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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
第二章 佐藤二郎という男
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三種の神器

「今日は楽しんでくれているかな?」


 グレゴリーが泰然という言葉そのままに、ゆったりとした態度で二郎に話しかける。

「はぁ、まぁ、そこそこは……」

 社交辞令になっているのかどうかもわからない、あやふやな答えを返す二郎。

「ああ、そうかもしれないね。君はこういう催し物には慣れているだろうし」

「は?」

 グレゴリーの言葉に、思わず間の抜けた声を出す二郎。

 しかし次の瞬間には、こちらの心も読まれているわけではないらしいことを察して、少し安堵した。

 そんな二郎の様子には構わず、グレゴリーが続ける。


「日本ではあまりパーティの機会はないのかな。でも、この程度の料理なら経験はあるだろう」


 二郎は眉を潜めた。

(この人もどきは、俺に何を期待しているんや。どんな生活を……)

 そこまで考えた時、二郎は相手の意図が見えた。なるほど、どうやら猛毒の回り具合を確かめに来たらしい。期待に添えないのは心苦しいが、事実は事実として述べるのが一番だ。


「いいえ。これほど贅を凝らした料理は……今日で二回目ですかね」

 先日の禮餐家の夕食会の事を思い出して、初体験ではないことまで正直に告げた。すると、グレゴリーは眉をひそめた。

「しかし、君の口座には……」

「有り難く使わせてもっらってます。実家の養父母がね。俺も不自由しない程度には使わせて貰ってるとは思いますけど、あまり贅沢する趣味もないもので」 

「どうしてかな?」


 すかさず放たれたその質問に、二郎は何について聞かれたのか一瞬判断に迷う。そして、恐らくはなぜ贅沢をしないのか、ということだろうと当たりを付けた。向こうの目的が、その部分にあることはまず間違いないからだ。


「養父母は無尽蔵に金が湧いてくる口座を持ったことで、実に甘い見通しで事業を立ち上げては失敗して、多くの人に迷惑を掛けてるんですよ。それを見てきた俺としては出来るだけ慎ましかやに暮らしたくなるものでしてね。それに養父母を見ていると金ばっかりあっても仕方ないことは、良くわかりますし」


 わかりやすく皮肉を言ってやる。すると相手もわかりやすく気分を害したことを態度に表した。他人からこういった言葉を向けられることに慣れていないようだ。それはいいのだが、今まで完全にグレゴリーの背景だった二人の黒服から、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。

 そちらに意識を向けてみると、一人からは明確な殺意。そして、もう一人からは――

 まいった。こっちもまともな人間ではないらしい。


 二郎は自衛の決意を固め、二人の黒服との間に緊張が走る。ザワリと二郎の鷲の巣頭が揺らいだ。

 と、その時グレゴリーが左腕を上げて、背後の二人を制する。

「失礼した。君にはその資格があるのを失念していた」

 いっそ優雅だと評してもいいような、あるいは空々しさとも呼べるわざとらしさでグレゴリーは二郎に向かって笑みを浮かべた。


「資格……?」

「それならそれで、ここの料理は楽しめるだろう。確かにここのシェフの腕は悪くない」

 グレゴリーは二郎の言葉を無視して、どこか見下すような態度でそう告げてきた。

「ああ、そうかもしれませんが、俺はもっと旨い料理を先日頂いてきたばかりで」

 思わず対抗心を燃やして、そう答えてしまう。言ってしまってから後悔したが後の祭り。

 グレゴリーは当然の事ながら、こう尋ね返してきた。

「ほう。それほどの店があるのなら、日本にいる間に一度訪ねてみたいものだ。店名を教えて貰えるかな?」


 禮餐、あるいは竹ノ内の名前は出すわけにはいかない。適当に誤魔化そう。一瞬の逡巡の間にそう決めた時、それまで二郎の傍らで大人しくしていた楓が口を開いた。

「それは禮餐さんの家のことですよ」

 グレゴリーはそこで初めて楓の存在に気付いたかのように驚きの目を向けた。

「君は?」

「あ、はい。私は東洞中高校で生徒会のお手伝いをさせて頂いている諏訪部楓と言います。正確には生徒会のメンバーじゃないんですけど、次期会計は君だ、なんておだてられたりして、今日も呼んでもらえて有り難いお話ですよね。ああ、でも私も今日の料理よりは、善水よしみのとこで食べさせて貰える料理の方が美味しいと思います。そういえば善水も中学の時は――」


