第272話 第二学年三学期10
「──さて、どうするか」
夕餉を終え、ハギが風呂に入っている時間。普段の俺ならさっさと部屋に退散するのだが、最近──ハギと恋仲になってから──は応接間に残ってお茶を飲むことも多くなった。
「なあ、ライア的にはどう思う?」
「私に聞かれても……と言いたいですが、そうですね……」
そういう時間が増えれば必然的にライアと二人で過ごす時間も多くなり、最近は一日の家の中での出来事や相談事など、他愛のない雑談の時間も多くなった。
「……直接聞いてみてはいかがです?」
「そりゃあお前、味気ねぇだろ」
それにハギだって俺には聞かなかったんだ。そりゃあ俺のことを良く知ってるライアに相談したのは知っているが、贈る本人には聞かなかったんだ。なら俺もそのハギの言行に則ってハギには聞かないし、ある程度は自分で決める……特に最終決定はな。
「マスターらしいご意見ですね」
「見栄っ張りと言ってくれていいぞ」
「それでこそハギの惚れた男性ですね」
「……」
なぜかさぶいぼが……耳まで暑いし照れてんのか? まだまだ初心忘れてないわ。
「とにかく、バレンタインのお返し、どうしたらいいと思う?」
「……装飾品を贈ってみては?」
「やっぱそれが妥当だよなぁ……」
何かいいのあるかねぇ? 指輪……は早いか? 重いかもしれないか。じゃあネックレス……ってそこまでご執心かよ俺は。
「髪留めは前買ったから……んー、ガラスの靴でも作るか?」
「それは止めた方がいいと思います」
「実用的じゃないからな」
ライアの助言に頷いていると「そういうことではないのですが……」と呆れた様子を見せながら、俺のカップに紅茶のおかわりを注いだ。
「あー、贈るのに適さないもんな……後は服か? いや俺のセンス壊滅してるからなぁ」
「違います。そしてセンス以前に無頓着でしょう」
「故に壊滅してんだよ」
そもそも服なんぞ着られればよかろうに……でもそうか。
「……あー、魔法が使えたらなぁ」
「出来る限り支援しますが?」
「じゃあ時間魔法頼む」
「どうやらお力添えは無理なようです」
「……マフラー手作りは諦めるか」
作れないもの、かぁ……酒なんかいいかもな。俺もハギも飲まないけど。あとは……。
「ハギって化粧品使っているのか?」
「日焼け止めは使っていると以前言っていましたよ」
「……化粧水でいいか」
「高級品でも取り寄せますか?」
「いや、園部や五十嵐……あと拓哉とかに聞いてみるわ」
「前者二人はわかりますが……なぜタクヤさんにまで聞くのです?」
「拓哉も肌の手入れは欠かしてないからだよ」
ライアが若干引いた。
いや……アイツ高校時代から肌のお手入れ女子並だったから。うん。荒れてるのが嫌なんだと。
しかしながら化粧水か……贈る際の隠された意味的なものはなかったけど、なんか『もっと奇麗になれ』的なニュアンスあって嫌だな……。
「あー、いい湯だったぁ」
「おかえりなさいハギ。紅茶、淹れておきましたよ」
「ありがとうライアお姉ちゃん」
風呂から戻って来たハギは、早速隣の席に用意されていた紅茶を飲んだ。
「ふぅ……」
「……ところでハギ。どうしてマスターから少しずつ離れていっているんです?」
「ギクッ……い、いやぁ、ナンノコトカナ」
嘘つくのへたくそか。
しかし器用にガタガタとカップを小刻みに揺らして視線をそらすハギの様子は面白い。それこそちょっと悪戯心が芽生えるくらいには……。
「……やっぱ臭うか? ちとハギの髪を梳いてやりたかったんだが……」
「風呂に入るとなると、ハギの髪は梳けなさそうですね」
「……」
ハギが無言で俺の隣の席に戻る。
「全然ケイ、臭くないよ? 寧ろ嗅いでて落ち着くにおいがする」
「まあ普段から『洗浄』の魔法使ってるから臭ってたら臭ってたで怖いけどな……」
「落ち着くにおいですか……」
ライアが笑顔で反芻したのを聞いて、ハギはビクッと少し跳ねた。
そして俺とライアの表情を窺い何を悟ったのか、ハギは俺の左腕をポカポカ叩き始めた。
「またからかわれた……」
「またからかってしまった……ほれ、梳くから回れ右しな」
「手櫛ね」
ほいほい。
俺はご要望通り、ハギの奇麗な黒髪を手櫛で梳く。余程丁寧にケアしているのか、手櫛に髪の毛一本もからまらない。寧ろ俺が楽しんでいるまであるくらいだ。
「こんな感じでいいのか?」
「うん。もっとやってー」
気を抜いているような声でハギは言う。
そう言われちゃあやる以外に選択肢はないな。
俺は更にリラックスさせようと、手櫛をしている右手に意識を集中させた。
遅れてすいません……バイト終わってから神○沙也加ショックを受けて寝込んでました。ご冥福をお祈りします。