第196話 第一学年三学期8
──この国にも四季はある。
残念ながら人間の国のある大陸に桜はないが、自然と共存している獣人の国のある大陸では『千年桜』と呼ばれる大きな桜がある。一応『神樹』認定もされてる。地球で言うところの自然遺産。
ちなみに魔人の国のある大陸は例外。毒花くらいしか咲かないし、樹木なんて堅いだけ。まあだからこそ古代の戦争を生き残れたわけだが………。
春夏秋冬は、気候こそ異なるが大体の国である。
ただグリーフ大陸の赤道付近の国々と、トラゲディー大陸の最北端は年がら年中暑い上、トラゲディー大陸の最南端は極寒である。
ちなみにパセティック大陸の最北端も年がら年中冬である。
俺は今生二度目の冬も何事もなく乗り越えられそうであることに安堵していた。
「──マスター。いい加減諦めては?」
「断る。つーか無理。あいつの迷惑でしかないだろ」
バレンタインのお返しという難題が残っていたのだが。
「つーかさ、基本お返しってバレンタインにするもんだぜ?」
「しなかったでしょう?」
まあね。確かにしなかったけどな。
それに何を贈るんだよ………。
「オレンジ色の薔薇五本でいいか?」
「………意気地無しですね………まあいいでしょう」
「おい聞こえてるからな?」
ちなみにオレンジの薔薇の花言葉は『友情』な。五本贈るのは『あなたに出会えて良かった』という意味があるからなのだが………まあいいや。
「気が向いたら買うわ。さて、さっさと買い物済ませて帰ろうぜ」
「では、今買ってしまいましょうか。薔薇も売っていそうですよ?」
──こいつ、策士か。
いやおかしいとは思ったんだよ。いつもなら一人で買い出し行く癖に、今日に限って俺を連れていくとかさ。
「では、私は先に失礼します」
「あ、おい………いやマジか」
ここで逃げたら男が廃る………とは言えるかもな。まあもともと廃れてるしいいのだが。
「ここまでやられちゃあ、贈るしかないか」
何だかんだで流される。昔からそうだったが、どうやら今でもそうらしい。
「すいません。オレンジ色の薔薇ありますか?」
■■■■
買った。買ってしまった。
後悔はしている。
もしかしたら、この薔薇の贈り物が、ハギを傷つけるかもと、今更ながらに思ってしまうのだ。
「………優柔不断で流されやすい。ホント、どうしようもねぇよな。俺って」
自分の滑稽さに、笑えてくる。けど、これは仕方ないことだ。
ハギは天才。魔法という分野において、アイツほど優れた術師というのは中々いないだろう。
魔法を扱う上で必要な想像力、そして発想の転換も、今でこそ勝っているが、いつ越えられるかわかったもんじゃない。
そんなハギの枷になるつもりはない。アイツを、自由に大空を飛べるような天才弟子を縛る枷になるとか、師匠失格だろ?
「わかってたんだけど………何だこの気持ち」
わからない。こんな気持ちになったのは──ああ、アイツが死んだときも、こんな気持ちだったかもしれない。
「絆されてるのは、俺か………」
俺のセカイで、ハギという存在は着実に大きなものとなっている。
きっとこれからも………。
「これダメだ。考えるの止めよ」
これ以上は駄目だ。未練がましいとか、そんなこと言ってられるような状態じゃない。
そんなこと言う暇があるなら………必要なことを、しなければ。
「あー、スマン。いやホント………うん。悪気はないから許してくれ」
誰に向かっての謝罪かは俺にもわからない。
自分自身にか、それともハギへの謝罪か。
夕日に照らされながら着く帰路は、とても重たくて、季節相応に寒かった。
バレンタイン=女性が気になる人にチョコを贈る
これが日本風バレンタインですね。
海外だとお世話になった人に贈ることもあるそうです。日本の『義理チョコ』や『友チョコ』といった文化が近いかもしれません。
なお贈り物がチョコ限定なのは日本風らしいのですが………最近では日本でも、チョコ以外の物を贈ることが多いらしいです。