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高温高圧エレベーター

作者: 久遠

「あーあ しばらく節約だなー」 

 欲しかったパソコンと周辺機器を買ったのは良いがこれで完全に金欠になってしまった。大学で必要とはいえちょっと性能を気にしすぎたかな。


「もし、ちょっとよろしいですかな?」

 声のした方を見ると初老の紳士がいた。自分に向けて呼びかけたようだ。知らない人に声をかけられるのはちょっと警戒してしまうが目が合ってしまったし危ない人には思えない。


「はい? なんでしょう?」

 

「こちらの地図の、この場所ってどちらでしょうか」


「ん? この場所は……、ちょっと待ってください。駅がここにあって工場がここ、あーなるほど、これちょっと前の地図ですね」


「おや、そうでしたか。どうやら受注ミスがあったようだ」


「え?」


「ああ、こちらの話です。申し訳ない。ではこの地図だとわからないということですかな?」


「いえ、ちょっと待ってください」


 スマートフォンだと見づらいからタブレットを出す。


「ほぉ、もうすでにこういうものも出ているんですね」


 なんだろう、あまりCMとか見ない人なのかな。最近よく〇ップル社が宣伝しているタブレットなんだが。


「えーと、××駅を検索して地図表示して……と」


 初老の紳士が持っていた地図の駅とタブレットに表示された駅を照らし合わせる。この道路がここで伸びていて、この道路はもうないな、区画整備されたのか。この空き地にマンションが建っていて、なるほど……


「わかりました、この道を真っ直ぐ行って3本目の道を……、いえ、そこまで一緒についていきます」


「よろしいのですか?」


「はい、すぐ近くなので問題ないです」


 自分でもわからなかったがここまで説明して迷うとなんだかこちらの気分もアレだしなんとなくついていきたくなった。なぜなら、この人が目指している場所って人が住むような場所ではない裏山のすぐそばだったからだ。変な興味が湧いてしまった。


「いやはや、申し訳ない。地磁気がどうも狂っていてね、わかりにくかったんだよ」


「?」


「あーいや、こちらの話だ、悪いねぇ」


「ところでえーと……」


「あぁ私の事はそうだな、ジェームズとでも呼んでくれ」


 いや、どう見ても日本人なんだが。複雑な事情があるのかな。


「えっと、それではジェームズさん、ってこの町は初めてですか」


「ああ、そうなんだ。本来は先代の引継ぎで来たんだがその人は今回同行できなくて私一人なんだよ。右も左もわかったもんじゃなかったが君が親切で助かるよ」


 すみません。話にいろいろとついていけない。ただ、この人はなぜか200年以上前と思われる時代の話を臨場感たっぷりに話してくれる。しかも、いろいろと当時の物を買い占めたなんてことも言いだした。近くとは言ったが実際は結構歩く距離だ。それでも移動時間はあっという間に過ぎていった。


「あーここか。なるほど」


 そう言って地面に少し触れる。


「ふむ、確かにここで合っているね。ありがとう、君のおかげだよ。あ、そうそう、お礼と言っては何だがこれを……」


 そう言って懐からボーリング玉サイズと野球ボールサイズのところどころ白い部分が表面についているが銀白色の塊を二つくれた。というか明らかに懐に入って違和感が無くなる大きさではないんだが……


「あ、どうも、っっと!! 重!! えっと……何ですかこれは?」


 抱えようとしたが重すぎる。すぐに離してしまって地面にドシンと落ちた。


「あー、ここに来る途中に拾ってきたものだ。確か、そうそう!プラティナ、この地域ではシロキンだったか、なんて言ったかな……」


「ひょっとして白金ですか……?」


「そうそう、それだ。ここでは価値があると聞いていたからね、漂っていたものを拾ってきたんだ」


「漂う……?」


「そう、宇宙にはたくさん浮いているよ。まあ沢山と言っても空間密度は限りなく小さいから採取にはちょっとコツがいるんだがね」


「あなたは一体……!?」


「君達の惑星の言葉で表現すると宇宙人だね」


 理解が追い付く前によっこらせっとその初老の紳士の姿をした宇宙人は地面を持ち上げる仕草に入ると下から一瞬で直方体、3m×3m×4mくらいかの構造物が現れた。だが、人口という感じがしない。これだけの大きさの金属質の物体ならどこかにつなぎ目らしきものや何かしらの施しがあるはずだが凹凸も溶接面も何も見当たらない。


