1話:精霊だって生きてんだぞ!【すぐ散りますがね~】
黒、クロ、くろ。
全てを飲み込む闇の空間。
生命が最も恐れる概念、闇。
転生の度に、この空間を認識してしまう。
それは、前世の記憶を持つが故の苦悩なのか。
本来あるはずのない存在に対する、罰なのか。
一瞬か、はたまた永遠か。
耐え難い恐怖を耐え、保証された来世を想い、手を伸ばす。
もがく。
もがく。
そうしないと、自分がこの空間に飲まれてしまいそうで。
もがく。
もがく。
そして
世界が、白んでいく。
目の前に、広がっていく。
あぁ、あれが、
あれが、次の――――
◆
「ぶぇふっ!?」
ボシュンッ!という音と共に、意識が覚醒する。
なんか凄い怖い夢を見たような気がするが……はて?
よく思い出せん。
それよか、ここどこだ?わっちゅぁねいむ?
ええと……おお、そうだ。
俺は山辺慶。そういう名前の前世を持っていた、元人間。
といっても、この名前の前世ももう何度か前か。
ひょんなことから前世の記憶を持って蟻に生まれ変わり、そこで「役所のお姉さん」と出会い、自分の輪廻について聞かされた、という異色の転生を経験した男だ。
役所のお姉さんがいるであろう場所の記憶は、相変わらずないんだが…現状の把握くらいは、もうスムーズに行える。
どうやら俺は、また何かに転生したらしい。
俺の目的は、今の一生の内で経験をたくさん積むこと。
そして、「魂の定着」を利用して、来世来世をより良くしていくこと。
うん、よしよし、覚えてるな。前世の俺。
【ところが今回は、そんなに甘くいかないのですよ~!】
うお!?びっくりした!
えぁっと…そ、そうだ。彼女が、役所のお姉さん。
俺の転生をモニターし、同時にサポートしてくれる人だ。
毎回記憶は引き継いでも、なんだか初対面な感覚になってしまうなぁ…多分、この最初の感覚は、今後慣れることはないだろう。
「役所のお姉さん、だよな?どういうことだ?」
挨拶もかねて、質問を投げかける。
前世の記憶では、お姉さんは常に能天気、かつ面白いこと大好きな愉快犯だ。
転生第一声に、忠告なんてしてくるタイプではない。
つまり、俺の転生環境に、変化が現れたという事だろう。
【はいはい~。結論からいいまして~、今回の目標は、その世界でも長期間に渡る生存、そして種族としての進化になります~。山辺さん、今世の経験次第では、貴方は次の転生も行えなくなる程の崖っぷち、と覚えておいてください~】
……ほわい?
え、なんだそれ、いきなり輪廻ドロップアウト宣言!?
一体その、役所って所でなにがあった!?
【詳しくは話せません~。役所のことは今世の人には漏らせないので~。しかし、事実です~】
お、おう…まじか。
だとしたら、重要なのは、俺の今のスペックだ。
何度かの転生で『特典』を複数取得しているとはいえ、自身の体を知らずして今後の展開など望めない。
「正直まだ理解が追いつかんが…役所のお姉さん。今の俺のステータスを出してくれ。あと、俺の客観的な外見も表示してくれると助かる!」
【あ~……わかりました~。ですが、そのぅ~】
んぁ?なんだ?
えらく歯切れの悪いお姉さん。ステータスを出す、だけなんだが……嫌な予感がする。
「…役所のお姉さん?怒んないから、早く…ステータスを」
【……分かりました~。ですがその、けして取り乱すことのないように~】
それだけ言って、お姉さんは作業を始める。
ほんの少し待つだけで、ステータスが目の前に展開された。
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<種族:精霊>
現状:消滅寸前
レベル:1
状態:瀕死
HP:1/3 MP:0/150
筋力:0 器用:3 敏捷:5 魔力:140 精神:5
<スキル>
『魔力操作:Lv1』 『魔力攻撃:Lv0』 『司令塔:Lv5』 『悪食:Lv3』
『消化吸収:Lv1』 『翻訳:Max』 『発声:Max』 『環境適正:Lv1』
『状態異常耐性:Lv1』 『防御修正:Lv0』 『属性耐性:Lv0』 『隠密:Lv1』
『発見:Lv1』 『マッピング:Lv0』
<特典>
『前世の記憶持ち』 『お友達』 『率いる者』 『食い道楽』
『ピーチクパーチク』 『慣れれば平気』 『かくれんぼ』
<解説>
精霊。
自然の魔力から「発生」する、魔力の塊。
魔法の原料であると同時に、異世界では草の芽吹きや、汚水の浄化を行う自然の歯車。
その性質から、生き物というよりは「現象」に近く、ほぼ無限に沸き、そして枯渇も条件が合わなければ早く、脆い。
モンスターとしての扱いではなく、人間やエルフが用いる「道具」としての認識が強いと言える。
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役所のお姉さん!これ俺今死にかけてるぅぅぅぅうう!?
【というより、周囲の魔力が枯渇しかけて消滅しかかってるんですよ~。先程までその辺りにいたモンスターから吹き出してた魔力から、貴方は生まれたんです~】
なるほど、俺は今精霊として、魔力を体が必要としているのか。
自分の体を客観的に見てみる。
平たく言えば、白いモヤモヤの球体。
霧が固まったような外見で、俺の中心にくれば来るほど、その力は収束しているように見える。
第一印象、霧状のまりもって感じだ。
そして、その中心には、間抜けそうな顔。
(◎ヮ◎)←こんな感じ。
よくよく見れば可愛く見えないことも、ない、ような気がしないでもない。気がする。
そして、これが今何よりも重要な要素。
少しずつ体が散っていっている!
