第252話 第二学年二学期4
──時間というのはあっという間に流れる。
意識をしていても、していなくても。
最近はそれを強く感じる。それこそ俺に恨みのある奴が魔法で俺の意識を遅くしているかのようにさえ思ってしまうくらいには。
それくらい事件も何もない、ただただいつものメンバーで馬鹿な会話したり勉強したり……それだけですぐに時間は過ぎていったのだ。
「あー……成績表とか返ってこなくていいんだけど」
「親御さんに見せて少しは安心でもさせてやれ」
「俺の両親は地球にいるのよ。こっちにはいないの」
「? お前はいるだろ」
「何言って──はっ! まさかお前……」
何かを察したのか、俺の隣の席にうつ伏せになっていた拓哉が跳ね起き、いつも以上に目を大きく開けてこちらを見る。
「まさかお前も……『サーシャの両親は拓哉の両親』とか言うわけじゃあるまいな!?」
「そりゃあお前、婚約までして婚前交渉……についてはまあさておき、ヤられるところまでヤられたんだろ? 今更何言ってんだ」
「ぐぬぬ……」
俺はまだ……童貞だっ! と意味不明なことを叫んでいる拓哉に、クラスメイトはいつも通り華麗にスルーし、つるんでる俺の他ハギ、五十嵐、園部は苦笑する。
「拓哉さん、無駄に理性的というか紳士的だから……」
「露、ああいうのは紳士じゃなくて臆病者よ臆病者」
「倫理観が合わないって言ってやれよ……」
「みんな言いたい放題……というかケイも結構臆病者だよね」
「「「……」」」
三方向から冷ややかな視線を頂いたが無視。
「──で、成績表受けとりたくないんだっけ?」
「あ、逃げた」
「三十六計逃げるに如かず、だ」
「ごめん、私わからない」
「私もです……」
「私もー」
「面倒ごとから逃げるってこったな」
「逃げるが勝ちとも言う」
「自分で言うか」
「え、じゃあつまりケイは……私のこと面倒って思ってるってこと?」
「「……」」
少し上目遣いで不安げにこちらを見てくるハギに不覚にも驚いてしまい、視線を拓哉の方に向ける。
しかし視線はそらされてしまった。
「ねぇ、どうなの……?」
「……いや別に面倒じゃないぞ? てか弟子育てるのに面倒云々あるか? 面倒なら初めて会った日に別れてるっての」
「あ、そっか」
「納得しちゃうんだね……」
呆れるような声音で五十嵐は言う。
しっかしハギの変わり身凄いのな。さっきまで涙出てたのにすっかりいつもの調子で「ケイだもんねー。そうするよねー」とか笑顔で言ってんだもん。これには拓哉も狐につままれたような表情してたし、たぶん俺もしてた。
もしかしてあれが噂に聞く『女の涙』ってやつか? まあ取り敢えず──
「「女って怖ぇ……」」
いや生存戦略的な何かなんだろうけど……怖。思わず本音を漏らすくらいには恐ろしい。
なお何故か園部が神妙に頷いていたが、俺は何も見なかったことにしたし怖いから聞かないことにした。
「──で、話は戻すけど、別に成績表いらなくね?」
「一応貰っておけばいいだろ。ほら、一位とかなら記念になるし」
「なれねぇよヒトならざる怪物がいる時点でんなの諦めてらぁ」
「けど拓哉、点数よかったよね?」
「そりゃあ当たり前田のクラッカー」
ネタが古い。異世界人と平成の子にゃあ確実に伝わらないボケはよせ。三人とも疑問符浮かべてんぞ。
「勉強してたもんな? 確か婚約者にも教わってたんだっけ?」
「何で知ってんだ!?」
「そりゃあ俺とハギにサーシャ公女殿下から直々に相談があったからな」
「……そのぉ、相談内容とかって知れます?」
「聞きたいか?」
「…………いや、いい」
何を想像したのかはわからないが、苦虫を噛み潰したような表情で拓哉は首を横に振る。
……普通に苦手科目とどうすれば拓哉から勉強を教えてと頼まれるかの相談を受けただけなんだけどな。まあ誤解解く気ないけど。
「ちなみにケイ、『当たり前だのクラッカー』って何?」
「昭和のネタだ。さあ始業のチャイム鳴るぞ席ついといてやれー」
二学期最後の日くらい真面目になー。
■■■■
「……」
「死んでるな」
「死んでるね」
「南ー無ー」
「日由ちゃん!? まだ生きてるからね!?」
まだって言ったよまだって。
フォローに見せかけた死体撃ちに戦慄しながらも俺は机にうつ伏せに倒れている拓哉の成績表をちらりと盗み見る。
『成績表:タクヤ・サトウ
国語:95 3位
数学:100 1位
歴史:80 1位
帝国語:78 24位
総合魔法学:90 4位
魔法実技:97 2位
合計:540 順位:3位』
好成績である。ちなみに俺は20位くらい。魔法実技に参加出来なかったのが痛いな……まあそれで咎められることがなかっなのは幸いだが。
「よかったな」
「よくねぇよ見せられねぇ……」
「そんなに厳しいのか?」
「いや不甲斐なくて」
「真面目め」
知ってたけど。
取り敢えずそろそろコイツの迎えが来そうなので解散となった。俺はハギに押されて校舎を出る。
「いつもすまんな」
「いいよいいよ。私のささやかな恩返しってことで」
出来た弟子だ。
「そういえば今年はクリスマスと新年、どっちやる?」
「んー、新年!」
「りょーかい」
クリスマスのが楽だが……こうして祝えるのは今年が最後かもしれないから、少しでもハギの意見を尊重してやりたい。
……それがきっと、師匠である俺に出来る最後の贈り物だから。
なお成績はクラス順位の模様。