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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
第二章 佐藤二郎という男
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二郎の秘密

 窓の外に広がる中庭にもすっかりと闇の帳が降りている――


 二郎はまるでその闇に惹かれるように、窓際へと移動する。


「ここからが、お二人の本題いうわけやな。ええで、こっちも聞きたいことはあるんや」


 窓の向こうの闇。二郎はまるで、その闇を従えているかのようだった。

 善水よしみ命珠みたま――二人とも夜に二郎の姿を見るのは当たり前だが初めてである。

 誉め言葉になるかどうかはわからないが、暗闇は確かに二郎によく似合っていた。真っ黒な学ランのせいもあるかも知れない。


 思わず見とれていた二人だったが、同時にハッと自分を取り戻して自分の作業を再開する。命珠はさえを抱えて二階のさえの部屋へ。善水は広がったボードゲームを部屋の片隅に押しやって、厨房へと消えた。

 そして、再び三人が居間に揃ったのは約十分後。


 その十分で居間の雰囲気はがらりと変わっていた。先程まで歓声を上げてゲームに興じていた空間ではない。中庭の闇が浸食してきたかのような、どこか薄ら寒い深く沈んだ雰囲気。

 善水はガラス製のテーブルにコーヒーセットを並べた後、そのままその近くに腰を降ろし、命珠は二郎に対抗するかのように、扉の近くの壁に背を預けて立っている。


「後で、後でにされた俺の質問も多いんやけど……」


 そんな雰囲気の中、まず二郎が口火を切った。

「一番の問題はあの時のさえちゃんの言葉や。あれはいわゆる“男が女を食う”っちゅう、一般的な意味やないな。まさかそんなこと教えたりはしてへんねやろ?」

「当たり前。さえ坊がこっそりと、姉さんの漫画読んでたりしてたら別だけど」

「ああ、最近の少女漫画はエグイからなぁ。それで昼間の禮餐さんの妄想にも説明が付くわ」

 その二郎の言葉に、一瞬にして顔を真っ赤に染める善水。


「な、な、なんだって、先輩が……そんな……こと……」


 そう。知っているはずがないのだ。そんなことは自分の頭の中でしか考えなかった。だから二郎はおろか、余人に知られるはずはないのだ。

 そうと気付いた善水の顔が今度は青ざめてゆく。


「……まぁ、そんなわけで俺は普通の人とはちょっと違ったところがあるんや。古い言葉で言うたらエスパーいうのに近いと思う」


 その言葉に顔を見合わせる善水と命珠。ますます当たりに近付いた、と言うよりはこの目の前の男こそが三姉妹の運命の相手ということで間違いないのではないかと、お互いの瞳が語っていた。

 それを見た二郎は肩をすくめ、


「したら、手っ取り早く俺の自己紹介をでもしよか。名前は佐藤二郎っちゅうのは知っとるやろうけど、それが本名かどうかは俺にもわからん。なんせ俺は親がおらん」

 そこで二郎は善水が入れてくれたコーヒーをもらいにテーブルへと近付いてきた。そして、それを受け取ると再び窓際へととって返す。

「物心についた時には施設におった。その時についていた名字はもう覚えとらん。俺は異例な早さで佐藤家に引き取られたらしくてな。二郎ッちゅうのは、多分施設に来た順番を順繰りに数えて二が当たったんちゃうかな」

「異例……というのは」

「そこや」

 善水の質問に、二郎は左手で持ったカップ振りかざしながら答える。


「不幸な孤児であるはずの俺は、どういうわけか口座をもっとたんや。それも無尽蔵に金が湧き出てくる魔法の口座や。佐藤家の人間がどこかでそれを掴んだんやな。俺は口座のついでに貰われたいうわけや。もっともこれを知ったのは最近の話なんやけど」