「ここでこの星の内部調査をするんだ」


「ああ、そんな心配そうな顔をしないでくれ。別に侵略とかするわけじゃない、学術的な調査のために来ているだけだ。なんなら一緒についてきてみるかい?」


「いや、でも……」


「もしかするとお宝があるかもしれないよ」


「行きます!!」


 すると先ほどの構造物の面の一つが崩れていった。


「入っていいよ」


中は空洞だがところどころ点滅している。外から見たらとてつもなく綺麗な鉄のような表面だったのに中から見るとまるでガラス張りのようだ。ただ、ガラス特有の屈折を感じない。外と中の境界は視覚的には確認できなかった。


「じゃあこれから下まで行こうか」


「下って地下室とかあるんですか?」


「うーん、ちょっと違うかな。今回は簡単な映像と物理的サンプルの記録だからこのまままっすぐ地球の中心に向かって降りるだけだよ」


「へ?」


 すると降下し始めた。地層を確認できないほど凄い速さで下っていくのが分かる。まずい、お宝なんて言葉に反応したがとんでもないことに巻き込まれてしまったんじゃないか……


「はっはっはっ いい反応をしてくれる。でも安心してくれ。加速度も君の負担にならないように調整してあるし500万気圧、絶対温度1万度まではびくともしないから」


 いや、安心してくれなんて言われてもこの先が地獄と言われても納得できてしまうくらいには絶望感がある。ただ、この人、というか宇宙人か、が言うとおりに振動は一切感じない。外からの力の影響を受けていないのか。


「チャートの作られ方は報告書と同じだな」


 何やらぶつぶつ言っているがそれよりも外が気になってしまう。

 外は真っ暗なはずだがこのエレベーターとでもいうべき装置から照らされることでなんとか様子を確認することができた。あれ、なんだか全体的に緑色になってきたな、と思ったら青色に変わった。幻想的だった。電飾みたいなのは冬になれば至る所で目にしていたが今まで見たどのイルミネーションよりも引き込まれる。


「ちょっと気を付けてくれ。ここから少し揺れが来る」


「!? ……はい!」


 するとわずかに揺れた。と言っても転ばない程度だ。


「ふむ、どうやら海に着いたようだ」


「地球の反対側に来たってことですか?」


「いや、地球の内部の海だ」


「??? そんな……!?」


「ここで一旦データ収集だな」


 すると何やら手で壁を操作した。見たこともない文字や数式、と言っていいのかさえ分からないが何かしらの形がとんでもないスピードでうごめいている。


「なるほど、前よりは多くなっている。ただ、地表面の量とは差が一致しないな…… 面白い」


 疑問が次々に湧いてくるが忙しそうだし、今はこの紺碧と褐色の揺蕩たゆたう光景に目を奪われて向こうに引っ張られそうになってしまう。まあ疑問はあれだ。その内、世界のどこかにいるとんでもない科学者が解き明かしてくれるだろう。問題は自分がその時まで生きているかどうかだが。


「あ、すみません。これって撮影とかしても大丈夫ですか?」


「あー、撮影はどうだったかな。確か、大丈夫か。この星の環境の一部だし。ああ、問題ないよ」


 写真も動画撮影をし続ける。


「じゃあそろそろまたもぐるよ」


 すると再び降下した。下っていくとにだんだんと赤というか白っぽい光が見えてくる。エレベーターの中からではない。その外からの光だ。


「活動については問題ないな。崩壊も理論通りだ。またここでデータ収集をするか」


 再び壁を操作した。


 それにしても眩しいな。ただ、おそらくはこの眩しさも何かしらのフィルターがかかっているんだろう。それに温度も伝わってこない。つくづくこの壁というかエレベーターの素材がどのようなものか気になる。



