第264話 第二学年三学期2 【ハギ視点】
『──容態はどうだ』
『順調に進行しているらしいです』
『……そうか。では、答えづらいだろうが教えてくれ。見立てでは後どれくらい持つと言われてるんだ?』
魔力で聴力を強化した私の耳にケイとマツバ先生の会話が入ってくる。
私がいるのは職員室前の廊下。別段ケイが心配になって後からついて来たとかではなく、ケイが私にも伏せている情報を先生には言うのではないかと思って、こうして盗み聞きを実行したのだ。
そしてその考えはあたりだった。私は怪しい行動を注目されないように使っている『偽装』のスキルが途切れないように注意しながら、更に耳を澄ませる。
『長くて5年、短ければ1年半。急変すれば明日には死んでる、と』
「……!?」
ケイの言葉は私を動揺させるのに十分な威力を持っていた。
それは『聴力強化』の魔法を切らし、得意な『偽装』のスキルさえ解けてしまうくらいの衝撃だ。
驚いた。ケイがそんな危ない状態だったとは夢にも思わなかった。けれどその言葉を嘘とは思わない。
思えば昨日のデートだって相当な無茶だったのだろう。ライアお姉ちゃんは『あの程度でくたばるようなマスターではありませんよ』と言っていたけれど、堪えはしたはず。朝からとてもダルそうだったのがその証拠かもしれない。そもそも学校に来るのだってそうだ。ケイには勉強が必要ないほどの知識がある。来なくていい学校を、ただ卒業資格が欲しいの一心で、飛び級もせずに通っているその理由は、たぶん私が縛っているからだろう。
もう聞く気もない。聞く権利もない。今は聞いてしまった己を恥じているくらいだ。たぶんケイは、私がこうなるとわかっていたから言わなかったのだろう。
「はぁ……」
職員室から教室へ戻る道中も、戻ってからも、ため息だけが勝手に出てきて仕方ない。
聞かなければよかったという後悔は呪いのように私の心の中を渦巻く。
けれど聞けてよかったと思う自分もいて──
「頭の中がメチャクチャ。これはケイの……いや、普通に私のせいか」
責任転嫁甚だしい。そんな思考に嫌気を覚えていたら、いつの間にか教室は目前という場所まで歩いていたらしい。
私が部屋に入ると、今だに雑談に興じていたヒヨリちゃん達がこちらに気が付いた。
「お、啓はどんな話をしてた?」
「あー、重たい話」
「……そっか」
何かを悟ったのか、タクヤさんはそれ以上の言及はしなかった。けれどその様子は先程まで比べると明らかに暗いのは私でもわかった。
けれどその様子に対してどうこう言う気は微塵もわかなかった。
「なんつーか……アイツ本当に死神に好かれてるよなぁ」
「誰が死神に好かれてるって?」
「そりゃあ啓のこと――って、いたのか?」
「おう。話はすぐ終わったからな……じゃ、帰ろうぜ」
ケイは何事もなかったかのように──ううん。きっと、実際にケイにとっては大事ではなかったのだ。
私はケイが自分を蔑ろにしているように見えて、更に心が痛くなった。
「(あーあ、こんな気持ちも『偽装』出来ればいいのに)」
私は何を書いているのだろうか。
いえね。前回何を考えて私はハギ視点を考えてたのかまったく覚えてないんですよ。たぶん今年一迷走した回。それも難産なね。