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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
第三章 雨の日の訪問者
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核融合の炎

「な、何で、そうなるんや?」

「当たり前でしょ。あたしが入っても中の大ボスには歯が立ちそうもないもの。二郎さんならデタラメだから何とかなると思うし――いるんでしょ、大ボスが」


 失礼で、かつ論理的な返答に二郎は反論できない。

 その通りだ。中にはあのグレゴリーがいるに違いないのだ。


「いい? まず、二郎さんがそのデタラメな力であいつらを牽制して。その隙にどっちかをあたしが抑えて、人質にでも何でもするから、家に入って」


 瞬間、二郎が呆気にとられ、次いでニヤリと笑った。


「……そちも、悪よのぉ」

「お代官様には敵いませんわ……って!」


 スバッ! ズバッ!


 二人組が放ったらしい二本の矢が、太い木の幹を貫いて二人の横をかすめ飛んでゆく。


「……こりゃあ、確かに人間じゃないわね――二郎さん! もう迷ってる時間なんかないわよ! さっきの作戦よろしく」

「チッ!」


 っと二郎は舌打ちで同意して幹の陰から飛び出す。そして命珠みたまはその反対側に飛び出す。たちまち飛んでくるそれぞれの矢を、前方に転がってかわす二人。

 二郎はそのまま膝立ちの姿勢になり、一心に二人を見つめる。


 バンッ! バンッ! ババンッ!!


 炸裂する何かの力。降りしきる雨が弾け飛んで水煙が立つ。

 立場が逆転した。

 今度は黒ずくめの二人組が泥の中を転がり回る。その隙に、命珠がぬかるんだ土の上を、素晴らしい速度で駆け抜けて、片割れに組み付いた。


「よし! 抜けたぞ!」


 二郎もまた命珠に劣らぬ速度で駆け抜けていた。すでにその身体は扉の前だ。

 二郎はそこで来るであろう敵の反撃に備えたが、自由な方は命珠に組み付かれている相棒の救助を優先した。矢の狙いを真っ直ぐに地面に向けて必殺の構えだ。


「くっ!」


 思い通りに動く身体を限界まで動かして、命珠は何とかその場から逃れる。


「たまさん!」

「いいから! チャンスなんだよ!! 早く中へ!!」


 自分のところに駆け寄ってきそうな二郎を声で制して、命珠はさらに二人組から距離を取った。先程まで二郎と隠れていた木の幹のすぐ側まで後退する。

 二郎は一瞬、逡巡するが、結局は家の中に入り込んだ。すでに体勢を立て直していた二人組は、それを何もしないで見送る。

 そんな二人を訝しげに見つめる命珠に向けて、男から声が放たれた。先程、命珠に向けて弓を向けた方だ。


「……名を聞こうか」


 雨の中、エコーが掛かったような声が命珠の耳朶に届く。


「へぇ、喋れたんだ。いいの? 二郎さん行っちゃたよ」

「相応の相手というものがある。そして戦士にはそれに相応しい礼を。私の名はカストス」

「そして私の名はポルックス」


 もう一方が名乗りを上げる。


「恐らくは、君にとっては“非日常”な戦いに巻き込まれたというのに、その順応性、そしてその敏捷性、敬意に値する」


 ――そう言えばそうか。


 敵の言葉に思わず苦笑してしまう命珠。だが、元々父親のせいで強制的に半分異常な世界に片足突っ込んだ人生だ。今のこの戦いの緊張感の中の方が……


 そう目の前の薄い膜が取れたような気分だ。


 自分の力を十全に発揮できる舞台に、今、自分は立っているという充足感。


「あたしの名は禮餐れいさん命珠みたま


 ノリのいい相手に合わせて、命珠も名を名乗る。


「誉めてくれるところ悪いけど、戦うつもりはないわよ。二郎さん出てくるまでの時間稼ぎがあたしの狙い」

「戦闘目的を持つのは、悪いことではない」


 カストスが応じる。


「我らも父の命を受けてこの場にいる。譲れぬものがあるのは君と同じだ」


(……譲れぬもの)


 そう言われて命珠は思い起こす。現状、日常を振り払ってはいるが、やはり自分はそれを捨て去るつもりはない。日常を取り戻すために、非日常に踏み入れなければならないのなら、その覚悟は決めよう。


「いいわ、かかってらっしゃい。あたしは逃げるけどね」


 啖呵を切る。それに応じるようにポルックスとカストスがどこから取り出したのか、剣を鞘から抜き払う。


「うわ、そういうことは先に言ってくれなきゃ」


 時代がかった弓ならともかく、剣での戦いになれば素人の命珠に万に一つの勝ち目もない。いや、勝つつもりは元々なかったわけだが。


「と、なると……」


 ――時間を稼ぐにしても意表を付かなくては!