 今まで黙っていた反動か、二郎もそしてグレゴリーさえも止める手段もないままに、楓は思考と直結した言葉を垂れ流していく。圧倒されるままに、黙って楓の息が切れるのを待っていると何と二分以上しゃべり倒した後で、やっと止まった。


「……失礼、ミズ。なんと言ったかな、その素敵な食事をごちそうしてくれるという家は。そんなに美味しいのであれば、我が財団が出資して店を出してもらう可能性も検討しなければならない」

 たぶんにリップサービスと取れる言葉だったが、楓は充分に舞い上がってしまった。勢い込んでその質問に素直に答える。

「禮餐です」

「ふむ……レイサン。どんな漢字を書くのだろうか?」

「えーーーっと、先輩?」

 とんでもないところで二郎にふってくる。

 二郎は仕方なく、あの夜に教えてもらった漢字の意味を思い出しながら、グレゴリーに説明した。


「禮は礼儀作法の礼を昔の字で。餐は晩餐とかの餐の字……っていう言い方でわかるのかな」

 無視するわけにも行かず、そう答えてやるとグレゴリーは今までで一番の、そして最も獰猛な笑みを浮かべる。

「なるほど。良くわかった。この国まで来たことは全くの無駄ではなかったようだよ、佐藤二郎君」

「それは、結構なことで」

 二郎はかろうじてそれだけ言い返すことが出来た。

 猛烈にいやな予感に身を包まれながら。


 その夜――

 ステーションホテルの最上階、ロイヤルスイートから一本の国際電話が掛けられた。


『――やあ、我が友よ。一つ知らせがある』

『これはこれは大神。卑小なるわたくしめにわざわざご連絡頂けるとはありがたい』


 電話口の向こうからは、慇懃無礼の手本のような小馬鹿にしきった軽い口調。


『伝えないわけにもいくまいよ。何しろ君の可愛い娘さん達の行方がわかったのだからね』

 息を呑む気配。

『どうしたかね? 希代の魔術師と呼ばれた君らしくない反応だな』

『……いやいや、大神ともあろうお方が結局は自分の足でお探しになられたかと思うと、いかにも気の毒でね』

 それに伴う、笑いの気配。


『いい加減にした方が良くはないか? すでに私は切り札を握っているのと同じだ。ただの人間が私に抗えるはずもない』

『ただの、ではないよ大神。神をも恐れぬ“垣根を飛び越えた”このボクが、何もしていないとでも』

『…………』

 しばしの沈黙。そして再び口を開いたのは、電話の向こうの方が先だった。


『三種の神器という名を聞いたことがあるかい、大神』

『……ああ。この国の権威を象徴する神聖なアイテムの総称だろう。何とも可愛らしい遊びだな』

『可愛らしい? フフフ、可愛らしいのはあなたの方だよ大神。神聖などという言葉が本当に役立つと思っている』

『どういう意味だ』

『あなたがいるその国は、大して広くもないくせに、百以上の部族がも名乗りを上げて相争っていたんだ。そんな連中相手に神聖さなどで権威をたもてるはずがないだろう』

『結論を言い給え』

『つまり三種の神器が象徴しているものは、あらゆる人間を恐怖せしめる圧倒的な力であるということさ。君はそれが成立した儀式には参加しなかった。いや、できなかった。あまりに弱すぎて』


『――言葉を慎みたまえ』


『いや、慎まないね。ボクは君が日本に行った理由を知っている。そして、そこで僕の娘達を見つけた。ならば答えは一つ。君は人間が作り出した因果通りに死んでしまうのさ。それも“神々の敵”に殺されて』

『レイサン・リュウゼン……!』


 苦々しげな声がスイートルームに響いた。


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