第46話 勇者の過去
「私達、これからどうなるの?」
ハギは震え声で聞いてくる。
ライアから説明をうけてから、ずっとこんな様子だ。
心配性なの? 言ってないけどハギ。お前は人族程度にだったら一切負けないと思うぞ? まあたぶんだし、上には上がいるというから――まあ人族の中では最強だよ。そもそもハギは人じゃないし。吸血鬼だし。
「たぶんの話だって。お前も狙われている可能性は低い」
俺はそう言うことしかできない。
相手の考えている事なんてわからん。
ってかわかる人いるの? 俺がわかってないだけなの?
「これから、まだ勇者達が居るか見てくる。少し待っていろ」
俺はそう言い残して部屋を出る。
そして、玄関で『転移用魔方陣』を起動。
この『転移魔方陣』に『幻惑魔法』で作った人形を入れる。これはダミーだ。
転移直後に奇襲されちゃあ困るしな。
俺は『魔法陣』を起動させ、自分に『転移魔法』を使って外にでた。
■■■■
「クソ! 失敗した!」
啓の家の前では、召喚された『勇者』の1人佐藤拓哉は、悔しそうに悪態をついた。
周りには彼しかいない。
これは彼が脅されてやっていることだ。
一応、二人の騎士がいるが、一切喋らないし不気味、性別も不明なので、拓哉は苦手としている。
そして、拓哉がどんなに叫んでも、一切何も反応しなかった。
拓哉はこれまでの経験から、今回の任務を簡単だと思った。
いままでの依頼よりは簡単に終わる。そう言われたし、拓哉自身、異世界に勇者として召喚されてからは、様々な理不尽な任務にあたっていたので、そう考えてしまったのも仕方ないことなのだが。
拓哉の想像とは裏腹に、標的──もとい家主には逃げられた。
人質をとってもすぐに対処された。
何が簡単な仕事か。
何が簡単に終わる任務か。
拓哉は思った。
そして悟った。
アイツに俺は勝てない。
そもそも、次元が違う。
と。
直感的なことだったが、それを間違っていると、拓哉は思っていない。
むしろ、殺されなかったのは幸運だと思っている。
そんな時、彼の目の前に魔法陣が現れた。
ここにできる魔法陣は一つだけ、『転移用魔法陣』だけと言っていた。
拓哉はこれをチャンスと見て、腰に忍ばせていた短剣を持ち、様子を伺った。
魔法陣からは、少し背の高い男性のシルエットが浮かびあがった。
しかし、魔法陣の輝きが強く、影しか見えない。
そんなことお構い無く、拓哉は短剣を突き刺した。
すると、その影は崩れるように無くなった。
「な、何だったんだ……」
不気味な現象に動揺した拓哉は、表情が強ばっている。
拓哉は逃げ出したかった。
しかし逃げられない。後ろの二人がそれを絶対に許さない。
そして逃げたら仲間の命が無くなるのだから。
誰かが死ぬのを拓哉はもう見たくなかった。
大切な者達を失いたくなかった。
だけど、そんな事は出来ないと、理性は言う。
自分が生き残る事が大事だ。という。
しかし、感情はそんなのは嫌だ。と駄々をこねる。
分かってはいる。
しかし、頭で理解していても、心が納得してくれない。
──彼ならどうしただろうか。
彼の頭に思い浮かぶのは、二十八という若さで自殺をした彼の友人の青年だった。
■■■■
彼とは幼少時からの仲だった。
小中校と、ずっと一緒のクラスだった。
拓哉は彼がクラスぜいじめられていることも知っていた。
しかし、止める勇気がなかった。
もしかしたら、次は自分の番かもしれないから。
もしかしたら、自分が孤独になるかもしれないから。
でも、いじめを受けても、彼はヘラヘラと笑っていた。
ずっと、ずっと。
どんなに殴られても。
どんなに蹴られても。
どれだけ嫌がらせを受けても、ずっと笑っていた。
実際は、作り笑いの仮面があって、それを被ってずっと耐えていただけなのだが、いつの間にか、当時の拓哉の中で、彼は『勇者』になっていた。
どれだけ嫌な事をされても、ヘラヘラと笑って受け流す。
そんな彼に拓哉は憧れた。
だけど、現実は非常だ。
ある日の事だ。
年月は経ち、拓哉は父の工場を受け継ぎ、その工場の社長になった。
まだ拓哉も若く、何度も辞退したが、最終的には社長に就任する事になった。
そしてその事を彼に伝えようと、彼の1人暮らしをしているアパートへ行った。
しかし、彼は不在だった。
拓哉は明日でいっか。と、その日は帰ってしまったのだ。
………それを自分が後悔するのは、その二日後の事だった。
その日も、普通に働いていた拓哉は、とある電話を受けた。
彼からの電話だった。
拓哉は電話で、彼に社長になった事を伝えた。
彼は『おめでとう』と言った。
その声に、儚さがある事にも気づかずに、拓哉は会話を続けた。
その後彼は言った。『あとで、俺の家に来てくれ』と。
拓哉はもちろん了承し、その日の夕方に、彼のアパートへ行った。
しかし、ベルを鳴らしても、ドアをノックしても、返事はない。
拓哉は嫌な予感して、彼の家に入った。
鍵はかかっていなかった。
家の中は、綺麗に片付けられていた。
彼はあまり物を持っていなかったので、元々片付いている部屋ではあったが、今のこの部屋は『生活感』が無かった。
そして、リビングにある唯一の家具と言えるちゃぶ台に、一枚の封筒があった。
──それが、彼の遺書だった。