善水の役割
「せ、先輩ですか?」
『ああ、俺や。ちょっと前まではどうしようもなかったが、禮餐さんのおかげで、こうして声は……まぁ、出せへんけど会話は出来るようになった』
「私の……?」
『ああ、俺の力を整えてくれたやろ。おかげで今まで暴れっぱなしやった自分の力を思うように使うことが
出来るようになった』
「あれが……先輩の力?」
あの圧倒的な力の奔流が?
善水は思わず生唾を飲み込んだ。あんなのが暴れ狂っていたんじゃ、まともに眠れるはずもない。だからこその、あの凶相か。
そこで善水は、今更ながらに一つの疑問に思い至った。
自分はどこにいるんだろう?
「先輩? あの、私はどこにいるんでしょう?」
『……俺にもはっきりとは断定できんのやけど、多分……俺の中や』
やっぱりそうか。ということは……
「私、食べられちゃったんですか? 先輩に?」
『いや、そういう手続きを踏んだっちゅうことになるんかな』
「善水は無事か?」
突然、父の声が善水に届く。
「父さん?」
『ああ、はい。俺の中で声はします。ってこの人に聞かせるためには……』
善水の周囲で星々が煌めく。すると、今度は耳に届く肉声で善水の存在を恐らくは父に告げていた。かなりたどたどしくはあったが。
「……善水、こうして佐藤君が活動できる以上、お前は何かの作業をしたのだろう。まずはその作業を完成させるんだ。それが君の仕事だ」
父の声が聞こえる。反発を覚えないでもなかったが、取りあえずは素直に従ってみることにした。星に祈り、そして暴風を操り力を――二郎の力を整理してゆく。あるべきものをあるべき場所へ。
やがてその作業も終わる。まるで宇宙の中で漂っているような不思議な浮遊感。
そして善水は気付く。自分の傍らに明らかな空白があることを。空白の形の一つは歴史の教科書で見たことがある。
勾玉だ。
もう一つの空白。それは剣の形をしている。諸刃で直刃。いわゆる日本刀の形ではない。
もっと剛直な、荒々しい雰囲気がある。
そして、その空白を確認した時、善水は自分の仕事が完了した事を確信した。
「先輩、父さんに終わったと伝えて下さい」
「その必要はないよ。佐藤君の力が整理されたことで、君の声が僕にも聞こえるようになった、善水」
その声につられて、おもわず善水は外の様子が見たいと思い、それはすぐさま実現した。
無限の宇宙のように思われていた世界の端に易々と辿り着き、ついにはその端からするりと抜け出してしまう。
途端、視界が広がった。まず目に映ったのは瓦礫の山。そこで初めて、善水はこの状態に陥った今までの出来事を改めて認識した。
間違いない。
大神の稲妻がこの部屋で炸裂したのだ。
もちろん屋根ごと吹き飛んでいるので雨が容赦なく降り注ぎ、かつての禮餐家の居間を濡らしている。
そんな中くすぶり続けるソファやスタンドの残骸が、大神の稲妻のエネルギーの膨大さを物語っていた。
「……善水、成長したなぁ」
呆然と辺りを見回す善水に柳全の声が聞こえてくる。
「え? あ、きゃっ!」
二郎の中にいた時と同じように、自分の姿が真っ裸のままであることに善水はそこで初めて気付いた。
『え、なんなん?』
振り返ろうとする二郎。
「先輩、ダメ!」
と善水は言うが、二郎は止まらない。そのまま振り返るがそれはそのまま善水の位置の移動も意味していた。なぜなら善水の上半身は二郎の右肩の後ろから、生えているような形だったからだ。
そして自分の身体は半透明。まるで幽霊になって、二郎に取り憑いているみたいだった。
「な、なんなのこれは!?」
「僕にもわからない」
善水の叫びに柳全は素っ気なく答える。あまりの無責任さに、腹を立てて善水が声のした方を捜すと、そこには床に突っ伏したまま、それでも皮肉な笑みを浮かべた父の姿があった。
「父さん!」
その叫びに答えるように、柳全の身体が浮き上がる。そしてそのまま二郎の――善水の足下まで音もなく滑り寄ってきた。
『すまない、禮餐さん。今はこの方が俺には楽なんや』
そう言う、二郎の身体ももちろん無事ではない。それでも父親よりはましらしく、瓦礫の上に座り込んでいるその背筋はピンと伸びていた。
「いいんです。それで父の容態は?」
「青色吐息と言ったところだよ、善水。まぁ、何とか死にそうにはないといったところだ。心配はいらない」
「そんな事言っても……」
「大丈夫だ。我々には未だツキがある。私も息があるし、佐藤君も無事だ。そして善水。君ともこうして話が出来る」
そうだった。どうやら本当に生贄としての役割を果たしてしまったらしい自分の境遇に改めて思い至る。このまま二郎の身体の中で生きていくことになるのだろうか?
