2話:虫は虫なりに無視できない悩みがある…【まぁ保身なんですが~】
俺こと山辺慶が、蟻に転生して、そこそこの時間が経った。
ていうか蟻って…蟻はないだろ、ありは。
【いやっははは、仕方ないんですよ~。書類書き終わっていざ転生~って時に、土壇場でポイント足りなくなったんですもの~】
あぁもう殺したい♪
その時に指摘しなかった俺も殺したい♪
半分くらい自業自得でなんも言えねぇよ!
っとまぁ、話を横に逸らす前に、現状の確認だ。
結論から言って、俺が立てた推論は当たっていると見ていい。
この世界……っていうかあの世か。あの世には魂をプールする場所があって、そこに俺の魂も向かった。
そして、前世のあり方を評価され、それに見合った来世を提供される。
その際、魂と受付(この場合は役所の人ってこと)は、来世について相談することも可能、と。
俺の魂はその際、ついうっかりで来世の生き物を指定しなかったらしい。
そして、人間になるためのポイントも足らなかった、と。
【まぁ、さもありなんですよ~。そんな時には特にポイントの少ない生き物になるよう設定されていますから、今回は「地球産の蟻」になったって事ですね~】
さもあってたまるかってんだい。
そのせいで俺は……こんな空間にいなきゃいけないんだぞ!?
『『ギチギチギチ!』』
『ギキチチイ!』』
『『ガサガサガサ……』』
アリ!
あり!
アリ!
見渡す限りの蟻三昧!
皆さんご想像ください。俺の視点から見て人間大の蟻たちが、穴蔵で所狭しと這いずり回りギチギチギチギチ言ってんの!
怖いよ!?
俺、その種族っていっても中身人間よ!?恐怖でしかないわ!
【いやいや、気が狂わないあたり、種族的本能というか、フィルターは効いてるみたいですよ~?でなけりゃ提供される食材なんて食べれないでしょ~】
ぐっ、客観的に物事見やがって。
【モニターですから~】
だが、そうなのだ。役所のお姉さんの言うとおり。
この空間を怖いと感じることはできても、嫌悪は抱かない。不思議な感覚。
おそらく、本能とも呼べる無意識のラインで、俺はこいつらと同族なのだと理解しているんだろう。
そうでなければ、誰が兵隊蟻が運んできた、芋虫の頭なんて食えるものか。
蛾の羽根なんて貪るもんかい。
食わなきゃ死ぬ。その本能が、一心不乱に俺を食事に駆り立てるのだ。
その結果、俺はそこそこ立派な軍隊アリとして成長できていた。
<種族:軍隊アリ>
現状:成虫
レベル:3
状態:健康
HP:7 MP:0
筋力:11 器用:7 敏捷:10 魔力:0 精神:5
<スキル>
噛みつき:Lv3
<特典>
『前世の記憶持ち』
『お友達』
どうよ?この見事に成長したステータス!
筋力、まぁ噛む力とかだな。そして敏捷は2桁に到達!
ばりばりの前衛って感じの成長だぞ!
魔力に関してはよくわからんが…ものによっては魔法使えるって暗示してますよね、役所のお姉さん?
そして、スキルなんぞも覚えた、というか、役所のお姉さんが面白半分で文章化してくれた。この方がカッコイイ。
カッコイイは全てに優先されるのだ。うんうん。
この特典に関しては、いまいち説明が曖昧だからよくわからん。ひとまず、俺はこの『前世の記憶持ち
』という特典のおかげで転生した後も山辺慶でいられるのだ、と認識している。
あと、この『お友達』?なんだこれ。友達作れる特典かな?
【ちなみにステータスは、成人した一般の男性が平均として、100が基準ですねぇ~】
クソ雑魚じゃないアタシ!?
【所詮アリですから~?】
やめてぇ!?現実を突きつけないでぇ!?
