第207話 第二学年一学期 魔術大会4 【ハギ視点】
会場内の歓声が、一気にざわめきに変わる。
それは仕方のないことだろう。なんせケイの服装は獣人族の間で伝わる伝統衣装のそれなのだから。私も見たときには驚いた。だってケイは突然「じゃあちょっと準備してくらぁ」と言って席をはずして、あの衣装になっていたのだから。
「………カリギヌ、か」
「あの衣装『かりぎぬ』って名前なんですか?」
微かに聞こえた呟きに、思わず反応して質問する。タクヤさんは質問されると思っていなかったのか。少し後頭部をかいてから、言葉を紡ぎ始めた。
「あー、俺達………啓の故郷ではあの衣装を『狩衣』って呼んでるんです。遥か昔に、貴族様方が狩りをするときに着てた衣服なんですが………」
そこまで言って、タクヤさんは思案に耽る。
私は視線と意識をケイの方へと向ける。ちょうどケイとその対戦者である青年が、剣を構えるところだった。
「………あれは狩衣というより儀式用の衣類か? だがハカマにはないような部分もあるし………」
ボソボソと何かを呟いているタクヤさん。しかしその内容の半分も私はわからない。だから、ケイの戦いを見ることに集中することにした。
戦闘開始の合図が下される。
私は『聴力強化』の魔法でそれを聞き取り、『視覚強化』の魔法でより細部まで、そして『思考加速』という魔法で脳の処理速度も何倍にも引き上げている。
だから聞こえたし、見えた。
ケイが一言呟いたその直後から。剣を振るうたびに、私も知らないナニカを、ケイが喚んでいることに。
そして呟いた言葉は──
「ケンノウブマイ、カザハナ?」
「? ハギさん。ケイが何と言ったかわかるのか?」
「は、はい。たぶんですが………」
私がその言葉を伝えると、タクヤさんはその目を大きくひらく。
驚愕か。はたまた違う何かか。私にはわからないけど──
「──そうか! あれは『舞』か!」
「………マイ?」
マイ………まい………舞? 舞かな? 夏休みに獣人国を観光してるとき、雑学みたいな感じでケイに教わったっけ。
あの時はひらひらした服を着た人たちが器用だなーとは思ったけど………。
「となると………この世界にも自然信仰があるのか? いや俺を喚んだの神様か。じゃあ信仰が強いのもそういうことか? となると──」
タクヤさんはまた、自分の世界に入ってしまったようだ。
私はまた、ケイの戦いに意識を向ける。
魔法をひらりと回避し、くるりと回転したかと思えば相手の背後を取り──率直な感想を言うならば、それは確かに『舞』だ。けれど旅行中に見たようなきらびやかさはない。なのに美しく、ついつい魅入ってしまう『舞』だ。
だからケイの纏う魔力が刻々と増えていっているのも、きっと気のせいではなのだろう。大地の精霊が、きっとケイの踊りを見て、喜んでいるのに違いない。
そんな美しい『舞』も長くは続かない。いつの間にか相手の青年は肩で息をしており、心なしかボロボロなっているように見える。それに対してケイは息切れ一つ、服には汚れの一つもない。あれだけ動いていたのに、腕から伸びるひらひらを汚さない所には、器用さを感じてしまう。
剣を払う所作も様になっており、距離を取る際の動きは一流の演者のそれだ。
ケイも青年も、また構える。直感だが、これで戦いは終わるのだろう。どちらが勝つか──それを考える前に、青年が大地を強く蹴った。風で加速しているのか、とてつもなく速い。私でさえ、魔法を使っていなければ、それを見ているのは難しい。それをケイは、左足を前に出し、左腰に帯剣した格好で待ち構え、そして──。
『………し、勝者! ケイ・クロヤ!』
観客は呆然としていた。しかし一人が拍手をあげると、二人三人と、その歓声は大きくなっていくのが聞こえてきた。私も、いつの間にか拍手をしていた。
それは最後のケイの、目にも見えぬ速さで振るった剣。それの美しさに。それが決して力業だけで行ったことでないとは、武術の心得のない私でもわかったが故に。タクヤさんも、拍手している。
ただタクヤさんはタクヤさんで、何故か「いや………アレをガチでやる奴があるか」とか言ってるけど………アレって何?
ハギ視点は筆が乗るなぁ………これからのことを考えると良いことなのですが。