第265話 第二学年三学期3
マツバ教諭からの呼び出しも問題なく終わり、俺は荷物を取りに教室に戻る。
行きよりも進みやすい廊下は、HR終了直後と比べると生徒数が少なく感じる。実際少なくなっているのだと思うが、所々にいる生徒が目につき、そこまで減っているようには思えなかった。
……行きはそこそこ大変だったんだよ。幸い事故は起きなかったけど。
「ま、事故らなければ無問題ってことで──精霊」
一人で学校に通う場合、どうしても避けて通れない難所こと階段は、精霊の助けを借りて上る。
より正確に言うと、重力を司る精霊にかかる重力をゼロにしてもらい、上りの時に限っては風の精霊の力で少し押してもらうだけなのだが……案外気力使うんだよな。特に風は力加減を誤ると俺が壁にぶつかるし。まあ初動の一瞬だけだしどうにかなるものだが。
「ここが魔法学園じゃなきゃ確実に使えない手段だよなぁ」
ちなみに似たような──というか浮遊魔法で移動する──先輩を見たことがあるので、別段物珍しくはないと思ってる。周りの反応? まあ二度見される程度。最近は少なくなってるけど。
無事に階段を上りきり、正確には上るというか階段に沿って進んだだけだが、俺はさっさと教室に入る。
まだ少なくない人数の生徒がいる。机に向かっているところを見るに休み明けのテストに向けて頑張っているのだろう。
「お、帰ってきた」
「よう。拓哉達も居残り勉強か」
「嫌なこと思い出させるなよ……違うけど」
「まあ教室でやるよりお前の嫁さんとその家庭教師とやった方が効率いいよな……」
「おう。お陰で対策はバッチリだぜ」
さよけ。
ドヤ顔がウザかったのでスルーして自分の机の横にかけていた鞄を取る。
「あ、持つよ」
「サンキュ」
最悪ハンドルの部分に掛けておけばいいのだが、落ちるリスクはあるから素直に渡す。
「……」
「何だよ」
「何でもないが?」
ニヤけ面で言われても説得力ないよなぁ……まあいいけど。
俺が車椅子の進行方向を変えると、拓哉達も鞄を持ち始めた。帰るのだろう。
「じゃ、啓も来たことだし帰ろうぜ」
「俺待ちかよ……拓哉、嫁はいいのか?」
「無問題。今朝、愛を囁きながら啓の家に寄る旨を伝えたからな」
「ついてくる気満々だったのかよ」
てか愛を囁きながらッて何? そう思って知っているだろう園部と五十嵐の方に視線むけると、片や苦笑を返しもう片方は思い出してか顔を真っ赤にしていた。大体わかったわ。
少し微妙な空気が流れ始めたので、とりあえずは学園玄関へ向かうことにした。
「ちなみに再現したりは?」
「しねぇよ恥ずかしい」
「園部」
「やりたくないわよ」
「五十嵐」
「え!? あ、その……うぅ」
ダメか。残念。
会話に一区切りついたところで階段前に着いたので、俺は再び空間精霊に力を借りて一人無重力状態になる。
「……相変わらず凄いなそれ」
「勢いつけたら死ねるのが難点だけどな」
ちなみに一回だけ勢いよく壁にぶつかったことがある。あれは地味に痛かった。
「ほい着地」
「20点」
「仮〇大賞なら満点だな」
「100点満点中だけどな」
じゃあ赤点だな。
そんな他愛ない雑談をして歩く中、ふと気づいた。
「そういやハギ。何か静かだが……どうした。体調でも悪いか?」
「え? あ、別にそういうのじゃないよ。久々の学校だからちょっと疲れちゃって」
「さよか。まあ今日は早く休めな」
「うん。そうする」
「……」
ハギは明らかに強がって微笑みを浮かべた。あんなの、人間関係の機微に疎い俺でもわかるぞ……。
それでもハギは何かを隠しているのだろう。何かまではわからないが……ハギが辛そうな顔する理由ってなんだろうか。