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サクリファイスでフルコース  作者: 司弐紘
第二章 佐藤二郎という男
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最後はクッキー

 時代がかった食堂に案内されて、改めてこの屋敷が持つ雰囲気に圧倒され掛かる二郎。

 調度品から、いちいち年代を感じる古式に彩られているのだ。

 古い、のでは無くて荘厳さを感じる。


「どこ掛けてもらう?」

「お兄ちゃんは、ここ」


 と、命珠みたまの何気ない言葉に反応して、さえがさっさと椅子を引いたのは、三年間主が不在の上座の椅子だった。


「……どうする、姉さん?」

「お客様には変わりがないわ。その椅子でいいでしょう」


 上の二人は軽い葛藤を乗り越えて、二郎がさえに言われるままに椅子に座るのを黙認した。

 二郎も多少の居心地の悪さを感じているのか、妙に軽い口調で、

「いやぁ、ええ感じに腹減ったわ。何食わして貰えるんか楽しみやな」

 と、切り出した。善水よしみがそれに答える。

「……それじゃまず、前菜から」


 善水が立ち上がって、厨房から小皿と小鉢を持ってくる。

 覗き込むようにして、二郎は何を食べさせて貰えるのか確認した。

 小皿の方は火が通った白身魚の上にハーブと、何か黒いソースがかかっている。小鉢の方は一見すると茶碗蒸しだ。


「なるほど、白身魚のカルパッチョ。掛かっているのはバルサミコ酢がベースかな」

「……生魚が苦手かも知れないと思いまして軽く湯引きしておきました。この方が歯切れもよくなって、ソースとの一体感が……先輩なにげに詳しいですね」

「俺はむしろ刺身が大好きな口だけど、その調理方法は納得。もう一つはフランやな」

 ますます詳しいところを見せつける二郎。善水はただただ頷くしかない。


「え~~、二郎さんの意外な面を見せつけられて、さえ坊がますます大変ですが、それはいったん置いておきまして、皆さん手を合わせて下さい」

 慌ててその場を仕切り出す命珠。

「いただきます!」

「お、おう、いただきます」


 言いながらナイフとフォークを手にとって、まずはカルパッチョから手を付ける。白身魚の甘みとバルサミコ酢の酸味。そしてハーブの香り。絶妙なハーモニーだ。

 二郎が本気で感心した様子で、自然に感想を口にした。

「おい、こりゃあ……普通に店で食うより旨いぞ」


 そう言われれば善水も悪い気はしない。

 心持ち、頬を紅潮させてさりげなくフランの小鉢を前に押しやったりする。

 二郎はそれに応えるように今度はフランに手を付けた。

「……うん、これも丁寧な仕事や。卵を丁寧に溶いてる。しかも何だ、このコンソメ。うわ、こりゃあこんなの味わったら、他じゃ食えんぞ」

「……先輩、如才無さ過ぎです」

「いや、これこそほんまに金なるで。コンソメが……うん? コンソメ」

 再び引っかかりを感じる二郎。


「はいはい、それじゃいよいよメインディッシュが来るよ。時間がなかったから、姉さんほどには期待しないでね。姉さん何てったって三日前から仕込んでたから」

「ちょ、命珠!」

「照れない照れない。さえ坊、お皿出しといてね」

 再び強引に場を仕切った命珠が、厨房へと消えた。指示を受けたさえがトタトタと走り回って人数分のお皿を用意して回る。

「禮餐さん、なんやこのご飯をいただいてると、心に引っ掛かる物があるんやけど……」

「先輩、その話はまた後で」

「いや、たまさんからも後で後で言われるばっかりで、具体的に“後”ってゆうのを教えてくれへんもんかと……提案したいと思ったり思わなかったり」

 善水に睨まれて、殊勝に標準語になったりする。


「あたしの話題なの? まぁ、それはともかく今日のメインディッシュ。鴨肉のロースト、オレンジソース添えだよ。定番だけど、美味しいから定番になるんだよね」

