第250話 第二学年二学期3
車椅子になってしまったが学校には行かなければならない。それは昨日の内に校長や担任と話し合って決めたことであり、俺の些細な意地でもあった。
しかしながらその意地ごときを押し通そうとする俺のエゴで、周りに迷惑をかけるのも確か。そんなことで悩むことはないが、やはり罪悪感やそれに類する感情は抱くわけで──
「──すまないなハギ。教室まで押してもらっちゃって」
「いいよいいよ。私も好きでやってることだし」
──特にボランティアの人間には。関係が師弟であったとしてもその気持ちは抱く。
ハギは朝、俺が家を出たところから車椅子を押している。段差のある場所で車椅子を浮かせたのには肝を冷やしたりしたが……取り敢えず来れたので良しとする。我ながら甘いのかもしれない。
「ここまででいいぞ」
「えー、教室まで押してく」
なお動けない俺に拒否権はない模様。ハギも手のひら返しが上手くなって……朝は『自分のせいだ……』とか塞ぎ込みかけてたのに、きちんと説明をしたら、登校の時間には『じゃあ私が押してく!』だぜ? 一切引かずに満面の笑みで言われた時は、失礼だけどちょっと引いた。
有言実行され、教室の戸を横に引くと、全員がこちらを向いた。反応は大抵『驚嘆』。とりあえず無視して俺はハギに押されて自分の席へと向かう。
なお俺の席に椅子はない。『魔術大会』のあと、マツバ女史に言っておいたからだろう。
「よ、おはよう拓哉」
「おう……怪我でもしたか?」
普通に、近くの席である拓哉は一瞥だけしてそう聞いてきた。先ほどまで拓哉と雑談していた五十嵐や園部は「え、反応それだけ?」みたいな表情をしている。
「ただの下半身不随だ気にすんな」
「おーそうか……いや気にするやつだなそれ!?」
そこまで過剰に反応するかね……まあここまでの大怪我も拓哉といるときにはしてないから当然なのか? わからん。
「で、何があったんだ?」
「『魔術大会』で本気だしたらちょっと肉体壊れちゃって自由に歩けなくなっただけだ」
「うん。だけじゃないな」
価値観の違いだな。まあそれはさておき。
拓哉からは沢山の質問を投げ掛けられた。周りが聞き耳を立てていて普通に嫌な気分になった。
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「はぁ……」
「お疲れ様ー」
「お疲れー……」
取り敢えず一日過ごしてやっと放課後。すげー面倒だと強く思った。いや別に車椅子になったからって移動が不便になったわけじゃない。腕は使えるし、重たければ精霊使ってかかる重力を減らせばいいわけだし。
しかし奇異な目で見られるのは地味に辛かった。
「でも以外だよね。ケイが奇異な目を向けられるの慣れてないって」
「言外に変人って言うのやめろ」
ひでぇ弟子だ。まあその弟子に朝から世話されてるわけだが。
「え、変人でしょ」
「まあそうだが……直接言うならまだしも遠回しに言われると結構傷つくからな?」
「あー、それはそうかも……ごめん」
先ほどまでの気の抜けるような空気から一変、謝るハギの声にはそれ以上の何かが宿っていた。
「まだ引きずるか?」
「だって、私が本気で戦おうなんて思わなければ、こうはならなかったでしょ?」
「遅かれ早かれこうなってたから気にすんな。それに言ったろ? これは俺の自業自得だって」
朝、俺の車椅子姿をみたハギの一声は疑問ではなく謝罪だった。それを何とか説得して、しかし車椅子は押していくと頑固に主張したが為に、今こうしてお世話してもらっている。
しかしながらハギに罪はない。俺は俺の意思で『魔術大会』決勝で本気を出してこうなったのだから。
「何度も言うが、謝罪は『黒谷啓』って一人の戦士に対する冒涜だからやめてくれ」
「……ごめん」
「だから謝るなっての」
何とか前向きな方向へと復帰したハギと雑談しながら校門を抜けると、なんとなく見覚えしかない人影か三つほどあり、それが近づいてきた。
「よ、今日寄っていいか?」
「部活はどうしたんだ」
「今日はどこも休みだよ」
そりゃそうか。昨日は大変だっただろうし。
「別に寄るのは好きにしてくれ。ただ嫁さんに怒られないようにな」
「そこは大丈夫。啓の家に行くって言うとすんなり許可が出るからな」
「よかったな正直者で」
「本当な」
大きくうんうん頷いている拓哉だが、コイツは小さな嘘も吐けないタイプだ。吐いてもすぐに言動に表れる。
そして拓哉の嫁ははっきり言って鬼嫁だ。地球にいた頃も尻に敷かれていたような気がしたが……思い出すことでもないな。兎に角折檻されるとか面倒この上ないのでさっさと帰って二人で愛し合ってろと思う。言わないけど。
「つーかハギ。そろそろ押さんでも大丈夫だぞ」
「えー、これ押してるとなんか歩くの楽になる気がするからもう少し」
「「車椅子は歩行補助器じゃねえよ」」
思わず拓哉とツッコミが被った。
それを見ていたハギが笑いながら言う。
「やっぱケイとタクヤさんって仲良いよね」
「そりゃあ腐れ縁だからな」
「そうそう。啓とは小学生──じゃなくて初等部からの付き合いだからな」
そうそう。懐かしいなぁ……いい思い出少ないけど。
「そういや啓。この世界に車椅子って普通にあるのか?」
「あるよ。きちんとこの世界の住人が発明した、魔法で動く車椅子が」
「それ使えば?」
「だから俺、いま魔力使えないんだっての」
「あー、そうか」
だから庶民らしい魔力を使わない車椅子に乗っている。高くて魔力を動力にするやつなんて宝の持ち腐れにしかならないからな。
……あー、でも車椅子って気まずいわ。明日から無理してでも徒歩にしようか。
無理だとわかっていながらも、そう求めてしまう自分に気づいてしまい、思わず苦笑する。
あー、生きるのって辛い。
すんません遅れました。言い訳はありません。(ただ誤字があったらごめんなさい)
次回はハロウィーンってことで。シリアスは苦手です……思わずブレイクするくらいには。