第242話 第二学年二学期 魔術大会2【ハギ視点】
魔族領。
それは前世の私が生まれ育って死んだ地であり、第二の故郷とでも言うべき場所。そして昨年の夏休みに、少しだけ観光した土地でもある。
私個人としては、受けたいなとも思う。けれどそれはケイがいた場合の話だ。
「──それは、俺には無理です」
「……理由を聞いてもいいかな?」
校長先生の視線がケイにだけに注がれる。その視線はとても厳しくて恐い。
「俺は最低でも、あと一年くらいしか生きることが出来ないんですよ」
「!? どういうことだね?」
校長先生の表情から余裕がなくなる。まあ、突然生徒がそんな事を言ったら驚くよね。
かくいう私も驚いてはいる。何せケイが、そう易々とそれを言うとは夢にも思わなかったのだから。
「いや、文字通りもう一年くらいしか生きられない──そう医者に言われているんですよ」
「……病名を聞いてもいいかな?」
「魔力過剰症」
「「!?」」
私も校長先生も、ケイの口から出た病名に目をひん剥く。その病気は私でも知っている。だってその病は──
「クロヤ、君は魔族なのか?」
「いいえ、人間ですけど?」
──魔族の大半が患うとされる、治療困難な病なのだから。
一応、私は魔王の娘だから、そういった知識は持っている。
魔力過剰症とは、体内を循環する魔力が膨大すぎて、体が耐えきれなくなって壊れてしまう病気。人間でも大量に魔力を持っている人の九割くらいが患っている病だと……そうケイは言っていた。
「いや、しかしその病は……」
「……魔力を大量に持つ生物が罹る可能性を持つ病、でしょう。何も大量の魔力を持った生物が魔族だけとは限らないでしょう」
「……お医者様から、聞いてはいたのか」
校長先生は少し安堵した様子を見せる。
……私としては、校長先生の発言の間違いを直したいとは思うけれど、ケイは許してくれそうにないよねぇ。
そもそも『魔力過剰症』の命名をして、治療法を確立したのは前世のケイである。私はその助手兼被験者としてずっとケイのそばにいたから、ケイの研究成果の大半も知っている。
「ちなみに、いつからだね? 魔力が外部に漏れるようになったのは」
「夏休みが始まって一週間くらい……だったか?」
「うん。それくらいだと思う」
私はケイの嘘に便乗した。
魔力が外部に漏れるようになる症状は典型的な『魔力過剰症』の初期段階だ。ケイはこの症状に『ステージ1』と名付けた。進行の度合いで2、3、4、5と数字が大きくなっていくらしい。
「先月の末には魔力が無くなって、今はまた初級魔法くらいなら使えるようになってきたところです」
「となると『ステージ3』ではないか……」
校長先生も『魔力過剰症』には詳しいらしく、聞き取れないくらいに小さく何事かを呟く。
ちなみに『ステージ2』は魔力が完全に使えなくなる状態を差す。この進行も人によって速度に差があるらしいけど、一般的に『ステージ3』から次の『ステージ4』になるには結構な時間がかかるけど、『ステージ4』から『ステージ5』になるまでの進行速度はとても速い──それをケイは「山あり谷ありな病だな……」と呆れたような声音で言っていた。
「一応、延命治療ということで、常日頃から魔力の放出には専念してますから、『頑張れば三年以上、運が悪ければ一年』と言われましたよ」
「最低限に見積もって一年、か……スカビオサ君は、クロヤ君を看取ったらどうするんだね」
「進学するつもりです。私もケイみたいになる可能性はありますし、いずれは『魔力過剰症』の治療法を確立できれば、と」
「……素晴らしい、心掛けだね」
そう校長先生に言われて、少しだけ、胸が痛くなる。罪悪感だ。
口では『治療法を確立する』なんて言ったけれど、実は失伝しているだけで、元よりケイは『治療法』まで確立していた。今の時代では『ステージ1』の状態における治療法しか確立していないけれど、ケイは『ステージ4』の治療法まで確立し、大量の魔族を救ったのだ。
まあ『ステージ5』とか治療法の確立は不可能なんだってかつてケイは匙を投げたんだけどね。『ステージ5』の症状は人体の結晶化。『ステージ4』で感覚を亡くした人体が、段々と魔力と混ざり合い、結晶のようになっていく。最後の最後には魔素になって溶けちゃうから死に顔を見れないんだよね……。
そんな病の治療法を簡単に挙げるなら、他の生物を殺して殺して殺しまくるか、魔力操作を覚えるかの、どちらかだ。
ケイは『魔力過剰症』の原因が『肉体の許容可能量以上に生成された魔力』と『その異常を察知した脳の命令の誤作動』? と解明した。イマイチわからないけど、ケイが言う解決方法は「結局はレベル上げて魔力の許容可能量を増やすのが手っ取り早いのよ。魔力操作は休む間もなく操作してないとだから……ぶっちゃけ人道的じゃあない方法を取ることになる」であった。ちなみにケイの言う『人道的じゃあない方法』とは、常日頃から魔力を搾取することだけど、これは魔族の世界では古来からご法度である。
「……ありがとうございます」
校長先生が目を伏せているのをいいことに、ケイは私の頭を撫でてくれた。
嬉しさと悲しさが混ざり合うよくわからない衝動に駆られ、私は静かに涙を溢してしまう。
「わかった。私からは何とか言ってみよう」
校長先生が私達は退出することを許したので、二人同時に部屋を出る。
……やっぱり、嘘って苦手だなぁ。
「……あー、お疲れ。ハギ」
「うん──ぁ」
頭をポンポンと軽く撫でられて、私は先に歩き出したケイの後を追う。
その光景が、どうも昔の私達の姿と重なってしまう。
暗いっちゅーねんいやしゃーないけどな?
毎度お馴染みのギリギリ日曜日更新だけどめっさ暗いので後書きはふざけようかなって思って関東民が関西弁擬きを使ってみました。たぶん場が静まり返るだけですよね。なんたる逆効果。
次回からは魔術大会……えーと準決勝ですね。