神々が恐れたもの
ショッピングモールに続いて二度目の大規模破壊。
大神の身体を中心にクレーターが形成され、その周囲には新たな瓦礫が積み上がる。雨のおかげで煙が舞い上がることがないのが幸いと言えば幸いだろうか。
いや、視界が確保されている分、状況の悲惨さが手に取るようにわかる――わかってしまう。
消滅した団地の数五棟。倒壊した団地の数がおよそ二十。その他、歪んだり曲がったり傾いた団地の数は数え切れない。
そしてそんな中でも、人間だけは無事なのだ。
おおよそ球状の力場に包まれた多くの人たちが、クレーターの中にバラバラと散らばっている。
「あ~~あ、墓石がなくなってもうた。しゃあないな、サービスしたろ」
しかしスサノオはそんな惨状にかまわず、宙に浮かんだまま左手を振るう。
するとクレーターの周囲にある何とか原形をとどめていた団地が三つ地面から基礎ごと引っこ抜かぬかれた。そのまま団地はクレーターの中心に殺到する。
『……姉さん、やっぱり生きてるんだよね』
『うん……申し訳ないことにね……』
『お兄ちゃんは、そういうかみさまなんだもの。仕方ないよ』
姉二人の狼狽にさえは、ほとんど無関心に答えた。
『で、でもねさえ。あんな有様じゃ、生きていたってもうほとんどとどめが刺さったみたいなものなのよ』
『多分、音がしただけで不安に苛まれる人生になるよね』
『そんなこと、さえ知らない。さえはお姉ちゃん達とお兄ちゃんがいるならそれでいいもの』
「――ワハハハハハ、砂愛刀。そりゃあつまらんぞ」
姉妹の会話に二郎が割り込んだ。
流石にさえの勢いも止まる。
『お兄ちゃん……』
「砂愛刀、おまえは昔のワイによう似とる。姉貴いちびっとった時のワイにな」
『いちびる……』
神話の珍しい見解がとんでもない形で発表されたことに、善水は軽く目眩を覚える。
「どうせ誰もわかってくれへん。それがけったいな力を持って生まれた奴が、一度は通る道や。けどな話してみると、けっこう面白い連中もおる。砂愛刀、おまえ他の人間とキチンと話したことあるか?」
『…………』
「もちろん、怖がるばっかりで話にならん奴らもおる。やけど、それも賭けやと思うたら面白い。負けても大して損するわけでもない、勝ったら手に入るモンは世界や。知らん奴と知りあうっちゅうことは、それは新しい世界を手に入れるちゅうこうっちゃ。ローリスクハイリターンの楽勝な勝負やな」
『先輩……』
「……てなことをクシナダんボケに吹き込まれてな。うかうかと口車に乗ってもうたわ」
『……台無しだよ、スサノオさん』
「わっはっはっは! それでも確かに面白かったわ。砂愛刀、おまえも考えてみるんやな。そのための人間はこうして生かしとるしのぅ!」
胸を反らして高笑いするスサノオ。
その時に気付いた。あの雷撃の雲が消え失せ、その代わりに自らの頭上にステーションホテルよりも巨大な光り輝く稲妻が形作られていることを。
『『『「あ」』』』
四重の声が空にこだました――。
仕留められただろうか?
あの雷雲を丸ごと使った稲妻は、島一つを丸ごと消し去るだけの力を持っている。その力を人間大の標的に注ぎ込んだとなれば、黒こげどころでは済まない。
普通なら存在ごと蒸発してしまうだろう。
大神は瓦礫の下で右手を動かす。そのまま全身の“無事”を確認した。
いかに巨大な質量であろうとも、自分の支配下にある大気は、決してその主たる自分を傷つけることは許さない。
だが今すぐここを、瓦礫の下を脱出することはやめた。
怖い。怖いのだ。力の差が圧倒的すぎる。
――異質の力を持つ、神々のはぐれ者。
どうすれば倒すことが出来るのか、まるで見当がつかない。こうなれば眷属すべてを引き連れてでも、あの異質な存在を踏み消してやる。
あの雷雲を受ければ、死なないまでも時間は稼げるはずだ。
その隙に、オリンポスへ……
ガラララララ……
周りの空気が震え、危機が近づいたことを教えてくれた。
瓦礫に隙間が出来、雨と風が入り込んでくる。それと同時にやけに陽気な殺意まで。
「見直したで、ギリシャの小僧っこ。やるやないか」
隙間の向こうに、猛々しい笑みを浮かべたスサノオの姿。焼けこげてボロボロになったぼろ切れをまとっていることで、雷雲の攻撃が一度はその身体に届いたことは届いたらしいことはわかる。
だが、スサノオ自体は無傷だ。
「ご褒美に丁寧に殺したるわ。まずはその邪魔っ気な空気やな」
そう言って、スサノオは自分で積み重ねた瓦礫の山を、ホイホイっと脇にどけていく。
「さすがに大神と呼ばれるだけのことはあるわ、小僧っこ。おどれの周りにあるその空気の壁は、ワイでも破るんはなかなかしんどい」
あらかた瓦礫をどけたところで、スサノオは敗北宣言ともとれる言葉を口にした。
「やから、姉貴の力を借りることにした」
そう言って空を仰ぐスサノオ。その視線の先から分厚い雨雲が割れてゆく。割れ目からあふれ出してくるのは太陽の光。夕方の赤みを帯びた、明日の晴天を約束するような、柔らかな光。
「あ、姉とはまさか……」
「ピンポーン! ご褒美にええモン見せたろ」
スサノオは両腕を円を形作るようにして頭の上に掲げた。引き込まれたように、大神はその円の中央に見入ってしまう。
するとあらかじめ予定されていたかのように、割れた雲の向こうの赤く巨大な太陽が、スサノオの形作る円の中央に姿を現した。確かにその光景には圧倒されるものがある。
だが、それだけだ。
「おまえの姉、太陽がどうしたというのだ」
「慌てないな。お楽しみはこれからや」
言ってスサノオは、唇をめいっぱい横に引っ張ってニィと笑った。
途端、その腕の間に挟まれた太陽が歪み出す。いや歪んだのは一瞬で太陽がその腕の中で次第に大きくなりつつあった。
「こ、これは……」
「見えたか。これが神々が恐れとるワイの力や」
馬鹿な。あり得ない。太陽を巨大にするなどとうてい受け入れられる話ではない。これはただ単に光が屈折しているだけだ。そう凸レンズと同じ。
光が曲が……って……
スサノオは何も持っていない。それなのになぜ光が曲がるのか。
それに対するきわめて簡単な回答がある。それは大神としての知識ではなく、グレゴリー・ミナッティとして、むしろ人間側の知識としてではあるが、光が曲がる現象を説明できるものがあった。
それは――
――重力。