第275話 第二学年三学期13
着物作りといっても、別段複雑な行程はない。
酷く省略して簡単に言ってしまえば、単は『反物を裁って縫う』。ただこれだけなのだ。無論、裁つ位置だったりは慎重に決めるが……。
「いつ見ても不思議な光景ですね。一枚の布が鋏と糸だけで服に変わるのは」
「それが和服づくりの妙味って奴だな」
まあ色々技術は必要だけどな?
ハギと反物を選んだその日の夜中、俺は自室でライアと会話しながた衿の部分をちくちく縫っていく。
衿の部分は長いためちょくちょくはた結びして糸を継ぎ足しては縫っていくのだが、普通に縫うには少々難しいので待ち針を使って固定している。そして等間隔に待ち針を打っている。
スキルがあれば長い糸で一気に、そして待ち針も使わないのだが、今回はスキルがあったとしてもこうしていただろう。安全第一だ。
まあ会話しながら縫う時点で安全も何もないが。
「作り方を知っていれば、縫物の心得があれば誰でも作れる……だから獣人族はちょっと手先が器用なら和服作りの道に、そこまで器用でなくても種族的に体が小さい奴は反物作りの職を選ぶ傾向にある。そう仕向けたのは俺達だけど」
「だから服飾文化が獣人だけ違うのですね」
「人と魔人が早い段階で服を着る文化が出来てたってのが大きな理由でもあるんだけどな」
獣人族は三種族の中でも一番内戦が酷かった種族でもある。故に戦いの文化は一番発達していた時期もあったりはした。魔法とかの、な。
「昔は過激な種族でしたからね……」
「今も統率が取れてるだけで、いつ爆発するかはわかったもんじゃないぞ? 何せあいつ等が信仰する神は争いを好むし……」
「破壊の神シヴァですか」
「ついでに宇宙の創造神でもある……人や世界を作ったのは女神だが」
「今ではその信仰は失われてきていますけどね」
「もとより目立つのが好きじゃないらしいからな」
それで信者失ってたら元も子もないと思うが……まあ当事者はそれで構わないと言っていたし俺が気にすることではないだろう。
会話も途切れ、ちょうど衿の部分が縫い終わった。俺は縫いかけの和服を膝の上に置き、左手で眉間を揉む。最近眼精疲労が辛くて仕方ない……。
「今日はそれくらいにしておいたらどうですか?」
「……だな。また明日やるか」
まあもう日は跨いでいるが。
ライアが手早く針や糸、縫いかけの反物を机に移動させていく。
「すまんな。助かる」
「いえ。これくらいのお手伝いは従者として当然の役目です」
寧ろ我儘な障碍者の介護……いや、これ俺へのダメージが大きいから考えるのはよしておこう。
「じゃあ、ライアももう休め」
「ええ。では、失礼いたします」
ライアはそう言って部屋を出ていく。
さぁて……俺も寝るか。
車椅子を動かして、ベッドの横につける。そして腕の力だけで無理矢理ベッドに移ろうとして──
「……痛っ」
──全身が悲鳴をあげた。まあ長年使っていた肉体だ。老い知らずではあったが、もう限界なのだろう。
俺はベッドに寝転がる。もう動きたくないわ……。
「あー、車椅子に座ったまんま寝たい」
悪循環になるのは目に見えてるからやらないが。
馬鹿な思考はさておいて、布団に入るとすぐに眠気は襲ってきた。久しぶりに縫物をしたのが相当疲れたのだろう。俺の意識は途切れるように夢の世界へと旅立っていった。
なお単は夏物。生地の素材によっては冬もいけるらしいですけど、冬場は袷という裏地のある着物が基本らしいです。
次回はその辺り……何故冬場に単を贈るのかの話とホワイトデー当日ですかね。