オレはモブなんだっけ?
誰にも言えない秘密です。
一ノ瀬 昴。
オレの隣の席。イケメンである。
今日は人は集まっていない。
良かった……。人混みが苦手なオレにとっては、あの光景は地獄だ。
「おはよう、山田くん」
「あ……お、おはよ」
席につこうとするオレに、こいつはいつも挨拶してくれる。声もイケメンだ。
ちょっと高めだけど、良く通る声だと思う。
姿勢を伸ばして小説を読んでる様なんて、女が見たら失神するんじゃないか?
案の定、女達は一ノ瀬を恍惚とした表情で見つめて息を吐いている。
「……なあ、お前さ」
「ん? 何だよ」
「彼女とか作らないの?」
それまで本から目を離さなかった一ノ瀬が、オレの方を勢いよく向いた。
少し目は見開かれてて、黒目が揺れている。
「何だよ、急に変なこと聞くなよ」
「だって、お前相当モテるだろ。女なら選び放題ってか。オレへの当てつけか」
「はははっ、俺は彼女なんて作らないよ」
何で? と聞こうとした時だった。
「おらー、ホームルーム始めんぞー」
仏頂面の担任が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。
「朝っぱらから体育とかだるいわー……」
「ちょうどいい運動になるじゃん」
一ノ瀬が体育着の入った袋を持って、どこかへ行こうとしていた。
「あれ、どこ行くんだよ?」
「保健室。俺はいっつもそこで着替えるんだ」
席が隣になったのが最近だったから、知らなかった。
保健室か……何の用があるんだろう?
まさか、ああ見えて腹が出てるとか。
想像してしまい、思わずニヤリと嫌な笑いが零れた。
オレらよりも早く体育館にいた一ノ瀬は、半袖長ジャージで突っ立っていた。
女子達が一ノ瀬の姿を捉えると、すぐに群がって黄色い声を上げている。
「ほらほら、一ノ瀬に夢中なのはいいが、授業にも夢中になれー」
体育の顧問が笛を吹きながら、列を作って並べと命令する。
オレは欠伸を噛み締めつつ、準備体操を始めた。
「今日はバスケをやるぞ。チーム作れー」
笛の合図で、すぐさま一ノ瀬が人に埋もれる。
「一ノ瀬、こっちのチーム入れよ!」
「お前、こないだの時も一緒だっただろ!」
今度は男子にモテモテの様子だ。
むさくるしい状態で、少し一ノ瀬が気の毒になった。
結局じゃんけんで決まり、一ノ瀬はオレと同じチームになった。
残った人数で見学していると、試合をしている筈の女子から悲鳴が上がった。
「一ノ瀬くーん! 頑張ってー!」
「かっこいー!」
きゃあきゃあ騒ぐ女子が、全員一ノ瀬に釘付けになっている。
汗を流してドリブルをする姿は、女には堪らないだろう。
次々とシュートを決め、点差を広げるオレのチーム。
殆ど一ノ瀬が点を取っていて、言わば一人勝ちだ。
再び一ノ瀬にボールが渡り、ゴールへと向かう彼に二人がブロックしようと立ちはだかる。
パスしようと、一ノ瀬が足を踏み込んだ時だった。
捻れた足が縺れ、一ノ瀬はそのまま倒れてしまった。
心配する声が上がり、みんな駆け寄っていく。
「大丈夫か?」
「はい……ちょっとバランスを崩して」
「保健室に言った方がいいだろうな」
保健委員の女子が役得とばかりに手を挙げた。
「ごめんね、ありがとう」
一ノ瀬のイケメン顔を間近で見た女子は、見とれつつふらふらしながらついて行った。
「よーし、試合再開するぞー!」
一ノ瀬を失ったチームと女子は、とんでもなくやる気を失っていた。
(あ、一ノ瀬……上履き忘れてやがる)
体育館で履く靴のまま保健室に向かったのだろうか。
女子に押し付けたら、そのまま持ち帰ったり……はしないまでも、匂いを嗅いだりしないだろうか。
そこまでの変態はいないと信じたいが、一ノ瀬狂の奴らならやりかねない。
めんどくせえと思いつつも、周りにバレないように保健室へ向かった。
「一ノ瀬、靴忘れてたぞ」
言いながら入ると、一ノ瀬が着替えている真っ最中だった。
あれ、くびれ……?
……なんで、女用の下着?
というか、こいつ……一ノ瀬だよな?
呆然と見つめていると、一ノ瀬はらしくなく顔を青ざめさせた後、茹でたこのように顔を真っ赤にさせた。
「な、な、何で、山田くんが……?」
ブレザーで前を隠す姿は、まるっきり女だった。
「……………え、一ノ瀬?」
「は、早く出てって!」
「え。え。うわっ、お前、押すなってば!」
保健室から締め出され、オレは訳が分からないまま教室に戻った。
一ノ瀬を気遣う声が上がる中、オレはさっき見た光景が頭から離れなかった。
女物の下着。つまりブラジャー。
線の細い身体。
……一ノ瀬って……
……女装趣味?
……って、いやいや! つまり、一ノ瀬は女ってことで。
イケメンと思ってた奴が実は女で、オレはそれを知ってしまった訳で。
男だと思ってた奴が女だったなんて、漫画の主人公じゃあるまいし。
あれ? オレはモブなんだっけ?