「誰か……もしくは何かの団体が先輩の口座にお金を?」

「そうや。それも悪意を持ってな」

「悪意?」

「これはもう理解して貰えるかどうかはわからんのやけど、何の目的もなく金だけを人にやるっつうのは、毒注ぎ込んでるのと大差ないわ。もうほんま、ごっつい猛毒や」

 冗談めかした口調だが、その表情は随分と苦々しい。


「振り込んでいる相手はわからないんですか?」

「わからん。あるいは……」

 少し言い淀む二郎。そこに命珠が勢い込んで尋ねてきた。

「その相手の名前って禮餐とか……竹ノ内とかそういう名前じゃないかな?」

 それを聞いて、少しばかり二郎の背筋が伸びた。そして鷲の巣頭を揺すりながら、二人に頭を下げる。


「なるほど、それで俺が呼ばれたわけが何となく理解できたわ。やけど、多分ちゃうと思う。振り込んでくるのは外国からで、どうも財団くさいっちゅうはなしや。佐藤家の奴らも、むやみにつついて金蔓怒らせたくないみたいやしな」

「では、先程先輩は何を言おうとなさってたんですか」

「いや、例の姉妹校との友好パーティやったか? 俺みたいなんがリクエストされたのが、その振込先と関係あるんちゃうかと、そう思ってな」

 善水はそれを知らされた時の二郎の表情を思い出す。そして、心の中で「なるほど」と納得した。


「……それは可能性があるかも知れません」

「せやろ。わざわざ名指しで呼んだ以上、接触してくるかも知れへん。そん時は親父さんのことも聞いてみるわ。名前はなんて言うんかな?」

 命珠が答えかけたところで、チラリと善水を伺う。善水は頷いて、その後を引き継ぐよう口を開いた。

「私たちの父親の名は禮餐柳全(りゆうぜん)。入り婿で結婚する前の名前は竹ノ内柳全。けれど先輩」

「なんや?」

「接触してきた相手が危険な人物だと判断された場合には、この名前は出さないようにお願いします。父はその……ある業界では有名人ですので」


 二郎はその善水の言葉にふむと頷き、

「それは悪名の方が売れとるんか?」

「恐らくは」

 聞きにくい事柄をあっさりと聞く二郎。それに、あっさりとそれに答える善水。

 その様子を命珠は面白そうに眺めていた。

「よっしゃ、それは了解。で、その親父さんの業界っちゅうのが、残りの問題点を説明してくれる足がかりになる……と、俺は思うとるんやけど、どや?」

「先輩、話が早くて助かります。楓とは大違い」

「ああ、俺にパーティーのことを知らせに来た――諏訪部さんやったか。あの子は酷かった。俺なんぼ突っ込みそうになったか」

「アレで彼女は整理していた方なんですよ。私なんか最初にあの要領の得ない話を聞かされて……」

「それは災難やったなぁ」

 心のこもった慰めの言葉を掛ける二郎。そんな二郎の様子に、善水の表情は随分と和らいでいた。


「で、親父さんの話やけど」

「あ、はい。父はいわゆる……魔術師……すいません他に適当な日本語を知らないもので」

「いや、わかりやすいで。魔術師。なにをしてるんかは、ようわからんけど」

 二郎の何とも頼りない言葉が返ってきた。

 善水は苦笑を浮かべながら、説明を続ける。


「父自身は“垣根を飛び越えざるを得なかった”術師と言っていました。本場の言葉で、そういう人達は“垣根の上の人”という意味なんだそうで」

「それはどこの垣根の話なんや?」

「先輩の質問はいつもいいところを付いてきますね」

 ついに善水は嬉しそうに笑顔を浮かべた。それを見て命珠は、あたしだけはたぶらかされないように注意しようと心に決める。


「私たちが住む、いわゆる人の世。そして、それ以外の“何者か”が住む別の世界。その間の垣根のことだそうです」

「……で、親父さんはそれを飛び越えてしまった、と自分で言うてしもうとるわけか。こりゃ尋常じゃないな。しかも行方不明となれば、そりゃあ心配やろう」

「いえ、あの父に関しては……ただ収入のアテが止まってしまったのが、問題でして……」

「はぁ、そりゃまたドライなことで。でも君らはええけど、さえちゃんは寂しいんちゃうか?」

 その言葉に顔を見合わせる姉二人。ちょっと前までは確かにそういう感じだった。

 しかし二郎の出現と共に、寂しそうどころの話ではなくなっている。あの父親がこの事実を知ったら、二郎は五体満足では済むまい。


 ――いや。


 もし二郎が「神々の敵」であるなら……


「先輩、これから先の話は禮餐家の一番の秘密です。ですから先に確かめておきたいことがあるんです――よろしいですか?」


 善水の言葉に硬質な響きが宿っていた。



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