 決意と同時に、二人向かって地面を蹴る。

 剣を構えた二人は大きくそれを振り上げて、命珠を迎え撃つ構えだ。

 しかしその瞬間、天が吼える。


 カッ!!


 辺り一帯が真っ白な光に包まれた。


                     *


 屋敷が震える。


 光自体が音を発しているかのように、ビリビリと家全体が鳴いている。それとほとんど同時に怒号のごとき、今度は正真正銘の凄まじい音。


 至近距離に落ちた、というより屋敷に直撃した。


 そう感じて善水よしみは思わず耳を押さえて座り込んだが、二人の男――はそんな中で依然と睨み合っている。


「大神、まさか全力ではあるまいね」

「これは思いも寄らぬ濡れ衣だ。別に雷鳴の全てを私のせいにしなくても良かろう」

「もちろん、使ってくれてもいいんだよ。三年も不在にしていたがここは私の家だ。君が人間から送られた雷撃ぐらいは防いで見せよう」


 大神(ゼウス)と魔術師の視線が交錯する。そんな中、善水は座り込んだままで、抗議の声を上げた。


「お願いだから、そういう話は他でやってよ! 私も妹たちも巻き込まないで!!」

「そうはいかないんだ善水。ここに大神(ゼウス)がいる以上、人類に残された時間はあまりない」


「待って、その事情が良くわからない。核融合がどうとか……どうでもいいことだけど、大神(ゼウス)に雷を送ったのは巨人族じゃなかったの?」

「巨人族っていうのは巨大ロボットに乗った人間のことだよ、善水」


「……は?」


「何しろ元が戦いのための駒だからね。駒達はなんとか生き残れるように科学を発達させるんだ。何度も何度も」

「何度も何度も?」


 腑に落ちないどころの話ではない。元の職業が魔術師だったとしても、あまりにも言っていることが突拍子も無さ過ぎる。


「……父さん、本当に頭大丈夫?」

「確かに一人しか事実を認識していない場合、その一人は狂人扱いだろうがね……真実を語っているかいないかは、大神(ゼウス)の表情を見てみると良い」


 善水が目を遣ると、大神(ゼウス)は苦笑とも呼べる表情を浮かべていた。そしてそれは、父の言葉を肯定しているようにも見える。


「今の世界を書き換えるためには、元々それを行った人類によるしかない。つまり人類が自分の手で時間と死の概念を書き換えるまで待つしかない」


 父の説明は続く。善水はすでについて行けてない。

 だが、善水の高速思考は戸惑う上辺の感情の下で、父の意図を理解しつつあった。

 つまり、これは――伝言だ。


 何事もわからないままであるらしい“神々の敵”佐藤二郎という男への伝言だ。


 そしてその思考の裏では、漠然とした不安。なぜ、あの大神(ゼウス)は父の語るがままに任せているのか。嘘ならともかく本当のことを言っているらしいのは、その表情を見ればわかる。


 何を考えて――


「神はそうして何度も何度も人類の覚醒を待っている。いや、中には成功して元の永遠に戻った神々もいる。神話の中で世代交代とも思える状況になっている場面を読んだことがあるだろう? あれはそういうことなんだよ」

「そういう事って……」


「今の状況に合わせて具体的に言うと、量子力学を進めると今の神々には都合のいいことになるね。いや、専門外だからはっきりとは言えないんだけど」


 いつもの通り、最後の最後で頼りなくなる父の言葉。

 だが、それが本当だと仮定すれば、人類は滅ぼされる筋合いはないはずだ。


「父さん、話がおかしいわ。それじゃあ、後しばらくって何十年か何百年かは知らないけど、そうしたら望む世界に……」


「ところがこのゲームには、一発で振り出しに戻る落とし穴があってね。人類が触れてはいけない禁忌の炎、核融合反応の可能性に到達してしまうと――神々は人類を抹殺にかかる」

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