夏の女神VS秋の女神
4000字位で書く、
秋
女神
りんご飴の三題噺です。
文をコンパクトに書く鍛錬→三題噺の2作品目です。バトル物好きなのでこうなりました。
20XX年。日本は萌えの炎に包まれた!
海に萌え、地に萌え、全ての生物に萌え続け、遂には森羅万象その全てが萌えの対象となった日本人共。
その妄想力は想像の器を打ち破り、形而上の概念と化して現実に影響を及ぼし始めた。
誰も知らない、分からない。
それでも確かに在る世界。
これはそんな世界での物語。
★★★
地平線まで続く白い砂浜。
無限に高い蒼穹の空、輝く太陽に白い雲。
真夏の砂浜、その波打ち際に、
「よう、アンタは秋の女神だな!」
燃え上がるような赤髪単発の女が1人。赤いビキニ姿で仁王立ちしていた。
「ええ、そういう貴方は夏の女神ね」
その前方にも女が1人。
落ち着いた黒色の長髪で、服装は薄茶のニットワンピース。
「へっ、知ってるぜ! アタシを殺しに来たんだろッ」
「此処はその為の場所でしょう?」
形而上にある異空間、『四季場』。
季節の擬人化たる四季の女神達専用の、決戦のバトルフィールドだ!
「今日は既に9/1。夏の終わり、秋の幕開けよ」
「いーや今日は8/32だ。まだまだ夏は終わらせねぇ! 概念技《炎天化》ッ!」
赤髪の女が叫ぶと、その四肢が炎天下の概念を宿した灼熱の炎に包まれた。
四季の化身である夏の女神、彼女を倒さない限り夏は終わらず、そして秋も始まらない。
「常夏の楽園こそが四季の中で最高の季節ッ!」
夏の女神が砂浜に手を突く。クラウチングスタートの姿勢。
「そして最も活気に溢れる最強の季節だッ!!」
突如砂浜が爆発。
轟音と共に秋の女神の身体がくの字に曲がり、音速を超えて吹っ飛ばされた。
一瞬の出来事。
着弾点は遠すぎてもはや見えない。
「夏の力、思い知ったか!」
後にはボディブローにより全運動量を伝えきった夏の女神が、天から降る白砂を浴びている。
秋の女神をフラッグに見立てたビーチ・フラッグスだ。尚フラッグを取らずに殴ったのは変則ルールとする。
「勝ったな! 海の家食ってくる!!」
クルリと背を向け、海の家に出発する夏の女神。
「貴方では私に勝てないと、」
その背後から声がかかった。
「理解して逝ってくれないかしら」
「オラァ!!」
ノーモーションからの後ろ回し蹴り。
パァンッ!
音速を超えた踵が空気を切り裂き音を立てるが、秋の女神には届かない。
パァンッ!
パパァンッ!
パパパァンッ!
