第281話 第二学年三学期19
──唯一の裏切りの勇者。
まあそう呼ばれた人生もあった。鮮明に覚えている人生の一つでもあるから、少しだけ思い入れのある人生でもある。
「……」
「えーっと、裏切りの内容は……え、魔王側に寝返った?」
「理由が知りたいか?」
「まあ、書かれてないし」
拓哉は眉間に皺を寄せた表情のまま顔を上げる。
そりゃあ書けないだろうよ。書いたら人族が批判されること間違いない理由なのだから。
「その理由を語るにはまず、この時に起きた戦争の話をせにゃならん──」
懐かしい思い出が溢れるかのように、俺の意識は過去の情景を鮮明に思い出した。
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魔王は悪。その配下である魔族も悪。
それが当時の人間社会に蔓延る絶対のルールだった。
故に彼らから物を奪うのは正当な権利であり、義務――というのもこの頃、人間の大陸では歴史上類を見ないくらいの飢饉と人手不足に見舞われていたのだ。
土地の量に見合わぬ労働者、異常気象で降らない雨……これらを当時の統治者たちは『魔族による領土攻撃』とし、往復の名目で兵をあげて魔族領に攻め入った。
これが戦争──魔人戦争と呼ばれる大戦争の始まりだった。
結果から言うと、この戦争はヒトの完全敗北で終わった。攻め入ったヒト族の兵の多くは殺され、残った一部も同族に見切りをつけた者も多い。まあ中には魔族と繋がって利益を得ようとした貴族もいたようだが……今その家は取り潰されて、ヒト族史からは抹消されてることだろう。
戦争の経過だが、侵攻当初は成功していたんだ。魔族領の中でもヒト族領に近い村は壊滅に追い込まれ、そこの魔族たちは奴隷として労働力などになった。オークションにかけられる輩もいたりしたが……今は置いておこう。
最初が成功だったからか、今度は街を狙おうと貴族たちは兵士に指示をした。士気は低かったそうだが、それでも街へと進軍。辛勝ながらもまた勝ったそうだ。
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「──士気が低かったのには理由があるのか?」
「そりゃあお前、武器も持たない、生きることに一生懸命な同じ人の形をした生物を殺せば精神的に堪えるだろ?」
「なるほど。じゃあオークション云々は?」
拓哉の疑問に答えるために口を開こうとした直前、ハギが少し俺の左袖を強く握る。
……まあ、そこまで面白い話じゃないからなあ。
俺は左手で優しくハギの頭を撫でながら、先程出かけた答えを口にする。
「──珍しい魔族の売買。ヒト族間でもあるだろ? それ」
「やっぱどこのヒトも変わらんな。それで、続きは?」
欲に目がくらめばそうなる……それだけだろ。
うんざりとした表情をしながらも拓哉は続きを促してきた。何か琴線に触れるものがあったのだろう。それが何かはわからんが。
「じゃ、話を続けるぞ。彼らの進軍はそこまでで終わった。それは精神的にも、実力的にも、もうダメだったんだ──」
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街を落とすことに成功したヒト族は、この頃には当初の目的を忘れていた。労働力は十二分に手に入り、社会も緩やかながらに回復した。
しかしながらヒト族の貴族は更なる労働力、そして珍しい魔族を求めて進軍するように兵に指示をする。これが悪手だったんだな。当時、戦場に駆り出された多くの兵は精神的に病み、進軍なんて不可能に近い状態だった。まあそりゃあ、武器も持たない民間人を殺したんだ。正義がこちらにあるにしたって限度もあるだろう。故に次の侵攻は敗北。寧ろ自ら降参したくらいらしい。
すると貴族は『使者』と称して騎士団を派遣。まあ武装してきたヒト族だ。通じていたヒト族からの告げ口もあって、魔族側も相応の武力を以て、武力による横暴を封じたようで泣く泣くの敗走。貴族は名誉云々の理由もあり、教会と共同で魔族の王──魔王を『神敵』と認定。そして『勇者召喚の儀』が行われることとなったそうな。
何故今まで勇者を召喚しなかったのかを簡潔に言えば、その利益が長期的なものだったからに他ならない。当時の貴族はすぐに利益を出したかったからな。
それに教義において『勇者召喚の儀』は神敵を滅ぼす為にしか召喚出来ないんだ。まあ通信技術も発達してないから、ヒトを騙すのは簡単だっただろうよ。
こうして召喚されたのが後世に『反逆の勇者』と呼ばれることになる勇者──まあ俺なわけだ。
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「──こっから先は更に個人的感想が含まれてくけど、いいか?」
「寧ろ今までより酷くなるのってチョット思うけど……まあ」
拓哉は若干引き気味にそう言う。まあ私情が入ってしまうのも無理はない。あれはホントに胸糞悪い話でもあったのだから。
「こっからは更に刺激の強い話になるが──その前にちょっと休憩な。あー、喉渇いた」
「ふぅ……そういや気になったんだけど、兵ってのは騎士団と違うのか?」
「下級貴族が指揮を執る農民や犯罪者で構成されたロクな武器術の訓練も受けてない奴ら。今で言う所の山賊みたいなもん」
「下級でも貴族が仕切ってるのに山賊扱いか……」
「実際山賊より酷いぞ? 指示系統はメチャクチャだし食糧は現地調達だったらしいし」
「うわぁ……」
なおその理由は識字率の低さにあったらしい。当初はステータスなんて便利な機能を備えていても、読み解けない人の方が多かったからな。
俺は一気に冷水を飲み干す。
「──じゃあ、こっからは召喚された『勇者』の話だ」
そう前置きして、俺は再び過去の情景を思い出していく。
かつて女神の意向によって、勇者を騙っていた頃のことを。
今回の話は読みづらいかもだけどメンゴ。視点切り替えが大杉。
話は変わりますけどカク○ム様が新しいプランを始めたそうですね。入会金の支払い方法がクレカだけと聞いてpixivの優秀さに脱帽したことをここに記します。