思ったほどイヤではないのは、二郎への感情が好意へと転じていたからだろう。しかし、だからといって、ずっとこのままだというのも……いや、こうなった以上元に戻るという考え方自体がおかしいのかも知れない。
「だが、このツキもいつまで続くかわからない」
善水の思考を遮るように、柳全の声が響く。
「大神はこちらの生死を確認しないまま、ここを去った。つまりは優先順位を確実に把握しているということだ。命珠とさえ――」
柳全の言葉は、いきなりそこで途絶えた。しっかりした発音だったのに、まるでコンセントをいきなり抜いたかのような、唐突な途絶え方だった。
「父さん!?」
『大丈夫、息はある。かなり衰弱してるけど、今の言葉から考えると病院に運んでいく時間はないようやな』
二郎の声が響く。善水の位置からはその横顔を伺うことしかできなかったが、どうやら二郎は口を動かしていない。瞼すら開いていなかった。力が整理されているせいか、あの鷲の巣頭はなりを潜め、長い髪が雨に打たれている。
「先輩? どうしたんですか?」
『身体が全く言うことをきかんのでな。禮餐さんが仕事をしてくれたおかげで“力”の方が使い勝手が良くなったから、今は全部を力で代行している。そんなことより今は、あの二人のことや。あいつはきっと二人を狙ってくる。君らのお父さんはきっとそう言いたかったんや』
その二郎の言葉に、善水も異存はない。
「先輩、さえと命珠は? 知ってる風でしたが」
『……たまさんとは玄関口で分業した。さえちゃんは正直わからん。禮餐さん、俺には未だに状況がようわからん。何か知ってることがあれば……』
善水はそこで先程の父の話を思い出した。
『……なるほど。一心同体とはこのことやな。肝心なことはわからんへんけど、今なにが起こっているかはわかった』
「肝心なこと」
『俺の正体』
吐き捨てるような響きが、善水の頭の中にこだまする。
『まずはたまさんや。けどその前に、お父さんをどこか無事な部屋に運ばんとな』
言うが早いが、柳全の身体が滑るように二郎の前から移動してゆく。それでも二郎の身体はピクリとも動かない。身体が動かないというのは本当らしい。
『次はたまさん。玄関はあっちの方向か……』
声だけが自分の身体の中に響いている感覚に、善水はだんだん慣れつつあった。それと同時に二郎が今、何をしているかも、わかるようになってくる。
二郎は今、感覚の幅を徐々に広げているところだった。水が流れるようになめらかに二郎の感覚は広がって行き、それはやがて玄関に到達した。
だが、そこもまた瓦礫に変わっている。大神の稲妻はこんなところまで破壊していったらしい。二郎の感覚はその瓦礫の下へと。
善水の感覚もそれに同化している。なるほど一心同体だ。
やがて感覚は何か温かいものを捕らえた。柔らかな人型。そしてそのメリハリの効きすぎた身体のライン。そんなことでわかるのは悔しいけれど、間違いなく命珠のものだ。
「先輩!」
『おう!』
二郎の身体がふわりと浮き上がり、先程の柳全と同じように滑るように玄関へと移動してゆく。それに連れて見えてくる屋敷の様子から察するに、屋敷はほぼ半壊といったところだろう。
父さえ無事なら、ものの半日もかからずに直してくれるはずだが、今のところはどうなるかわからない。
そのまま玄関に辿り着いた二郎は、瓦礫の山を力を使ってその場から取り除き始める。
その作業は直ぐに終わり、瓦礫の下に横たわる命珠の姿を発見した。
「命珠!」
善水は思わず叫ぶ。




