第172話 第一学年二学期 体育祭26
~ハギ視点~
「………はい?」
ケイの呟いた言葉を、私は理解できなかった。
いや、耳には入った。きちんと聞いていた。
けれどそれを受け入れることを、私の脳が拒否したと言うのが適切なのかもしれない。
「それは………説明していただけるのですね?」
「ああ。けど、これは他言無用だぜ?」
ケイの言葉に、私とライアお姉ちゃんは頷く。
私は口が固い方だと自負してるし、ライアお姉ちゃんも誰かにもらすような事はしないと思う。
ケイは「念押しするようで悪いな」と言って、話を始めた。
「んじゃあ経緯を話すからなー」
そう言ってケイはコップの中の水を飲み干す。
ガタッと音をたてテーブルに置いて、話し始める。
「まず今回の転生はいつもとは異なり『全部』を押し付けられての転生………まあここまではいいな?」
私はフルフルと首を左右に振る。
「………じゃあそこからな。
本来俺は女神サマの駒………言い方が悪いな。使徒としてこの世界に転生するんだ。まあ目的がある時、だな。神は現世に干渉するのが難しいから、俺を『端末』のように使って、情勢を見るんだよ」
「? じゃあ今回もその『使徒』としての転生なの?」
「それが違うんだ」
ケイはコップに水を注ぎイッキ飲みする。
喉乾くの早すぎじゃない?
「俺はあくまで『端末』。端末を転生させる時、目的に見合った技能を載せて転生させるのが今の常套手段なんだ。まあ俺の使えるスキルしか載せられないが」
「??」
頭がこんがらがった。
使えるスキルしか載せられないの? なら、ケイは『端末』として使うには不適当じゃないかな?
「たぶん、ハギが思っていることはわかる。確かに俺は『端末』として使うのには向かない。
載せられるスキルってのは『端末』が生前持っていたスキルのみ………なら『異世界人』であり『スキル無し』の俺を『端末』にするのは、誰から見ても非効率であり非合理だ。
けど俺は最初、『端末』としてではなく『異世界人』としてこの世界に転生したんだ」
──! そうか! そうなんだ!
私は理解する。
「ケイは『ケイのいた世界』から『この世界』に転移して、その死後から『端末』として転生してたの?」
「そゆこと。本来なら記憶を消して『聖人』として転生させるんだ」
まあ残ってんだけどな。と頭をつんつん叩き笑いながら言うケイ。
「んで、今回は記憶を消していなければスキル以外も全部、俺の取得してきたスキル全部を持たせての転生って訳。最初からおかしくはあったんだよ」
「それが、魔力が使えなくなったことにどう繋がるの?」
確かに、異常であることはわかった。
でもケイの魔力は無尽蔵と思えるほどに多い。そう簡単に消滅するようなものではない。
なのに私はケイの魔力の一欠片も感じられない。
………念話も、使えなくなっている。
「過去全てのスキルや知識は人の肉体に入れるには大きすぎて、俺は『精霊』として転生した。覚えてるだろ? 俺の姿がうっすらした頃だ」
覚えてる。忘れるはずもない。私は強く頷いた。
またケイに会えたあの日、私は今までに忘れたことがないのだ。
「あれから紆余曲折あって肉体を手に入れて、現在の姿になったんだが………駄目だな。本来あり得ない程の力に、肉体は耐えられなかった。そして俺の中で『何か』が生まれた」
「『何か』?」
私の無意識の呟きに、ケイはうなずく。
「女神サマはそれを『神力』と呼んでた。神の力と書いて神力………女神サマ曰く、神として覚醒してきたんだと」
ケイが『精霊神』という種族になっていたのは知ってる。それを『あくまで仮の種族だ』と言っていたのも。
「この力に完全に目覚めれば、俺はこの世にいられなくなる………いや、どこにも居場所がなくなるのかもしれない。俺は『精霊』から外れた存在だからな」
「『精霊神』なんて神様の枠はない………だっけ?」
「そういうことだ」
私の胸の奥が苦しくなる。
悲しい記憶が溢れてくるような感覚に、不快感を感じながら、私はケイの言葉の続きに耳を傾ける。
「だから女神サマは、後三年だけ人として生きられるようにしてくれた。その代償が『魔力封印』。体内の魔力で『神力』の完全封印を行い、覚醒までのタイムリミットを延ばす儀式」
「それで魔力が使えなくなったの?」
「まあな」
そう言って、ケイはまた水を飲む。
「まあ『体外魔力操作』って魔法もあるし、日常生活に問題はないんだが………まずハギよ。お前さん。何か異常はないか?」
突然話を振られて困惑したけど、私は自分の姿をパッと見る。
背丈に変わりはないし、肌の色が変わったこともない。
あと………あ。
「髪の色が変わってる!」
「今気づいたんかい! まあいいけど。それも『魔力封印』の影響だ………ちと待て」
そう言って、ケイは虚空から物を取り出す。
………?? 魔法、使えないんじゃないの?