「……普通に家庭料理で出てくるのが、まず信じられへんのやけど。あの、あなた方はいつもこのような食生活を?」

 再び畏まる二郎。食卓に鴨が出てくれば、当たり前の反応とも言える。


「まぁ、いつもは食材はこんなには凝らないんだけど、手間の量は変わらないよ」

「その情熱はいったいどこからくるんや……」

「ささ、それは“後”の話で……」

「また、それか」

「いいから食べてみてよ。で、如才ない感想を頂ければ、これに勝る幸いはありません」


 芝居がかった台詞と共に鴨肉を切り分ける命珠。そのまま慣れた手つきで、さえが用意した皿に取り分けて、二郎の前に差し出す。

「実はおかわりが出来るのが、家でこういう料理出した時のいいところ。さ、姉さんもさえ坊も食べて食べて。言っちゃあ何だけど、本気出したのは久しぶり」

 促されて三人同時に鴨肉をソースにからめて口の中に頬張る。

「む……」

「美味しい」

「時々、こういう天才がいるから、いやになるのよね」

 三者三様に、命珠の腕に賞賛の声を出す三人。それほどにこの鴨肉のローストは出来がよかった。


 まず火加減が絶品だ。鴨肉特有の分厚い脂肪部分が火を通すことによって、肉全体を活性化させていて、それでいて僅かに残ったレア部分が絶妙の歯ごたえを残している。

 そしてその味をさらに引き立てるオレンジソース。

 甘さ、酸味、そしてかすかに苦み。それが前に押し出すことなく縁の下の力持ちで、肉の旨みを引き出している。そして肉の臭みを消し去る柑橘系の香り。

 つまりバランスが絶妙なのだ。それも並のバランスではない。日本刀の上に片足で立つような、これ以上ないほどギリギリのバランスだ。


「これは、ごっついなぁ。日頃からこんなモノ食うとったら、往生しとるんやないか、自分ら」

「先輩、それ全然笑えないですから」

「本当、洒落になってないよね。あ、こればっかりだと口の中がくどくなるから、バケットも適当につまんでね。バターは付けすぎない方向で。さえはどう?」

「うん、今までで一番……お兄ちゃんのために頑張ったんだね」

 賞賛――には違いないのだが、間違いなくどす黒いものを感じさせる言葉だった。


「う、うわはははは、いや、そんなことはないのよさえ坊。単にお客さんが来るのが久しぶりってだけで、熱心じゃないよ、全然」

 大慌てで手を振る、命珠。

「いや、それでも実際凄いもんやでこの味は。姉さん共々、ええ嫁さんなれるで、ってやっちゃな」

 そんな雰囲気には気付かず、命珠に致命的な誉め言葉を放つ二郎。

「ああ、もう空気読めない人だな。あたし今、ピンチなのよ」

「何がや?」

「命珠、見苦しいわよ。落ち着いてあなたも食べなさい」

「姉さん、何かずるくない? 姉さんだってお嫁さんのお墨付き貰ったんだよ、あたしだけさえ坊に睨まれるなんて、絶対おかしいよ」


 命珠は必死に訴えるが、自分が作ったメインディッシュに三人が夢中になっていて、取り合ってくれない。仕方なく大人しく腰を降ろして、自分の料理の出来を確かめることにした。

 その内に善水から当たり障りのない話題――主に学校関係――が提供され、三姉妹と二郎は隙間なく会話と食事を楽しむことが出来た。

 やがて話題と共に、前菜、主菜が食卓の上から姿を消す。

 このままの流れだと、次に食卓の上に並ぶのはデザートということになる。

 先程、命珠が言った分担だとデザートはさえの担当と言うことだった。それを証明するかのように、今度はさえが厨房へと消えた。


 やがて両手に余るほどのバスケットを抱えて、よたよたと戻ってくる。

 善水が手伝って、それをテーブルの上に置いた。その一連の動きを、何となく固唾を呑んで見守る二郎。そして、二郎の目の前でバスケットが開かれた。


「……クッキーやな」


 そう、バスケットの中身はクッキーだった。

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