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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
第三章 雨の日の訪問者
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命珠の選択

 一方、言葉少なに雨の中を禮餐邸へと向かっていた二郎とさえは、その門の前で命珠みたまを見つけた。


 右手にはもちろん傘。左手には雑誌が入っているらしいビニール袋。

 白のTシャツの上からデニムのベスト。そのベストに色を合わせたパステルカラーのミニの出で立ちは活動的な命珠によく似合っていた。


「ありゃ、二郎さん。さえに捕まったか」


 出し抜けにそう声を掛けてくる命珠に、二郎は苦笑せざるを得ない。


「こうなることがわかってたみたいやな、たまさん」

「まあね。さえは必要だったら、あたし達の中でも一番頭が切れるもの。諦めて事情を説明する事だね――さえ坊、二郎さんはね、ちょっと避難するつもりなんだよ。うまくいったらまた会いに来てくれるつもりでね」


 その姉の言葉に、さえは顔を上げる。


「どういうことや、たまさん。まさか、さえちゃんに……」

「二郎さんが転校する――いなくなるんじゃないかって気付いたのはさえ坊だよ。きっと学校で張られてたんでしょ。それに、あたし達がさえ坊に説明して悪い法があるの?」


 そこまで言われると、二郎としては反論のしようがない。


「……確かに俺が悪かった。やからこうやって説明しに来たというわけやけど……たまさんは家の前で一体何を?」

 二郎が反省の言葉を口にして、そのついでに素朴な疑問を口にする。するとそれが思わぬ効果をもたらした。命珠の表情が目に見えて曇ったのだ。


「いや、それがね門が閉まってるのよ」

「開ければ?」

「簡単に言うけどね。大変なのよ、これ。まったく姉さんは何を考えてるんだ? 二郎さんちょうど良かった、手伝って」

「しゃあないなぁ。さえちゃん傘持っててくれるか?」

「うん、お兄ちゃん」


 そうやって命珠と二郎、二人がかりで鉄の門に取りつくがビクとも動かない。不審に感じて二人はさらに力を込めるが、それでも鉄門は頑固に前にも後ろにも動こうとはしない。


「こりゃあ変やぞ。何かに……引っ掛かってるわけでもなし」


 二郎は足下を見つめ、異常がないのを確認すると今度はその視線を上に向けた。それを見つめる姉妹二人の表情にも不安な影がよぎる。


 ――その時、雨に打たれ、見た目にも重苦しい二郎の髪がザワリと揺れた。


「……マズいな。何や妙なもんで家が覆われとるわ」

「何って……何?」

「大体、禮餐さんが門を閉めてるのがおかしな話や。どう考えても禮餐さんが閉めるわけあらへんのはわかるやろ。誰か来る予定は? 心当たりは?」


 命珠とさえが二人揃って首を振る。さらに二郎の髪が揺れ始める。


「そうか……けどこれ中に人がおるで、二人は間違いない。さらにマズいことには、どうも人やないのも混ざっとるわ」


 ギリ……と二郎の奥歯が鳴る。自分の見通しの甘さがイヤになる。一週間何も動きがなかったくらいで何が安全なものか。間違いなく奴――グレゴリーが動き出している。

 しかも、人でないことを隠そうともしていない。


 こうなってしまえば、出来ることも限られてくる。

 だが、ここで思い切った手を使うことも二郎には躊躇われた。

 何しろ、これから自分がやろうとしていることは“人では出来ない”手段だ。

 結果、こう切り出すしかない。


「……手荒なことになってもいいなら、俺ならなんとか突破できるかも知れへん。ただそれには禮餐家の覚悟がいる」

「お兄ちゃん!」


 さえが突然叫ぶ。


「それはダメ! お兄ちゃんが、そんなコトしちゃダメだよ!」

 さえは叫ぶ。

 しかし二郎はそれを意図的に無視。

 それどころか、命珠に尋ねる。

「たまさん、俺が見たところ、これはあんまり猶予があれへん。早いとこ決めてくれ。うまいこと禮餐さんも外出しとったらええんやけど……」

「お兄ちゃん!」


 さらに叫ぶさえの頭に二郎は手を置く。そして凍りついたような声で告げた。


「さえちゃん。君はあかんで」

「……お兄ちゃん!」


 さえを無下に切り捨てる二郎を前にして、命珠は事態の深刻さを肌で感じ始めていた。

 目に見えて狼狽え始める。


「な、何とかしてくれるなら、それは二郎さんに……」

「俺が言い出したことやけど安易に答えるなや、たまさん。これは君たちの家の事情に俺が関わることになるんやで。そして、それは危険やったはずや。それでも俺の力を借りるかどうか考えや」


