、いや~昨日飲み過ぎてな、傘どっかに忘れてもうて、ずぶ濡れで家に帰ったんよ」
「そりゃ災難やった……って師匠酒飲むん?」
「おう‼︎」
「あ……盛大に嚙みよった」
「……痛いの……」
「そやね。その気持ちよう分かる。色んな意味で痛いよな」
うんうんと同情するマリ。
『…………まだ続くのかしらー♩』
ローナの珍しくイラついた声。
「はっ! スンマセン師匠‼︎」
「いやそっちはローナの姉さんで師匠はアンタやろ……」
「ワシが師匠……そりゃ知らんかったわ!」
「師匠~頼むわ~」
「おう‼︎ 任せとき~」
「あ、今度は嚙まんかった! さすが師匠やで!」
『…………あんた達、置いてくわよ~♩』
今度は冷淡な声。
「「スンマセン‼︎ 大統領‼︎」」
息ぴったりな二人。
ローナは思った。
〈マリだけじゃなくて、師匠も変えなきゃダメかしら♩〉
と……
*既に配備・・サラが許可していないので一度も艦内には乗れていなかった
*二つの目的・・エリー救出はマリの役目
*環境の変化・・某天才科学者の帰還。情報部初となるエリート探索者姉妹。止めは天才姉妹の爆誕、だぞ。
*可動式床・・機械式立体駐車場のような仕組みで駐機されている。因みに出航直前まで救難艇には転送用ケーブルが繋がれており、転送によって直接乗り込むのが通常の手段。尚、これら非常時に欠かせない機材は圧縮保管の対象とはならない。
「師匠」ですがマリちゃんにとって「ボケ」の師匠なので「師匠」と呼んでいます。
一応名前もあり皆も知っていますが、名で呼ぶ者はおりません。(皆にとってはどうでもいいから(笑))
次回は26日(日)迄には投稿します。