パパパパァンッ!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ――
続く連撃もその悉くが躱され続ける。
舞い落ちる落葉をコマ送りにしたような、捉え処のない動き。
――夏の女神はそれを見切った。
「はあああああッッ!! やああぁぁあああああッッッ!!!」
ジャストタイミング。
これ以上ない程の最高の一撃が必焼の炎を纏って秋の女神のどてっぱらに炸裂し、
「……オイオイオイ、何故死なねぇ」
何の危害も与えられずに、ニット服の表面で静止していた。毛糸の一本も千切れていない上、拳の炎も消失している。
「秋は全てが衰え枯れ落ちる季節。夏の勢いなんて何処にも残らない」
「…ッ!?」
ニットワンピースと接触した拳、そこから急激に広がる脱力を感じ、飛び退って距離をとる夏の女神。
「衰退と終焉の権能か、こりゃあ正面突破はキツそうだな」
「夏の活力は私に無効よ。諦めたのならさっさと…」
「おっと、早合点するんじゃあねえぜッ! 力押しだけが能じゃない、夏には無数の側面があるッ! ――概念座標『夏の原風景』に同期完了――」
浪々とした声が空間に響く。夏の女神が開いた右手を空に翳した。
「っ!? 何を――」
「――彼方より此方へ――。見覚えのない記憶、されど刻まれし理想、」
翳した手を振り下ろすと共に叫ぶ。
「現界せよッ! 『完璧な夏の日』ッッ!!」
★★★
黒髪の少年は気が付くと知らない風景の中に佇んでいた。
「…ここは、どこだっけ」
場所は晴天かつ微風の草原。
前方には麦わら帽子と白いワンピースを着用した赤髪の少女が立っている。麦わら帽子に隠れて口元しか見えないが、楽し気に微笑んでいる様だった。
「きれいだ…」
少年は気が付くとそう口にしていた。
クスクスと笑う赤髪の少女に、思わず頬が熱を持つが、言葉を撤回する気にはなれなかった。
完璧だと、理屈ではなく感情で理解した。
そう、この覚えのないいつかの夏の光景こそ、自分が本当に欲しかったもの。
この素晴らしい夏の日こそ、魂の奥底から求めていた完全な情景。理想の世界。
出来るなら、時を止めて永遠に留まっていたい。この完璧な夏の日に。
他の全てを犠牲にしてもいい。この瞬間を切り取りたい。
そして今ならそれが可能だとはっきり分かる。
夏に身を任せるだけでいい、それだけで
――――、
待て、
これは私の思考ではない。
そもそも私は少年でもない。
生物ですらないが何方かというと少女を模っていた筈。
いや正確に言えば――
「――秋の、女神だ」
「あらら、解けちゃった?」
(――概念座標『夏の風物詩・夜公演』に同期完了――)
少年の姿が揺らいで消えると、そこに立っていたのは秋の女神だった。一方夏の女神は思考制御により既に次への布石を打ち始めている。
(――彼方より此方へ――。天空に咲くは大輪の華、闇に煌めく刹那の色彩、)
「精神汚染なんて搦手も使うのね。まあ、無駄だったわけだけれど」
「汚染だなんて人聞きが悪い。夏の魅力を伝えようとしただけさ。それに収穫はあった」
(現界せよ)
「無駄だと言うのに」
(『八百万幻想花火大祭』ッ!)
快晴だった草原の空が一瞬にして夜に切り替わり、暗闇が辺りを覆うと同時にそこかしこから祭囃子が響き渡る。
空には次々と花火が上がり、その明かりで照らされる周囲には食べ物や玩具の売店が現れた。無数の朧げな人影が店を運営し、同様の影たちによって構成される雑踏は大いに賑わっている。
ふと秋の女神が自身の服装を見下ろすと、それは牡丹柄の浴衣に変わっていた。
「綺麗じゃんか」
言葉と共に誰かに腕を組まれる。横を見ると夏の女神が赤い蝶をあしらった浴衣を着ていた。
「《一夏の思い出》」
振り払おうとした腕を取られ、密着した状態から放たれた魅了の概念技、《一夏の思い出》。持続時間は一晩と短いが、極めて強力な効果を有する技だ。
秋の女神の目に♡が浮かぶ。
(からの~《終わらない夏休み》!)