まるで、水の中に入れた氷のように、周囲に溶け込んでいるのだ。これが説明文にもあった、「枯渇が早い」ということなのだろうか。
魔力がたりなくてHPもMPも減るとか、そしてHP3とか、なんなんこの脆弱性!?
いや、というよりは、MPが切れた事で、HPが減り始めてんのか!
「どどどどうする!どうすればいい!?魔力吸えばいいのか!?」
転生二分で既に虫の息。こんなのってないよ!?
さっき長生きが目標って言ってたじゃない!?
【ん~、ん~…あう。周囲に、魔力のプールは確認できません~。山辺さんの発生の要因になった魔物も移動した様子です~。これは……】
打つ手、なしと?
いやいやいや、この転生に失敗したら、輪廻出来なくなるんでしょう!?
輪廻できなくなった者がどうなるかなど想像もつかないし、考えたくもない。
考えろ俺!消えたくない、消えたくない、こんな所で終わってられっか!?
周りには何がある?
俺が生まれたのは、周囲が岩で囲まれた地帯だ。
視界に入るのは大量の岩石、そして、砂、申し訳程度に亀裂から覗く根性のある草。
役所のお姉さんの言うとおり、肌で「魔力」と認識できそうな概念は、ない。
しかし、しかしである。
お姉さんは、魔物がいると言っていたし、俺は精霊に転生した。
つまり、ここは地球ではない、魔力の存在する異世界と考えていい。
「っ、っ…………役所のお姉さんっ!」
【は、はひ~!?】
「この世界の鉱物や植物に、魔力が眠ってるかスキャンしてくれ!」
もう、可能性はこれしかない。
この周辺にある岩や草。
これらから、魔力を吸収する…!
【え、ええと、ええと~……!】
「は、はやく、急いで!?ハリィハリィ!?」
うおぉぉ、右半分の感覚が薄れてきたぁぁぁ…!?
怖い怖い怖い!
嫌だ、嫌だ、消えたくない!
何か生きる目標があるとか、そんなのじゃない。
ただ、生きたい。
ただ、死にたくない。
そう思えるのは、やはり後が無いとどこかで悟っているからなのか。
もう死んでもいいとか、来世に期待とか言わない!だから、だから!
【っ、あ、アリます~!左前方の岩石の中に、魔力を内包した鉱石を発見~!】
その瞬間、俺はその岩石に飛びついた。
張り付くと、岩石を通して、うっすらと何かを吸収する感覚がする。
『HP:1/3 MP:2/150』
せ、せ、せ
セェェェェフ……!!
危なかった、始まって早々に、全てお終いになるところだ…!
【あぶ、危ないですね~、よかった~】
「うぅ、ありがとうよ、役所のお姉さんよぉ…!」
【いえいえ~、お役に立ててなにより~】
こうして俺は、前途多難すぎる第一歩を、踏み出したのだった。
◆
さて、役所のお姉さん。こいつを見てくれ。
これを見て、どう思う?
【すごく……大きい穴です~】
俺が岩石に張り付いて、30分。
ゆっくりゆっくりと魔力を吸収し、MPはなんとか13まで持ち直した。
しかし、圧倒的に足りない。この体はそこにいるだけでMPを使うようなのだ。
試しに離れてみたら、いきなり1減って心臓が止まるかと思った。心臓ないけど。
だから、俺はそれからもずっと岩石に寄生していたのだ。
「全部吸い尽くす」。その一念で。
結果、これだ。
岩石に空いた、俺の体くらいの穴。
見るも無残な姿に、少し引いてしまった俺と役所のお姉さんである。
【ん~、考えられるとしたら~、おそらく~】
「…『悪食』と、『消化吸収』、か?」
【はい~】
スライムに転生した時に得た特典、『食い道楽』。
その派生として、スキル「悪食」、「消化吸収」が手に入っていた。
これは、その種族が食べられる範囲のあらゆる物を食べられ、そして消化、吸収できるという物。
つまり…精霊にとって、この鉱石は「ギリ食えるもの」って扱い、らしい。
【どちらかと言うと、吸収して、濾して、ギリギリまで魔力を吸い取った形みたいです~。貪欲ですね~】
ふむ、つまり…。
ここで俺は、ある仮説を立てる。
そして、えぐれた岩石の隣の石に近づく。
「役所のお姉さんよ、この石に魔力は感じるか?」
【ん~、いえ、モニターからはなにも~】
「ふむ」
では、それを吸収してみる。
飴ちゃん感覚で、体内でコロコロり。
もちろん、味なんてしない。
そして…10分で、吸収し終えた。
『HP:1/3 MP:14/150』
おお!増えてる!
『HP:2/3 MP:13/150』
速攻減った!けどHP増えた!
けど、仮設は証明された!
【本来魔力濃度が薄すぎて、特定されないものからも魔力を捻出、吸収する…まさに『悪食』ですね~!】
取っててよかった『食い道楽』!
文字通り、食い続けなきゃ消えてしまう運命みたいだが…これのおかげで消滅はま逃れた!
「よぉし!ひとまずは、この辺のもの、食い散らかしてやらぁ!」
【きゃ~!山辺さんったら、プレデタ~!】
はっはっは!褒めるでない褒めるでない!
俺は、意気揚々と、次の岩石にへばりつくのだった。
…………精霊っぽくない?
やかましいよ!精霊だって生きてるんだよ!必死なんだよ!!