 ビーーービーーービーーーー


 すると突然警戒音らしきものが鳴った。


「まずい!! すまない、すぐ上昇する!!」


「え?」

 

 直後エレベーターの床にへばりついてしまう位に加速し急上昇していく。あっ、さっきの海だ、そして青くなって、緑は過ぎた、暗くなって……、やがて立つ余裕が生まれた。


「はあ、どうやら耐久期間が若干過ぎていたようだ。それに意図していない地球内部の核移動に少しやられてしまったみたいだ。ただ、こうして生きて出てこれてよかったよ」


 地上に出て扉が開いた。ここに入った時は昼間だったのにすっかり陽が落ちていた。


「まあ欲しいデータは十分とれたし、後は修理はダメか、再発注だな」


「あの、今日はいろいろとありがとうございました。まだ夢でも見ているんじゃないかって思うくらいの経験です」


「自分の住んでいる場所をこうやって見るのもいいものだろ? でも気を付けなよ」


「どうしたんですか?」


「えーと、原子時間がこれだから、そうだな、今から7年と124日、3時間28分後にここ一帯を大地震が襲う」


「えっそんな!?」


「かなりのエネルギーが溜まっているのを最初の方に確認した。だから君もそれまでに引っ越したほうがいい」


「それを防ぐことってできますか? なんだかすごい技術を持っているようですし」


「できないことはないがそれはこの星の環境保護に反するんだ。すまない、地震も立派な地殻活動のひとつだから」


「それじゃあ……」


 あれ、そういえば昔の話をやけにリアルにしていたな……


「あの、もしかしてこの星で言う200年ほど前の紙とか書くための物って持っていますか?」


「ああ、あるがどうしたんだ?」


「身勝手を承知でお願いします。その紙とペンを貸していただけないでしょうか。あとこの大きなプラチナの分割もできたら……」


「まあそれくらいならいいが……」



    *3年後*


「では午後のニュースです。××市における断層とマントル活動の研究報告会が本日開催されました。この地域は少なくとも5年以内にマグニチュード8以上、震度7以上の地震の発生がほぼ確実だとのことで内閣は報告を受け……」






「それにしても、よくあんなこと信じたわね、学会とかは」


「あんなことって?」


「宝探しよ。ネット掲示板で昔の書物が見つかってその跡をたどって行ったらプラチナが見つかったって大騒ぎだったわ。そして、最後の宝の場所は今までと違って高度な暗号で日本だけじゃなくて世界中の数学者も参戦したって。そして見つかったプラチナも純度が脅威のほぼ100%、それも合計116kgの質量よ!」


「そういえば、そんなことあったね」


「なーに、のんきなこと言ってるのよ。その暗号は今までのどの年代・地域の発想とも違っていて大騒ぎだったんだから。でも問題は暗号じゃなくて最後の場所に記されていたメッセージ、それが地震の予想につながったんだって」


「あれ、そういうのって結構好きだったりする?」


「当り前よ! ロマンだわ、ロマン! でも不思議なことに掲示板にその最初の話題を書き込んだ人は不明らしいわ。痕跡がきれいに消えているのにその方法まで一切謎、まさに謎が謎を呼ぶミステリーで都市伝説界隈は大盛り上がりよ!!」



 しばらく長い話に付き合い、自分の部屋に戻った。


「これから避難訓練か、最近本当に増えたな、ふふふ」


 そんな独り言を言いながら机の上に置かれた野球ボールサイズの白金を見つめた。これくらいなら持っていてもバチは当たらないだろう。この銀白色の球を見るたびにあの時のハラハラした素敵な時間を思い出す。

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