表面上の変化は何もなし。
しかしこの時点を持ってこの仮初の一夜は永遠と化す。
「一晩だけアタシと夏を楽しもうぜ。絶対に飽きさせねえからよ!」
「まったく、しょうがないわね。一晩だけよ」
こうして秋の女神は永遠の夏に捕らわれた。
もう彼女が自身の司る季節を知ることはない。
夏の女神は一抹の罪悪感を覚えないでもなかったが、いずれ秋の女神にも夏を好きにさせる自信があった。
共に夜空の花を見つつ、売店で買ったリンゴ飴を舐める。
金魚すくいで子供の様にはしゃぎ、的中てで互いの戦利品を競う。
疲れたら宿で休み、一眠りしてもまだ夜は明けない。
二人でかき氷を分け合って食べた。
鈴虫の音色に耳を傾けつつ語り合った。
川辺では蛍を指先に留まらせ、光の脈動に見入ったりもした。
終わらない夜。
終わらない夏。
友情が芽生え。
親愛も生まれ。
過ぎ去った時間が分からなくなる程に、二人は一緒に暮らし続けた。
★★★
「ナツ、この季節も良いものね」
二人は雑踏から離れた屋敷の縁側に座り、いつも通り花火を眺めながら語っていた。
「どうしたんだよアキ、そんな今更過ぎること言って」
「『飽きさせない』っていった事覚えてる?」
ナツは一瞬何のことかと思ったが、少し考えて思い当たる。
もう、ずっと昔の話だ。
「ああ、思い出した。結構昔の事じゃん」
「本当に一瞬も退屈しなかったなんて、あの頃の私に言っても信じないでしょうね」
アキが傍にあったラムネ瓶を手に取り、最後の一口を飲み干した。
「ナツにも私の季節を案内してあげたかったけど、残念だわ」
「なーに湿っぽいこと言ってんだよ。夏の魅力はこんなもんじゃないぜ? アキに経験してほしいことはまだまだ沢山「いいえ」
ナツがアキの方に振り向く。
哀し気な表情に危機感を感じた。
「もう終わりよ。《一日千秋・閉幕》」
瞬間、両者がいる空間を構成し、世界そのものでもあった『八百万幻想花火大祭』に酷い雑音ノイズが、無数のガラスを割り続けるような音が生じ、一拍の間をおいて、割れる。
「…何時からアタシに概念技をかけてた」
地平線まで続く白い砂浜。
無限に高い蒼穹の空、輝く太陽に白い雲。
「さあ? どうでもいいじゃない」
両者は最初の場所に帰っていた。
恰好も互いにビキニとニット服に戻っている。
「それよりも、これが本当に最後よ。言い残すことは?」
「…《なかなか太陽の沈まない季節》《命充ち満ちる炎陽の時節》」
「そう、貴方らしいわね」
「《残暑の遺志》《夏景》」
「存分に抗いなさい」
「《炎天下炎舞・炎陽極》」
頭上の太陽が一際輝き、熱風が吹きすさぶ。
燃え上がるような色彩が渦巻き、蝉の声が空間に響き渡る。
その中心にいる女神の身体は白炎の人型と化し、唯一眼だけが赤く燃え上がっていた。
「落――」
秋の女神が此方に向けた手の平目掛けて走り出す。
真っ向勝負だ。
一歩目で足元の砂が爆散して後方に吹き上がる。
二歩目で音速を超え熱波が周囲の海水を蒸発させる。
三歩目で地を駆ける流星と化し浜辺は元の形を失った。
極限まで引き延ばされた時間感覚の中、万象が燃える空間でただ一つ不変の存在に向かっていく。
(あと少しで、着くッ!もう少しで、届くッッッ!!!)
全身全霊の右ストレートを、相手の手の平に合わせるように突き出した。
「――陽」
★★★
黒色の反太陽が落とされ、爆心地跡となった浜辺から少し離れた海岸沿い。
夏の夕日が暮れ行く空間に淡い燐光が舞っていた。
「秋、また来年に夏は来るんだぜ」
「そうね」
「季節の女神は毎年変わるから、そいつはアタシじゃないんだけどな」
「同様の季節でも同一のものはない。当たり前じゃない」
「アタシの記憶はここで終わる。悔いがないと言えば、嘘になるが」
「…」
「最高に楽しい、夏だった」
「ええ」
「楽しめたから、また、逢おうぜ」
「…ええ」
「来年の夏も、きっと…、最高に……」
燐光が消え、後には女神が1人だけ残る。
秋の女神。
新しい季節の女神だった。
彼女には変革の仕事が与えられている。そしてそれは十全に果たされるはずだ。また再び季節が巡る、その日までは。
「…具現化、リンゴ飴」
元は秋の収穫祭に振る舞われていた菓子を手に取り舐めると、最後に一言だけ別れを告げる。
「さようなら、夏」
A:割と最初から