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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
第四章 “人類の味方”
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決着

 もちろん、神代の世界にそんな言葉はない――


 だが、厳然としてその力は存在し、それを元に神々は“上”と“下”とを定めていたのだ。

 そして、スサノオが重力を操れると仮定するなら、あの姉を閉じこめたとされる神話から、今までの戦いのでたらめ振りまで、説明することが出来る。


 投げつけた稲妻は反対の力を持つ重力に引っ張られて力を失った。

 彼の姉は光さえもねじ曲げるという、重力によって地上を遍く照らすことが不可能となった。


 先ほどの大神ゼウスの一撃は――重力の力が極まった姿、いわゆるブラックホールのようなものを形成して事象の彼方に放り捨ててしまったに違いない。


 そして今スサノオが行おうとしていることは、光をねじ曲げてそのエネルギーを一点に集中させる。一般に重力レンズと呼ばれているもの、そのものだった。

 集められた光は、大気中の分子運動を加速させる。それはすなわち物理上制限のない高熱を帯びるということになる。


 大神(ゼウス)の身体を守る大気は確かにあらゆる攻撃を跳ね返す無敵の盾だ。だがその盾自体が凶器と変わったとき、果たしてそれを阻む術が大神(ゼウス)にはなかった。


 ブスブスブス……


 熱を帯びた大気が肉を焼き、髪を焦がし、血液を沸騰させる直前、ついに大神(ゼウス)は己が身を守る大気の盾を放り出す。


「それでええ。ええ子や、小僧」


 その瞬間、果たして大神(ゼウス)はスサノオに踏みつぶされた。

 肺が押しつぶされ、思わず情けない悲鳴がこぼれ落ちそうになるのを、大神(ゼウス)は必死の思いで押しとどめた。


「ほんまにええ子や、そうやってのたうち回って、ワイを楽しませてくれおる」

「あ、あ……な、なぜだ?」

「あーーー!?」


 眉根を寄せて、チンピラ同然の表情を浮かべるスサノオ。


「そ……それほどの力を持ちながら、なぜ人間などに味方する? ク……クシナダが失われた今、もはやおまえには人間にくみする理由などないはずだ!」

「おどれも弱っちいぃとはいえ、神やろうが」


 さらに力を込めて大神(ゼウス)を踏みつぶしながら、スサノオは答える。


「俺の中におる三人には会うたんやろ? あの三人がワイの新しい生贄(かぞく)や」

「か、家族……」

「家族が今の人類の保全を願うとる。となると、おどれらが人類の全滅を企んどるんなら、ワイは当然おどれらを全滅させなあかん立場っちゅうわけや。か~~~! 辛いのう」


 全く辛そうに思えない口調で、スサノオは全世界の神々に宣戦を布告した。

 そして、そのまま剣呑なまなざしで足下の大神(ゼウス)を見下す。その背後では血のような夕日が真っ赤に燃えている。


「ちゅーわけで、そろそろ死んでくれるか。おどれの相手すんのも、いい加減飽きてもうた」

「くっ!」


 大神(ゼウス)は自分を踏みつぶしていたスサノオの足を何とか振り払って、地面をはいつくばって距離を取り、大気の盾を復活させようと試みる。


善水よしみ!」


 スサノオが叫ぶ。その瞬間、善水の意識は途切れる。そしてスサノオの頭部には真円の額当てが顕現する。


「ん、な、な、何をした……スサノオ!」


 大神(ゼウス)は自分の力がうまく使えなくなっていることに気付いた。スサノオの重力操作によるものではない。もっと単純な話だ。スサノオの力が完全に自分を上回っているのだ。


 つまり……つまり……今まで、スサノオは本気ではなかったというのか!?


 逃げる。オージンの言ったとおりだ。誇りも何もかも捨てて、この神の前から逃げ出すべきだったのだ。力は使えなくとも、まだ卓越した身体能力が残っている。


 大神(ゼウス)は地面を蹴る。空へと跳び上がる。クレーターの中心、洞中市、この極東の島国、いや出来ることなら地球からも脱出すべきだ。


命珠みたま!」


 再び、スサノオの声が聞こえる。

 そう思った瞬間、全力で跳び上がったはずの大神(ゼウス)の目の前には、スサノオが現れていた。


 力を使った様子はない。これまた単純な身体能力だけで大神(ゼウス)を上回ったと言うことだ。

 そんなスサノオの胸元には、翡翠色に輝く勾玉が下がっている。


「おいたはあかへんぞ、小僧!」


 スサノオの右足が大神(ゼウス)の腹にめり込む。そして足をめり込ませたまま大神(ゼウス)の身体を振り回し、最後には再びクレーターの中央に蹴り飛ばした。


「うわああああああああ!!」


 ついに大神(ゼウス)は悲鳴上げる。今の扱いが過酷だったからではない。自分の方が弱いと思い知らされたからではない。

 ただ単に、逃げられない、確実に殺されるのだと理解できたからだ。


 地面に叩き付けられ激痛が全身を押そう。この時代になって初めて経験する、死の臭いを伴った激痛。いや、普通の人間なら確実に死んでいた。こうして生きながらえているのはそれでも自身が“神”だからだ。


「おーおー、流石にしぶとういのう。苦しいやろ、今とどめさしたるさかいな」


 シュタッと眼前にスサノオが着地した。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん達はどこに行ったの?」


 その時、スサノオの右の肩口あたりから、先ほどまで自分が追いかけ回していた少女、たしかさえと言った娘が半透明な姿を見せた。


「ああ、流石にこいつも神だけのことはあるわ。殺すには姉ちゃん達の力全部使う必要があってな」

「それじゃお姉ちゃんは……」

「次はおまえの番や、砂愛刀さえか。ワイとおまえとでこいつにとどめを刺すで」

「あ……」


 わずかな言葉を残して、さえと呼ばれていた少女は姿を消した。


 その代わりに顕現するものがある。スサノオの右手に現れた、直刃の剣。装飾のない実用一点張りの、それだけに戦いの道具として生まれた、その純粋さを隠そうともしない禍々しい殺意がその剣からは発せられていた。


「あ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)……」


 そうか、あの剣によって自分は命を絶たれるのか。だからこそ、私はあの少女を恐れたのか。自分の命を絶つ、その運命の相手と予感して。

 ああ、今スサノオの額当てが輝いた。


 すると、あれこそが「八咫鏡(やたのかがみ)


 自分の身体が拘束されたのを感じる。

 ああ、今スサノオの首飾りが小気味よい音を立てた。


 すると、あれこそが「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)


 わずか一歩、そう一歩しか踏み出していないように見えたのにスサノオの身体は、もう自分の眼前だ。


 ――そして「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)」が閃く。





 大神(ゼウス)はこうして、この時代での命を消失させた。

 復活は、人類が再び引き金を引いた時。あるいはこの世界が書き換わった時。


 どちらにしろ、大神(ゼウス)にはもう何もすることが出来ない。


 この時代の人類は荒神たるスサノオを復活させて、神々との全面対決を選んだのだ。


 ――大神(ゼウス)が復活するまでには、星が生まれ消失するほどの“時間”が必要となるのだから。

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