けれど私の予想と裏腹に、ケイは腕輪を取り出した。
これにはライアお姉ちゃんも驚いてる。
「ほれ、この腕輪を使え。それを使えば髪の色は戻るし、有り余る魔力も多少は抑えられる」
「? 私別に魔力は──!?」
魔力に意識を向けて気づいた。
私の中で『何か』が魔力を吸収し、私の魔力を安定させていることに。
「まだ俺の魔力が残っているからいいが………まあ腕輪だ。デザインもシンプルだし、お守り代わりに持っておけ」
「はーい」
私はケイから腕輪を受け取り、左腕につける。
真っ白な腕輪は、少し違和感を感じるけど、それはアクセサリーをつけた時のような感覚。だからすぐ慣れるような気がした。
「これからは更に魔力操作を極めてもらうからな?」
「………はーい」
私は渋々頷く。
魔力操作は苦手。魔法を暴走させかけるから一応頑張っているけど、やはり得意ではない。
………けど、今以上に魔力量が増えるなら、しょうがないね。自分の魔力量を初めて鬱陶しく思った。
「まあ他にも色々やったが………国王も改心はしたようだし、空間も魔導具で代替は可能だ。まあ『精霊契約』はやり直す………いや、ハギに見合う精霊を用意するか?」
「やり直して欲しいです」
やり直してください (真顔)。
ケイとの強い繋がりだし、私はケイと契約したい………駄洒落じゃないのに駄洒落になることってあるよね。
「ん? まあいいけど」
じゃあ後でな。と言い、ケイは再び水を飲む。
「………マスター。疑問なのですが、それは魔法ではないのですか?」
ライアお姉ちゃんが突然質問する。
? 何かおかしい所、あった?
私が疑問符を浮かべていると、ライアお姉ちゃんは続ける。
「水入れは確かに容量が大きいですが、水の勢いに衰えがないのはさすがにおかしいかと………」
「そこに気づくとは流石よのう………まあ、それくらいなら」
ケイは人差し指を立てる。
すると水色の光が顕れ、空のコップに水が注がれる。
「………は?」
「精霊だよ。俺の新しい力」
そう言って、ケイは笑った。
■■■■
振替休日明けの私達のクラスは、どこかいつもより明るいような気がした。
きっと体育祭で準優勝できたからだろう。
私はそれをどこか遠い世界のことのように感じていた。
「おはようハギさん………あれ? 啓は休み?」
「おはようタクヤさん。うん。体調が優れないんだって」
実際は『今日は学校もとい外に出られない』だけど、そこは些細なことだと思う。
だって今、ケイは──
「おー、静かにしろー」
教室のドアが開かれ、担任が入ってきた。
私はこれからの学園生活に一抹の不安を抱えながら、担任の話に耳を傾けた。
零れ話
日由「あらあら拓哉さん。ハギさん、どこか悲しげよ?」
拓哉「そうね日由さん。啓がいないから、あの子黄昏ているのよ」
二人「「青春ねぇ……」」
露「(………井戸端会議みたい)」
はい。更新です。
体育祭編はこれにて終了! 次回から一気に二、三ヶ月くらい時間がとびます。
冬かぁ………色々書きたいけど、まずはどうしようかなぁ。