悪者の父
あまりにもあっけない決着に俺は肩の力を抜いた。目付きの悪い奴らも感嘆の声をあげている。俺に投げられた例の男は唖然としてこちらを見上げた。
「これでわかったか?修行はまだだが、俺はこいつを黒龍にする。異論は認めない」
そんなことを宣言する父に男達から雄叫びが上がった。こんなやつらをまとめるのかと思うとだんだん不安になってくる。
「それより父上、修行とは一体?」
「あぁ話してなかったな。これから行くから準備しろ」
何処へ?と首をかしげる俺に父は小バカにしたような声で言う。そもそも何の説明もなしに色々進めた父が一方的に悪いと思うのだが。
「言っただろう。春峰神社だ。とりあえず身一つあれば問題ないけどな」
あそこにはなんでもある、という父はどこか忌々しげな表情だった。
現代の神器を一切取り入れないとはいえ、車くらいはある。滅多に乗らないそれを使うあたり、これから行くのは相当遠いところなのだろう。
しばらくして父が口を開いた。周囲の騒音が不意に口をつぐむ。
「お前には色々と言わなければならないことがある。まずはそうだな。我々についてだが、極道とは暴力団とは違う。本来極道とは仏道を極めた者達のことを指す。確かに暴力団のような輩もいるが、修行を積み、しきたりをまもることが我々の大前提だ。もちろん、人道に背く殺生はもってのほかだな」
父は覚えておけとばかりに俺の胸を二度つついた。
俺は自嘲ぎみに笑った。父は悪い人じゃないのか。そんな子供じみた喜びが、先程までシリアスにとらえていた自分を溶かす。
正直に言えば、これから父の悪行の数々を目にするものと思っていたのだ。心がスッと軽くなった気がする。
幼い頃からお前の父は悪者だと言われ、あんなに欲しかったテレビも欲しくなくなった。互いになにも言わなかったから、父が悪者だということはどこか当たり前のような気がしていた。
父が今言ったことが本当かどうかはわからない。だが、俺にとっては周りからの評価にはじめて否定することが出来ることが少し嬉しかった。
「で、これから何しろっての?」
顔の緊張を解いた俺に父は軽く口の端をあげた。
「表向きには修行だ。そしてもうひとつ。お前にやってもらうことがある」