 そうしている間にも、何かを感じ取っているのか二郎の髪がざわざわと揺れる。それどころか隈に縁取られた眼が爛々と輝き始めていた。


 命珠はその二郎の様子に一歩あとずさる。

 そんな二郎に何かを感じたのか、さえは二郎の手の下から抜け出す。


「そ、そんなこと姉さんに相談しないと……」

「いい加減にしろ命珠! 今、禮餐家の未来を判断できるのは君しかおらんのやぞ! さえちゃんを守れるのもおまえだけや! 姉ちゃんの後くっついて、賢いフリばっかりしてるんやないぞ!」


 二郎の一喝。命珠は息を呑む。さえはその場を動かない。

 雨が勢いを増し、それに逆らうようにさらに二郎の髪が揺れ動く。

 どんどん人間離れしていく二郎の様子を見て、逆に命珠は持ち直した。

 目が定まる。


「……禮餐家からのお願いです。佐藤二郎さん。何でもいいから突破して、姉さんを連れ出して――それから二郎さん! さっき怒鳴られたこと、絶対に忘れないからね!!」

「おーこわ」

 二郎がオーバーアクションで、肩をすくめる。

 しかし、その表情は笑み――獰猛な笑みだった。


「じ、二郎さん? 別にあたしの許可は必要……」

必要いる

 当然に思える命珠の疑問の言葉に、二郎が笑みを浮かべたまま即座に応じる。


()()()()()()()()()が必要やった。俺には、それがわかる。おまけに俺が言わせたんではあかん」

 命珠が息を呑む。

 何故なら、その言い方はまるで……まるで“魔術師”と名乗る父親によく似ていたから。

 

「――ほなら、行こか」


 ザワリ……


 と二郎の髪が一際大きく揺れて、鷲の巣頭から一転、ストレートのロングヘアーに。

 そしてそれと同時に、いつか聞いた破裂音が響き渡る。


「キャ!」


 命珠は声を上げる。

 だが、さえは声も出さずに硬い表情で二郎の変化をジッと見つめていた。


 バンッ! バンッ! バンッ! ババンッ! ドカンッ!


 幾たびもの破裂音が響いた後、ついに“音”がコンクリートの塀に噛みついた。


「じ、二郎さん!」

「すまんが俺は“力”のコントロールがうまく出来ん! 門を狙ってはおるんやけどな!!」


 叫びながらも“音”はあちらこちらとさまよいながら門へと近づき、


 ガシャン!


 思ったよりあっけなく、あるいは二郎の力がとんでもないのか、堅牢そうに見えた鉄の門扉は華奢な音を立てて崩れ落ちる。


 これで敷地の中に入れる、と命珠が喜び掛けたところで、


 ババンッ!


 とさらに破裂音が響く。


「ちょ、ちょっと二郎さん! もういいんだってば!!」


 命珠が後ろから二郎の肩を揺さぶると、ようやくのことで破裂音は収まった。


「二郎さん!?」


 見れば二郎は肩で息をして、脂汗をびっしりと額に浮かべていた。

 そのまま崩れ落ちる二郎を命珠は思わず胸の中に抱きしめてしまう。


「……えらい極楽やで、たまさん」


 絶え絶えの息の下、二郎は凄味のある笑みを命珠に向けて軽口を叩く。


「やっぱり、むっつりだったか二郎さん。そんな冗談言えるなら……」


 そこまで言いかけた時、その場から駆け出す黄色い傘。


「さえ坊!!」

「いいんや、放っておき」

「でも!」

「ここにおった方が危ない。ここのケリ付けてから、迎えに行こう。たまさんと禮餐さん、それに俺の三人で」


 言いながら立ち上がる二郎。その視線の先には黒ずくめの格好をした同じ顔の二人の男。何の冗談かそれぞれの手には時代がかった弓が握られている。

 そしてそのまま矢を番えて、狙いは真っ直ぐに二郎と命珠。


「……なるほど危険だ」


 軽い口調で、それでも噛み締めるように命珠は呟く。

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