第266話 第二学年三学期4 第三者視点
「はぁ……」
昼食後、ハギは応接間で一人溜息をつく。
この場に啓と拓哉はいない。気を使ってか日由や露もいない。その気遣いが今のハギにはとてもありがたいものだった。
彼らの様子からハギが疲れていると察した優秀な従者はお茶を持って入ってきた。
「どうしましたハギ。ため息とは」
「……ライアお姉ちゃん」
今気づいたと言わんばかりのハギの様子に、これは重症だとライアは悟る。何せライアへと向けるその表情にも強く憂鬱であると書かれていたのだ。それを見かねたライアは二人分の紅茶を淹れ、対面するように座る。
ハギはノロノロとした動作で紅茶を口に運ぶ。スッキリとした味わいの紅茶に幾ばくか憂鬱が紛れるような感覚を覚えた。
「久しぶりの学校はどうでしたか?」
「……」
ライアは言ってからこれが地雷だったと悟った。明らかにハギは先程よりも暗い表情を浮かべたのだから鈍感でもわかるだろう。
慌てて話題を変えようとライアが口を開く前に、ハギが「ケイがさ……」と放課後にあった出来事を話し出した。
「──だから、もうケイといられる時間も少ないんだなーって。そう考えたら、何か寂しくなっちゃった」
「……(なるほど。そういうことでしたか)」
ライアは得心がいったという様子で頷く。
要するに、聞かなければいいことを好奇心のあまりに聞いてしまい、タイムリミットを実感してしまい落ち込んでいただけなのだ。無論ハギにとっては『だけ』ではないが。
「でしたら、私からマスターに色々進言してみましょうか?」
「んー、でも、ケイに無理させるのも嫌なんだよね」
ハギはもう一口紅茶を飲む。
先程よりキビキビとした所作はさすが前世の王族と称賛するくらいには優雅な様子で、ライアは本心から関心した。
「ハギは優しいですね」
「優しくなんてないよ。優しかったら、そんなこと考えないもん」
そこまで考えているから優しいのですが……という言葉が喉元を通ることはなかった。これは無限ループに陥る話題と判断したため、ライアは話題を変えることにした。
「ですが、多少の無理はさせた方が体にもいいですよ」
「そうなの?」
「ええ。人の体は使わなければすぐに衰え、老いが加速しますからね」
「そうなんだ……」
そもそも人の体は動かすことを前提に作られているのだ。それらを動かさずにいれば脳がいらないと切り捨てるのは当然──そう笑っていた主人の姿を思い出し、ライアはそっと瞼を閉じて紅茶を飲み干す。そして少なくなったハギのカップと己のカップに再び紅茶を淹れなおした。
「ありがとう。それで、何かいい案ないかな?」
「その思いを正直に言うのは──」
「恥ずかしくて無理!」
「……でしたら手紙は──」
「もっと無理!」
何書けばいいかわからないし……と不貞腐れた様子で言うハギに幾ばくか力になると言おうとしたが、そもそも個人あての手紙を書いたことのないライアは己では足手まといにしかならないと思い至り、頭を痛くした。
この時ばかりはマメな主人の性格を恨んだ。個人あての手紙の返答は丁寧に書くのは彼の美徳であり、なんとも筋違いとはわかっているが、この時ばかりは恨まずにはいられなかったのだ。
「……では、今年も贈り物をしますか」
「贈り物って……あ、バレンタイン!」
ハギは今気づいたような反応を示す。実際に盲点であった。
というか去年のバレンタインは恥ずかしすぎて今だに黒歴史で、記憶の奥底に封じていたのだ。
「ええ。マスターが言うには『バレンタインは感謝を伝える日』とのことでございます。別段チョコだけが贈り物ではないのです」
ですから──と一拍おいてライアは言葉を続ける。
「花や装飾品といったもので暗に伝えてみるの一興ですよ」
「……それ、ケイ気づくかな?」
「……気づきますよ」
「?」
苦笑半分にそういったライアにハギは懐疑的な目を向ける。しかし優雅に紅茶を飲む従者の真意はわからない。
従者は思い馳せる。自分に様々な知識を与えた『賢人』と呼ぶに相応しい己が主の姿を。与えてくれた知恵の数々を。
「(最も多いのは雑学でしたね……)」
歴史や文学、他にも色々と教わった中でも、度々出てくる動植物に関する知識は途方もなく多く、彼女の記憶領域の大半を占めていた。
そんな主が花言葉を知らないわけがないのだ。例えそれが、彼のいた世界の花言葉でなくても。
「では、今年は料理は贈らないのですね」
「うん……あ、でも私、装飾品にも花にも詳しくないや」
「……では、文化や花に関する本をいくつか見繕ってまいりましょう」
どうやら立ち直れたようだ――ハギの先程より明るい表情を見て、ライアは微笑みを浮かべた。
一日ゆっくり休める日が二週間に一度しかないこの頃……