第211話 第二学年一学期 魔術大会8 【拓哉視点】
啓達との雑談もほどほどに、俺は自身の控え室に戻る。
二人の控え室はとても居心地がよかったが、ずっとあそこにいるのは後々が怖い。俺だって命は惜しいしまだ学生でいたい。というか学生生活をもっと楽しみたい。
大学にも行きたいが………まあ無理だろう。今だって歴史学や地学はヤバいし。
何て事ない未来について浅く考えながら控え室のすぐ近くの曲がり角を曲がった際、誰かにぶつかる。前からの衝撃。そして尻餅をつきそうになったのにギュッと細腕で前に倒れそうになりかける。
そこでやっと、誰とぶつかったのかわかった。
「サーシャ」
「おかえりダーリン」
サーシャは眩しい笑顔で迎えてくれた。しかし溜まっていたのか、控え室に入ってからもずっと腕に抱きついたままだった。
表には出さないだけでとても寂しかったようだ。俺もそれは察せたので、俺は何も言わず思う存分抱きつかせる。
………ただし過激になるまでの話である。なったら咄嗟に逃げて落ち着かせる。というかまだ学生生活を満喫したいからガチで逃げる。
「ごめんな。早く来れなくて」
「いいですのよ。私も色々ありましたし………」
だけど………と艶やか言動に少しドキリとしてしまう。
「ありがとうダーリン。勝ってくれて嬉しかったわ」
そういう彼女を見て、俺は何があったか知る気はなくなった。
ただただ、寄り添うことにした。
■■■■
とはいえ今日は個人戦予選。ずっと控え室でのんびりしてもいられない。俺は措置………というか陛下とのエキシビションマッチを行ったが故に最後のほうに戦うことになっている。お陰で十分のんびりすることもできたが、やはり『勇者』という肩書きにあるプレッシャーはすごい。
現に今、フィールドに立つ俺にはそのプレッシャーが集中しているのだから。いや初めてだわ。プレッシャーに押し潰されそうになったの。
ちなみに俺の対戦相手は貴族。しかもサーシャの元婚約者とかいう奴なんだけど………サーシャ曰く『政略結婚でなければ近づきたくもない豚』とのこと。とりあえず豚に謝るよう促しておいたが………腹回りの贅肉が凄い。よくあれで動けるなとは思う。
………てかこれ、啓の提案した戦術と相性良すぎじゃね?
「………おい」
対戦相手の青年は、ドスのきいた声で話し掛けてきた。
いや普通に怖。俺じゃなきゃチビってたね。
「なんだよ」
返答に気にくわなかったのか、青年は一つ舌打ちをして、キィンと甲高い金属音を鳴らし剣を抜き放つ。相も変わらず俺を睨み付けながら。
「勇者だと持て囃され、サーシャの寵愛を受けているようだが………調子に乗るなよ。平民風情が」
呪詛のような声を聞いていて、俺はふと気付いてしまった。彼の使う剣………真剣だと。
「サーシャは俺のモノだ。キサマのような平民には相応しくないんだよ」
ヤベェ………何がヤバいかって、啓が言ってた『人が一番怖い』の意味を実感してることが怖い。いや聞いてたけどさ。ヤバいなこれ。
殺意がさ、ホンモノだよ。魔物とかがヒトに向けるそれと同じ………いや、それよりも明確な意思の元だから質が悪いかもしれない。
まあとりあえず──
「女性をモノ扱いする奴よりはマシだろ。あと………サーシャは俺の伴侶だテメェの意見なんざ知ったこっちゃねぇよ!」
一息にそう言うのと共に、始まりの合図が鳴らされた。
カクヨムさんで新作投稿しましたー。
タイトル「『劣等勇者』と呼ばれた錬金術師」
URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054922699836
だから今日は遅かったのです。実のところ普通に語彙力が壊滅してただけなんですよね。どちらも書くのが楽しかったです。