第97話 冒険者に狙われることになった鬼。そして謎の集団
時は少し遡る。
啓とハギが『グリーフ大陸』を渡った少し後、啓とハギを乗せていた馬車は、王国へと引き返す。
その姿は、誰がどう見ても「不気味」であろう。
まず御者は全身黒衣であり目元以外の肌を完全に隠している。馬車自体との雰囲気が異なる。
馬は生きている馬だが、どこか歴戦の猛者であることを感じることができる覇気を放っている。
そして荷台は外見は普通だが、どうに覗こうにも、中が見えない。
どこまでも不自然な馬車だ。
それを冒険者が見逃すはずもなく――
「オイッ、そこの馬車!」
一定の――緩やかな、振動が一切無い静かな速度で移動する馬車が止めるのは当然のことだった。
無論、御者も『主』からの命令が無ければ、馬車の前に躍り出た3人組の冒険者を殺害していただろう。
――その殺害方法は、残虐なものだが。
仕方なく御者は馬を止める。
馬車を止めたのは、一見すると優しそうな印象を持つ青年だった。
軽装な所から、3人組の中でアタッカーをしているのも、予想がつく。
「………よし、おい! 俺達にその馬車を寄越せ!」
「……コトワル」
横暴な青年に、御者は威圧的な声で冒険者を威嚇する。
それには効果もあったようで、三人組の冒険者は、冷や汗を流していた。
だが、それも数秒の事だった。
「う、うるさい! 早く寄越せ! 俺達は冒険者だぞ!」
「コトワル」
「断るじゃなのよ。私達は冒険者なのよ? 痛い目にあいたく無いなら早く渡して頂戴」
修道服を着た気の強そうな少女も参戦してくる。
無理矢理な言動に、流石の御者も内心うんざりしていた。
御者は黙りこみ、彼らが諦めるのを待つことにした。
だが、それは逆効果だった。
「ああ? ビビって声も出ねぇのか? 笑わせてくれるじゃねぇか」
そう言って1番図体が大きい男が笑う。
それはもう盛大に笑い転げている。
そして、青年も御者がビビっていると感じたのか……。
「はやく寄越せよ! そこから退け!」
「ビビってるの? なら、早くそこから身を退くのが賢明な判断だと思うけど?」
青年は鞘から、短剣を抜き、御者に見せつけるようにする。
端から見れば脅しだ。
ちなみに冒険者ギルドでは、脅しなどを行った冒険者への罰が厳しく、彼らのような集団での脅しの罪は相当重い。
だがそれを知ってか知らずか、彼らは御者に近寄る。
一方で、御者は迷っていた。
御者1人で彼らを無力化――いや、殺すことすら造作もない。
だが、今はそれが出来ない。
主の命令を絶対としているので、無意味な殺生または戦闘は控えたいのが御者の考えだ。
御者は脱出方法を考える。
前方には大男が笑い転げていて、青年と少女が脅してきている。
馬車はそこまで小回りの利かないので、避けることは出来ない。
じゃあいっそのこと――
「コトワル」
その御者の声が響きわたる。
その声には、威圧感と殺気が含まれていた。
これは反応があったが、一人笑い転げている者には効果がなかった。
「う、うるせぇ! はやく、早く馬車を寄越せ!」
「コトワル」
「断るじゃないわ! 私達が貰ってあげようって言ってるのよ? 献上するのが筋ってもんでしょう!?」
御者は悟った。
コイツらに常識は通用しないと。
御者は御者台から降りる。
そして御者台の上に置いてあった鞘から護身用の短剣を引き抜き、青年と少女の手首を切断した。
「!? う、うわああああああ!」
「痛い! 痛い!」
青年は武器を地面に落として叫び、少女はただ痛い痛いと大声で言う。
御者はそんな彼らの後方を見る。
丁度大男は、2人の悲鳴で笑うのを止めたところだった。
そして男の表情から、御者は呆れの感情しか浮かばなかった。
「な、何してんだよ」
御者は大男へ近づく。
一歩一歩、確実に。
「ち、近づくんじゃねぇよ」
大声は腰を抜かしたのか、手を使って後ろへ下がる。
だが、それよりも、御者の歩みの速度のほうが速い。
「い、一体、何者なんだよ」
先ほどから、少し邪悪な笑みを浮かべている大男。その理由は――
「ダカラ、ヤメロ」
御者は馬車に乗ろうとした青年に腰に装着していた小型のナイフを投げる。
一切青年の方を向かずに。
「ああああああああああ!」
肩にナイフが刺さり、絶叫をあげる青年。
少女は恐怖ですくんでいた。
大男も先ほどの妙技への驚きで、恐怖で声も出せなくなっていた。
「ハヤク、カエレ」
そう言うと、御者は大男を道の隅に投げる。
青年達も投げた。
だが、ここで御者は1つ失敗をした。
投げた時、顔を被っていた布が一瞬めくれたのだ。
大男はその瞬間を完璧に目にしており、恐怖が更に増した。
当の御者は気にせずに、また御者台に戻り馬車を動かし始めた。
もしかしたら、見ていたことに、気づかなかっただけかもしれないが。
大男は通りすぎていく御者――ゴブリンを、見えなくなるまで見ていた。
そして大男は死んだ2人を火葬し、近くの冒険者ギルド――王国の冒険者ギルドを目指した。
■■■■
同時刻
『魔族領』の首都『オデット』のとある酒場の一角でのこと。
数人の魔族が集まって話をしていた。
「…………『G』が殺られた」
「何っ!? アイツが? まさか、自爆とかじゃないよな?」
「ああ、どうやら『未知の魔法』で消されたらしい」
「そうか…………」
「ハッ、あんな雑魚は居ないほうが良いだろう? あんな最弱魔族は」
「そうだが、アイツも仲間だ。それで? 未知の魔法というのは?」
「わからん。だが、アイツが死んだのは確かだ。アイツの生命反応は世界中のどこにもないからな」
「まさか……………っ、我々に抵抗できる者がいるとはな」
「………よりいっそう、警戒しながら活動したほうがいいな」
「ああ、ソイツの素性も、調べた方がいいな」
数人の魔族の会話は、酒場が終わる時間まで続いた。
一日早い更新。
しかし、後悔はしていない。
次回は――土日のどちらかで投稿できたらなぁって思ってます。