死と時間
――その頃、善水は呆然と事態の推移を眺めていた。
原因である父の説明を要約すると、つまりこうなる。
「神々は今の人類の有り様を失敗と見て、やり直しを計画している」
やり直しとは言うまでもなく全人類の抹殺だ。
ということは神は今、人類の敵だ。その“神々の敵”と言うこととなると……
「父が実は正義の味方と知って安心したかい? 善水」
「だからといって……」
娘を生贄に捧げる馬鹿が、と言いかけて口をつぐむ善水。何しろ目の前にその“神”がいる。
「第一、なんだって滅ぼされなくちゃいけないの? 流行のあれ? 自然破壊とか、そういう馬鹿みたいなお題目?」
「違う違う。神達は我々人類に助けて欲しいんだよ」
「どうも貴様の言い方は挑発じみていて不愉快だな、魔術師」
言葉とは裏腹に、大神の表情には笑みが浮かんでいる。
「しかし事実だ、大神。それにこうなった原因はそもそもそちらにあるではないか」
「あのような馬鹿なことを思いつくなどと、神々の誰が想像できよう」
表向きは上品な会話をしているようだが、この状況下ではイライラするだけだ。善水は強引に神と人の会話に割り込んだ。
「何の話?」
「……ほう。本当に娘には何も教えていなかったようだな。これは本当に無関係か……」
「何度もそう言っている。善水、神々はつまらないミスをしたんだ。それは生あるものには必ず死が訪れるというルールを決めた事だ」
「そ、そんなのは……」
当たり前の話ではないのか。決まり文句で流行言葉を並べるなら“宇宙開闢以来の”決まり事という奴だ。だが、ろくでなしの父親は笑いながらそれを否定する。
始まりは何もかも永遠だった。いや、始まりという言葉がなかった。
「――そうなった原因を順番に話そう。永遠であった世界にはやはり永遠の世界の住人、つまり神々がいた」
「この人みたいな?」
もはや敵と見なすことに何の躊躇いもないのか、善水は真っ直ぐに、笑みを浮かべたままの大神を指さした。
「いやいや、あれはねぇ……」
と、そこで魔術師はクックックッと上半身を折り曲げて笑う。さすがにそこで大神の顔色が変わった。そして身体の周りからパチパチと何かが弾ける音が響く。
「おっと、説明を続けるとしようか。神々は退屈しのぎにお互いに戦い……と言うほどのもでもないな、つまりは喧嘩を始めた。娯楽が少なかったんだねぇ。ただ、それも間もなく飽いてしまった」
「どうして?」
「何しろ永遠だから、勝ち負けが決まらない」
思ったより単純な話だ。しかし、そこから先がわからない。
「それで、どうしたの?」
「自分達で戦うのはやめにした。その代わりにゲームをすることにして、駒を作り出した。これがいわゆる人類の創造だね」
善水は顔をしかめる。もともと、ろくでもないと感じていた人類創造の逸話だったが、今度の逸話は、なかなかに輪を掛けてろくでもない。
「もっとも、この駒もまた永遠だったから、神々は二つの理由でこの駒に消滅するように手を加えた。一つはもちろん勝ち負けを決めるため。もう一つは、面倒がないように勝手に増えていくように設定した駒が増えすぎないように」
「そんな、いい加減な……」
「いい加減なんだよ。正確には伝わってはいないんだけど、女媧って神がやったやり方なんか思わず顔を覆いたくなるよ。ま、勉強だと思ってそれは自分で調べて」
「父さん。もう少し真面目に話を進めてくれない?」
善水はこめかみを押さえながら注文を付ける。
「脇道に逸れたのは認めるけど、真面目は真面目だよ善水。何しろこれでやっと本題に入ることが出来る。最初に言っただろう。神々は間違いを犯したと。それこそが、この消滅というシステムだ。そう、消滅という事象を作られた駒――人類は新しい概念を導入することで、自らの身に起こることを理解したんだ」
「概念?」
