第270話 第二学年三学期8
「やっぱおかしいよな。ハギさんの言行」
昼休み。そう呟いたのは拓哉であった。
わざわざ俺の机に弁当を持ってきてまでそう言ったコイツは口の中の物を飲み込んでから続ける。
「朝から不自然なほどに啓のことを避けてるしいつものような元気さがないし……やっぱ啓が何かしたんだろ」
「女子特有のアレだろ」
「あー、アレか……アレなら仕方ないなってなると思ったか?」
「ならないよなぁ……てか直接聞け」
コイツに言えば一瞬でクラス内に共有されるんだよなぁ……そりゃあ祝福してくれるんだろうし俺としては嬉しいが、こればかりはハギに確認をとったほうがいいだろ。
しかし俺の回答に不満なのだろう。拓哉は両頬を膨らませて箸をこちらに向けてくる。
「オイオイ啓知らないのか? 親しき中にも礼儀あり、だ」
「ん? 『俺がそこまで話さないハギさんにそんなこと聞けるわけないだろ』?」
「見透かされてんのホント悔しいがその通り」
「取り敢えず行儀悪いから箸こっち向けんな口の中の物飲み込め」
「……」
拓哉は残りの弁当を掻き込む。頬すげぇ膨らんでるけどリスかよ。
若干汚いながらも弁当に蓋をして風呂敷に包んだ拓哉は、ゴクリと音を立てて口の中の物を飲み込んでから言う。
「でもさ、俺とハギさんって普段交流らしい交流ないじゃん?」
「まあ共通の話題も皆無だしな」
「そうそう。だから聞きづらいのよ」
「園部に聞き出してもらえばいいだろ」
「俺だけが知ってニヤニヤしたいから、ヤダ」
「いい性格してるな」
「褒めんなよ」
「褒める要素ねぇよ」
今からニヤニヤすんなよ……まあ気持ちはわかるけど。
「でもま、それ抜きにしても気になるぜ? 啓もいつもよりハギさんのこと気にしてんだし」
「……そんな気にしてたか?」
「おっと無自覚かよ」
拓哉が驚いて少しのけ反った。
そう反応されると気にしてたような……そりゃあ休み時間はハギをからかったりしたが普段とそんなに変わらない気もする。あー、でも普段ならそんなちょっかいかけないし気にしてたのかもしれない。
「けど誤差だろ」
「誤差かなぁ……?」
拓哉は更に口角を吊り上げる。
……笑いかたが悪役のそれなんだが。
「自覚がないようだから言っておくが啓、お前ハギさんが逃げてくといつもより憂鬱げなため息ついてるぞ」
「憂鬱げなため息って何?」
「はぁ……みたいな感じ」
拓哉は頬杖をついて大きなため息をついて見せてきた。確かにどこか憂鬱げだが……。
「そんなため息ついてたか?」
「ついてたついてた。毎時間見せられたね。まあ俺じゃなきゃ見逃すくらいの間だけどな」
「そう言われると途端にお前がキモく見えるからやめろよ」
「うん。俺もちょっとキモいなって思った」
そう言って拓哉はハギ達の席に視線を向ける。
俺もつられて見てみればハギは園部達と楽し気に話している。何の話題かはさっぱりだが、楽しそうで何よりだ。
「ちなみに啓的にはどうなん? ハギさんって」
「可愛い弟子」
目に入れても痛くないくらいに……っと、普段なら言わないようなこと言った気がする。
それを証明するかのように、拓哉はジト目でこちらを見て来た。
「……やっぱ何かあったろ」
「何かないとああにはならんさ」
そこで、丁度チャイムが鳴った。
教室中でガタガタと、昼休み開始直後のような椅子や机の移動の音で響く。
「さ、帰れ帰れ次の授業の準備しな」
「うわー、気になるけど準備しねぇと……放課後覚悟しとけよ」
「ほいほい」
そう言って拓哉は弁当と椅子をもって自分の席に戻って次の授業の準備を始めた。
そして入れ替わるようにハギが後ろの席に戻ってきた。
俺は振り向かずに聞く。
「さっきの聞いてたか?」
「そりゃあ隣の席でお喋りしてたし……うん。デリカシーのない会話だったと思うよ」
「感想は聞いてねぇよ」
事実デリカシーは欠片もなかったが。
「どうする。恥ずかしくないなら放課後に暴露するが」
「……出来れば心の準備がしたいなーって」
「じゃあ暴露な」
「デスヨネー」
ハギが投げやり気味に言う。
それを盗み聞きしてた拓哉が机の下でガッツポーズをしたのを俺は見逃さなかった。
迷走中……いつものこととか言わないでいただきたいですが、迷走中……遅れたことを謝罪申しあげます。