第278話 第二学年三学期16
気まずい雰囲気も幾ばくかは晴れ、俺とハギはライアのいる応接間へと戻った。
「……マスターは着ないので?」
「着るのに時間がかかるから却下だっての」
「そうですか……」
そういうライアは多少残念がりながらも、俺に視線を向けることを一切せずに、困惑するハギの和服姿を様々な方向から映写機に収めていく。後で俺も見せてもらおう。
「えーっと、これいつまでやるの?」
「ライアが満足するまでだろ」
「ハギ。次は右腕を肘から100度ほど外側にむけて曲げて袖を少し持ってください」
「……終わるかな」
「夕食は今日中に食えるんじゃね?」
ここまで熱心に物事に熱中するライアは久しぶりにみたしな……以前はどうだっただろうか。詳しく覚えてはいないが、苦労したような気もする。
俺の言葉でどこか嫌そうな顔をしながらも、ハギはライアの要望に応えていく。時にはちょっと辛そうな表情をするので止めに入ったりもしたが、撮影会はおおむねライアの満足いく結果だったようで、普段なら就寝するころにハギは解放された。
「疲れた~」
「お疲れ。何か飲むか?」
「じゃあケイがいつの間にか持ってきて飲んでるソレ」
「ほいほい」
俺が茶を汲もうと動き出したのと同時に、少しやつれた様子のハギは俺の飲んでいたカップを取ってその残りを飲み始めた。
一気に飲み干したハギは若干頬を赤くしながらカップをソーサーの上に戻す。
「……そんな喉かわいてたか?」
「うん。慣れないことへの緊張とかで干からびたんじゃないかってくらい」
「あー、わかる」
経験あるなぁ……なんて思いながら、少しは復活の兆しを見せたハギに労いの茶を淹れる為に動こうとして──
「では、夕食の準備をしてきますね」
──ちょうど、写真を確認していたライアが復帰して応接間を出て行った。
確認が終わったかどうかはわからないが、キリの良い所で従者としての仕事を思い出したか何かしたのだろう。心なしか急ぎ足だった気がする。
「そう言えばケイ」
「ん?」
ハギの方へと向き直ると、少しモジモジしながら言葉を続けた。
「私の浴衣衣装──どうかな?」
少し恥ずかしそうに一周クルっと回ってハギはそんなことを聞いてきた。
そう言えば気まずい雰囲気になったりしてキチンと言えてなかったな。
「めちゃくちゃ似合ってる。あと……可愛いぞ」
「……ねえケイ。声を保存する魔道具ってない?」
「あるけどもう言わん」
「えー」
そして貸し出しもしない。恥ずかしいし。
それでも諦められないのか、ハギは「じゃあもう一回だけ言って」と願掛けするように両手を合わせたまま頭を下げた。
恥ずかしいったらありゃしないが、それでハギが満足するならやるか……。
「可愛い」
「『似合ってる』から!」
「……とてもハギの雰囲気に合ってる。めっちゃ可愛い」
「──」
くっそ恥ずくて耳まで赤くなっている自覚はあるが、反応のないことに少しばかりの不安と違和感を感じてハギに視線を向けてみれば、こやつ固まっていた。それもこちらを見たまま……あ、目ぇかっぴらいてる。和服姿も相まってホラー的な迫力があるなぁ。美形だから尚更。
「──ハッ! 私は何を」
「意識飛んでたぞ。大丈夫か?」
「ケイからめちゃくちゃ褒められる夢を見たんだけど……正常かな?」
「それ現実な」
「ええええぇ!」
数秒の硬直から復帰したハギが先の出来事を夢と言ったので訂正してみたが、この驚きような何ぞ。そりゃあべた褒めはあんましないけど、そこまで珍しいことかね?
などと思っていると、丁度ライアが食事を運んできた。無言で入ってきたところから察するに、少し前から聞いていたのではないだろうか。
「──ケイ、さっきの言葉嘘じゃないよね?」
「嘘じゃないぞ」
「本心?」
「元来嘘は苦手な性分だ」
そう言うと、ハギは赤かった顔を更に真っ赤にした。