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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
終章 新たな生活
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“とりあえずはこれでいい”

 トーストを二枚重ねにして右手に持って、その間にスクランブルエッグとベーコンを突っ込むと、むしゃむしゃとほんの数口で喉の奥に流し込んだ。

 スープはスプーンを使わずに、左に皿ごともってこれまたゴクゴクと喉の奥に流し込む。


 そんな完璧に下品な二郎の食事風景を、三姉妹それぞれが頬を染めながら見とれていた。


 それどころか二郎の食事がスムーズに進むように、自分たちの食事は後回しにして、次から次へと二郎の前にトーストを積み上げて、スープを注いでゆく。

 二郎もそれに答えるように、果てがないのかと思わせるほどに食べ続けていった。


「すごいねぇ、二郎さん」

「でも、こんなに一気に食べたんじゃ、さすがに身体に良くないんじゃ……」

「だいじょうぶ。お兄ちゃんはかみさまなんだよ」


 そうやって、禮餐れいさん家の厨房の備蓄も底が見え始めてとき、ついに二郎は一息ついた。


「…………すまん。ちょっと腹が減りすぎとって、見境をなくしてもうた」


 パン屑やベーコンの油がついた口元をナプキンでぬぐいながら、二郎が視線を落とす。


「いいんだよ、二郎さん。あんなに一生懸命食べてもらえるなんてあたし感激だよ」

「私たち、よ命珠みたま

「お兄ちゃん、クッキーをどうぞ」

「あ、ああ、ありがとう。でも、もうちょっとパンもろうてからな」

「まだ、食べるんだ……」


 さすがに驚きを通り越して、呆れたような声を出す命珠。そこまでは前までの命珠と同じだが、そこからいそいそと席を立って、厨房へと向かいながら、


「それじゃパスタでも茹でてくるよ。カルボナーラで良いよね」


 というあたりが、カミングアウトした命珠のひと味違うところだろう。

 二郎は圧倒されたように、コクコクと頷いてその刺激的な後ろ姿を見送った。

 さえはもちろんのこと不満顔。善水よしみはというと、眼鏡越しの視線はなんだか冷ややかそうに見える。


「――では、先輩。落ち着いたところで、説明させていただきます」


 その冷ややかさが声にまで乗り移ったのか、非常に整った発音で善水は二郎に話しかける。二郎としては、こちらにも頷くしかない。


「あ、うん」

「まず一番の疑問でしょうからこれから。私たちがこうして、元に戻っているのは、私たちが不完全だったからだそうです」

「不完全?」


「そうです。だから先輩がスサノオとして覚醒しても、全力で戦うとその持続時間はおおよそ三分程度」

「……光の国の巨人かいな」

「で、その時間を過ぎると、全部チャラになって元に戻るんだそうです……腹立たしいことに……」


 善水は深く瞑目する。


「父はそういったことをすべて承知で、私たちに言わなかったそうでして……あの後、私達をこの家まで運んでくれてなければ、危うく父を殺めるところでした」

「ああ、そりゃあ災難やったなぁ、まぁ、とにかく戻れて良かったわ。君ら飲み込んだままちゅうんわ、いくらなんでもなぁ」


「まぁ、確かに結果論で考えればそれはそうなのですが……そうでした、父から事後承諾になるんですが、先輩に許しをもらって欲しいことがあると」

「うん、なんや?」

「この家を再生したときに……」

「ああ、そうやった。なんか違和感があると思ったら、この家壊れてもうたはずやったのに」


 今では以前と変わらぬ佇まいを取り戻していることは、改めて確認するまでもない。何しろ三日間、この屋敷で寝こけていたことは、この爽快感と先ほどまでの空腹感が証明している。


「再生したときに、先輩の――スサノオの力を吸い出して、強力な結界を張るように術を組み込んだ、と」


 善水の説明は続き、二郎はその言葉を頭の中で組み立ててゆく。


「何しろ、事が事ですから他の神々が私たちのことを気付く可能性が高い。そんな中で娘たち、つまり私たちを守るために力を貸していただきたい」

「ああ、そういうことやったら、俺も願ったり……ん?」

「ええ、今は先輩の力も随分抑えられているでしょう。それが私たちを守っていただける代わりに、父からの先輩への贈り物です。ゆっくりお休みいただけましたか?」


 そこで善水はにっこりと笑みを浮かべ、そして音もなく立ち上がると二郎の傍らへと近づきその耳元へ唇を寄せる。


「……父は明言しませんでしたが、それと同時に先輩が恐らく諦めていたであろう事は、これによって可能となります――この家の中だけでは」


 その言葉に驚きに目を見張る二郎。思わず善水を顔をまじまじと見つめると、氷点下の美貌を誇っていた善水の頬が赤く染まっている。

 それは二郎の考えが、的中していることを示していた。

 そこにさらに善水が追い打ちをかける。


「一緒になっているときに、先輩の心も見えたんです。多分命珠も。でも、間違えないでください。食べる順番はあくまで前菜から。いいですね? 元々、そういう順番で食べていかないと、復活も出来ないそうですよ」


「順番って……そないなアホな話があるかいな。いや、復活のための順番の話やのうて、その俺が諦めとった……事の話やけどな。そういうことの相手は一人だけに決まっとるやろ。いや禮餐さんがいやとかそういう話ではないんやで」


 しどろもどろになる二郎を優しく見つめて、善水はこう告げた。


「先輩のそういう誠実さが好きですよ」


 そして善水は二郎の耳元から、身を離す。そして今までは見せなかった艶っぽい笑顔と共にこう告げた。


「でも現実的に考えるとねぇ……」

「難しくない。どっこも現実的じゃないとこはあらへんで」


 二郎は必死に訴える。だが善水はどこ吹く風で、


「ええ、私はもうこの家に私達以外の他のどんな女も入れるつもりはないので、選択肢は随分減ったでしょう? ゆっくり選んでくださってけっこうですよ。でも順番は間違えないで下さいね」


