第72話 対話
立て札には、こう書いてあった。
『右から順にハギ、拓哉、五十嵐、園部用の扉となってる。覚悟を決めたら入れ』
それだけ。
ハギはその立て札を見て、直ぐに指定された扉の前に立った。
「早く行こ? この扉、全員同時に開けないと開かない仕組みみたい」
ハギが何度か扉を開こうとしているのを見て、拓哉も扉に近づいて開こうとするが、開かない。
どうやらハギの言う通り、全員で開けなければ開かないらしい。
「………ああ、わかった」
ハギから出る威圧感似たモノ………それが拓哉達から「何故わかったのか」を聞こうという意思を削いだ。もしかしたら啓よりも怖いかもしれないと思う拓哉だった。
無論、啓の前で言う気はないだろうが。
全員が扉の前に立ったのを確認したハギはドアノブに手をかけた。
「行くよ」
その言葉と同時に、全員が扉を開けた。
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扉の中は、別々に繋がっているらしく、ハギはこの空間で一人だった。
ただただ雲海のみが果てまで続いている世界で一人ぼっち。
「ケイ? どこ?」
啓を探してここまで来た。
やっと終わって、言いたい文句も一つ二つはある。
だけど、人の姿は一切ない。
「ケイ? どこー?」
しかし、どれだけ歩いても、どれだけ探しても、ケイは見つからなかった。
──愛しい人を探しているの?
だから、そんな声が聞こえたのは幻聴かと思った。
「誰?」
──ワタシは貴女、貴女はワタシ。これでいいかしら?
後ろからの声のようだ。
振り替えると、黒髪の少女がいた。
よく見ると、昔の自分のような姿をしている。
そして、昔から背は伸びなかったなぁ。と深いため息をはいた。
──あら? ため息をつくと幸せが逃げる。って貴女の愛しい人は言ってたわよ?
「!」
何故知っているのか。それがハギの疑問だ。
目の前にいるコレは私の偽物。もう一人の自分。
これを鏡みたいだと、ハギはふと思った。
──なんで知っているの? って顔ね。面白いわ。
「………そんなのどうでもいい。ケイはどこ」
──少しお話をしましょう? そうすれば教えてあげる。
「………わかった」
目の前の自分の形をしたナニカにうんざりしながらも、ハギは話を聞くことにした。
「それで、何をお話するの?」
──そうね………これからの事を話しましょうか。
「これからの事?」
ハギはこてん? と首を傾げる。
その仕草に可愛いと思いつつも、虚像は話を続ける。
──そう、これからの事。これからあなたが、ケイといることで巻き込まれる事について。
「? それがどうしたの? 私には関係ないじゃん」
──ええ、貴女には関係がないわ。でも、ケイは違う。
「どういう事?」
──どうもこうもないわ。ただ、事実を言っているだけよ………まあ、信じなくていいけど。
彼女の微笑みに、ハギは怖気のような何かを感じた。
彼女の言ってることが、本当のことのようにも思えている。
それはハギが己の『特異性』を──そして啓の『異常性』を理解しているが故なのだろう。
──ハギ。あなたは賢いわ。
──別に私は、あなたの番をとる気じゃないの………これは、忠告なのよ。
「忠告?」
何故彼女の言葉に耳を傾けるのか。
何故嘘だと思えないのか………そんな事を考えていても、ハギの意識はハギの虚像に向く。
──そう。忠告。あなた達がケイに守られているだけじゃダメっていう………それだけの忠告。
「守られてる………」
ふとハギは、遥か昔に聞いた言葉を思い出す。
「時間は有限………?」
──そういうことよ。
「え? ──待って! どういう………消えちゃった」
少女の消えた場所に、『扉』が出来た。
「私は………」
守られている──そう言われ、まず彼女の心に浮かんだ感情は『喜び』だった。
そしてすぐ、それがずっとでないと言われた。
「行かなきゃ」
ハギは自分にそう言い聞かせ、『扉』を開ける。
覚悟と共に開いた扉の先。
「もう…来ちゃったのか………」
「ケイ?」
そこには、ハギにとって世界で一番愛しいと思える人物──黒谷啓がいた。