「“死と時間”だ。つまり逃れられぬ終わりと、それに向かって流れてゆく運命をそういう風にくくりつけてしまった。そしてそれは世界を書き換えて永遠を消滅させてしまった。これが黄金時代の終わり、あるいは酷く歪んだ形で言うなら、リンゴを食べてしまった状態ということになるね」
「それが、神々に関係あるわけ?」
「大いに。言っただろう。人類は世界を書き換えたんだ。これは神々だって例外じゃない。つまり神々もまた死と時間に囚われることになったんだ」
その瞬間、窓の外に稲光。さらに間を置かず、耳を劈くような轟音。
強烈な光と音の中で、善水は突然思い出した。
大神――その最大の武器は稲妻。
雷鳴、豪雨、そんな悪条件の中を二本の鏃が空気を切り裂いて、二郎と命珠に襲いかかる。当たれば命に関わるであろうその切っ先を、二郎は余裕で、命珠はギリギリのところでかわす。
「やるね、二郎さん」
「たまさんのがよくやるわ。俺の相手は心が見えるし、やりやすい」
軽口を叩きながら二人並んで、禮餐家の広い庭を転がる。すでに二人ともまんべんなく泥まみれだ。その泥を豪雨が懲りもせずに洗い流してゆく。
家の扉の前で待ち伏せをしていた黒服二人組は、あの後、何も言わずにいきなり二郎と命珠に矢を向けてきた。逃げる選択肢を切り捨てていた二人は、そのまま横っ飛びに転がって、家の庭へと潜り込み、そこからの膠着状態が続いている。
シュッ! シュッ!
再び迫る鏃を、今度は二人揃えたような動きで蹴り飛ばして、同時に身構える。
「はは」
「いけるな」
息が合うというのは、こういう事を言うのだろう。
命珠は特に強くそれを感じていた。身体の動かし方を知っている自分にこうまで付いてくる相手は、今まで一人もいなかった。
それだけに、ふとつまらない疑念が頭をよぎる。
(あの時、なぜ二郎さんは猫を助けに行かなかったのか?)
「たまさん、これじゃ埒が開かん。俺が例の力を使ってみるから……」
(……君は突っ込んで、どっちか一人を抑えてくれ)
と、命珠は二郎の言葉を先読みしてみる。
その内容は先程湧き上がった二郎への疑問が少なからず影響していた。
「……たまさんは先に家の中へ入ってくれ。塀も壊したし、もう家の壁でも窓でもOKやろ」
そう言う二郎が見据える視線の先には、煉瓦造りの家の壁。窓の向こうには食堂が見える。確かにそこは手が届きそうな距離だ。
二郎の提案に一瞬動きが止まる命珠。
その隙に襲いかかってくる鏃が見えない力で弾き飛ばされる。
「あ、危ないって! こっち来ぃ!」
出し抜けに腕を引っ張られて、近くにあった幹の影へと引っ張り込まれる。
「家、壊すんはやっぱり無しか?」
そして、いきなりこれだ。
「……アハハハハハハハハ!」
もう、笑うしかない。二郎は命珠の突然の笑い声に完全に置いてけぼりだ。
「な、なんや、俺は今、最善の手をなぁ」
「甘いよ、二郎さん。ウチの親はこれでも魔術師だよ。今までみたいに力任せに行ったて開かないよ。結界……だっけ? そういうのがあるんだって」
怒り出しそうな二郎の機先を制して、命珠は一息に説明する。
二郎はそれを聞いて思わず舌打ちしてしまった。
塀を壊す時にも、正体はよくわからなかったが、力任せでは済みそうに無い“仕掛け”を二郎は感じていたのだから。
本丸とも言える住居部分ともなれば、さらに堅牢に“仕掛け”が施されていても不思議は無い。
「……そうやったんか。じゃあどうあっても扉から入らんとあかんいうわけやな」
「そう。この鍵を使って」
命珠はスカートのポケットから、飾り気の無いキーホルダーにぶら下がった鍵を取り出す。
時代がかった家の外見に似合わず、ステンレス製のごく一般的な鍵だった。
「よし、じゃあ、俺がどうにかしてあの二人を引きつけるから、たまさんはその隙に……」
「違うよ。家に入るのは私じゃなくて二郎さん。はい、鍵」
その言葉に目を見開く二郎。