 とさらに挑発を続ける


「……うぅ」


 二郎はだんだん息苦しくなってきた。


 ――おかしい。


 状況が加速度的に、崖っぷちに向かいつつある。ブレーキをかけずにぶっ飛んだときに、辿り着く場所が天国なのか地獄なのかは未だに見えてこない。


「でも、お姉ちゃん。さえはこの前、お友達を呼んじゃったよ」

 突然さえが割り込んできた。

「いいのよ“女の子”はね」

 それに対して、ごく平静に答える善水。


「さえちゃん! 友達が出来たんや!」

 思わず我が事のように喜んで、声を上げる二郎。さえはその声に頬を染めて、


「うん。お兄ちゃんに言われたから思い切って声をかけてみたの。そうしたら、いっぱい友達が出来ちゃった」


 二郎はスサノオだったときの言葉を思い出す。

 さっそく自分の言葉を実践してくれたらしい。もともと綺麗すぎて敬遠されていたさえだ。さえの方から話しかければ、きっと良い結果にもなるだろう。


「……そりゃ良かった。どや? 世界は広がったか?」

「うん。だけどね、男子は呼ばなかったよ。さえ、うわきはしないの」


 二郎はさらに崖っぷちに近づいた。


「あ~あ、みんなで告白大会? 二郎さん、もちょっと待ってね」


 エプロンで手をぬぐいながら、命珠が戦線に復帰した。


「命珠。いい加減着替えなさい。今日から学校もあるんでしょ」

「うん。でも、もうそれも良いかなって。どうせこれから世界は大変なんだし、それなら出来るだけ二郎さんのそばにいた方が、世界のためでしょ」

「その格好してる理由は?」

「あはははは、言わなきゃわかんない? ゆ・う・わ・く」


 と言って、命珠は強烈なウィンクを二郎に一つ。善水は無言で命珠を睨み、さえの髪がざわめく。今、そこにある危機に二郎は慌てふためく。


「ちょ、ちょい待ち。学校が閉まっとったんか?」

「あのね二郎さん。あの時に何を壊したのか覚えてる」

「あ」


 そうだった。この辺り一帯のベッドタウンを根こそぎ壊滅したのだ。


「報道も伝える言葉がないほどに死傷者は一人もいませんが……とても日常生活は無理です。都合よく直してくれるような神様は全部敵みたいですし」

「さえの学校もお休みなの。でも、ひなんしている人が学校にはいっぱいいて、お友達はそこで作ったんだよ」

「正直、今日から始まる学校だって授業があるかどうか、わかんないのよね」

「そ、そんなことに……」


 二郎は思わず顔を伏せる。確かに命だけは助けたみたいだが、スサノオのやることは――いや他人事ではないのだ、文字通りに。覚醒すると、どうにも自分を抑えられない。いや、そもそも抑えようなどとはかけらも思わないのだ。


「いいんですよ、先輩。そういう神だとわかって、呼び起こしたのは人類(わたしたち)

 二郎の顔をのぞき込みながら、善水が二郎の左耳に囁く。


「それに、結局はみんな生きてるじゃない。上等上等」

 いつの間にか背後に回り込んだ命珠が、ふくよかな胸を二郎の背中に押しつけながら、右の耳元で囁く。


「お兄ちゃん、大好きだよ!」

 背伸びをして、二郎の眼をまっすぐに見据えながら、さえ――砂愛刀がまっすぐに言葉をぶつけてきた。


 そして三姉妹は、奪い合うようにしながら二郎の頬にそれぞれの唇を与える。

 呆然とする二郎に、さらに三姉妹が掲げるのはそれぞれの左手の薬指に輝く、契約の印。


「先輩」「二郎さん」「お兄ちゃん」


 三姉妹は二郎の前に並んで立つ。


「「「これからも生贄(わたしたち)をよろしく」」」


 美貌を誇るその三姉妹の、微笑みと共に放たれたその言葉は二郎を圧倒する。

 だが、二郎は崖っぷちで踏みとどまった。ここでなし崩しにされてしまうと地獄――いや、天国かもしれないが――にダイブだ。


「俺は負けへん!」


 とりあえず宣言する。

 何に負けないかは、この際省略しておく。


「うん、頑張ってね、お兄ちゃん!」


 さえの純粋な励ましに、心が痛まないでもなかったが、年長者二人のニヤニヤ笑いを見て、それも思い直す。


(やれやれ、これじゃどっちが生贄なのかわからんわ)


 だが、こういった雰囲気も悪くはない。

 情の通わない、顔も思いだせないような家族よりも、多少追い込まれても、こうして笑っていられる環境は今までの二郎にはなかったものだ。


「……ま、とりあえずはこれでもええか」


 そんな二郎の贅沢な言葉に、三姉妹はそれぞれ複雑な表情を浮かべたが、結局はそれぞれ顔を見合わせて笑い合った。

 これから大変になることはわかっているが、二郎の言うとおり、


“とりあえずはこれでいい”


 と、笑えることが今は素直に嬉しかったから。

 今は生き延びたことに感謝して、笑っていよう。


 ――二郎と共に。






 おおよそ百年前、人類は引き金を引き、神々を復活させ自らの滅びの扉に手をかけた。


 しかし、それから百年。


 人類はさらに引き金を引き続けている。

 今度はその神々を滅ぼすために。自らの破滅を回避するために。


 そして、その銃弾はスサノオ。


 ――異質の神、重力を自在に操る、世界最凶の荒神スサノオ。



 了

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