と、俺が役所のお姉さんとの会話で悶ているとだ。
「ギチチィ!(おうこら新入りぃ!)」
「キチィ!?(うおお!?)」
不意に、ギチギチのだみ声が響いて来る。
ギチギチでだみ声とか意味わからんだろうが、本当にそうなんだよ。
蟻は、フェロモンで会話が出来るんだ。
蟻に転生して初めて気づいた事実で、フェロモンを自在に発生させ、その匂い、濃度、散布具合で聞き分ける。こんな感じ。
蟻によってフェロモンも違うから、聞き違えることもない。
で、今回俺に語りかけてきたのは、軍隊の部隊長って感じの格付けのおっさんだ。
俺はこのおっさんの事を、そのままおっさんと呼んでいる。
「キチチ、キチィ(なんすかおっさん。びっくりしましたよ)」
「ギチギチギチ!ギチィ!(なんだもクソもあるかい!今日はお前が部隊を率いるための訓練だろうが!)」
そう、だったっけ?
【あ~らら~、忘れてたんだぁ~。い~けないんだ~】
おだまりよ!役所のお姉さん!
あ~、ステータスを見ればおわかりの通り、俺は今成虫なわけだ。
そして、俺の役職はズバリ、「兵隊蟻」。
外に出て食料を確保し、巣に持ち帰る役目だな。
あとは、巣に侵入してきた外敵の迎撃も仕事に含まれる。
はっきり言って、危険しかない。
「キッチキチ!キチィ!(悪いおっさん!俺ハライタだから休みで!)」
「ギギチ、ギッチチ(そうか、使えん者は子供の餌にするしかないが)」
「キーッチキチチ!?(やだなぁー!?冗談ですよハハハ!?)」
蟻社会舐めてましたわー、こいつら骨の髄まで縦社会の軍人気質でやんのよ。
兵隊として使えなくなったら兵糧にする、とか…鳥肌立つぞ。
【まぁ、仕方ないんじゃないですか~?そういう社会なんですから、そこに疑問を持ってしまうと余計に不穏分子として粛清されますよ~】
んだな。
それで仕方ないと思えるあたり、俺の本能も現状を受け入れている。
拒否してるのは俺の人間的な部分、前世の記憶の理性や忌避感だ。
しかし、拒否した所でどうにもならない。
今はただ、粛清されないように、兵隊の中でも上の立場に上り詰めるしかないのだから。
【ご安心を~。山辺さんが簡単にお亡くなりにならないよう、私もバックアップしますから~】
役所のお姉さん、あんた…!
現状の6割は貴方のせいって事を棚に上げてませんかねぇぇえ!?
【うぇぇ~!?そんなことないです!ていうか私の責任が6割って断固反対です~!あれは山辺さん6で私4でしょ~!?】
いーぃや違うね!役所のお姉さんがちゃんと気づいてればこうはなんなかったんだからね!
【くぅぅ~!20回の輪廻をまたいだ仲とはいえ許しませんよぉ~!下等生物のくせに!く・せ・に~!】
下等生物とか言って対等に喧嘩してくれるお姉さんなんだかんだで好きよ俺!
【…え、あ、え?い、いやぁ~そんなそんな~】
まじチョロいわ。
まぁ、役所のお姉さんとの戯れで気は紛れた。
今はこの気持のままで、俺は訓練へと足を運んだのだった。
◆
訓練所、マジヤバイ。
なにこの地獄絵図。
「「ギチギチギチギギチチイ!」」
「「グチャア!グチチチチ!」」
どこもかしこも蟻だらけで、時には互いに顎を食い込ませ、時には足を絡ませ合う。
弱い者は弱いもので固まり、更に弱い者を狙い袋叩きにする。
フェロモンが充満する中で味方を探し分け、敵のフェロモンを見つけ、噛みちぎる。
……これ、訓練ってか殺し合いだろ!?
【そうですねぇ~。足元を見てください。暴れてもこの空間が崩壊しないよう、細工されています~】
細工?
役所のお姉さんの言われるままに、下を向く。
蟻と目があった。
ばっちり死体だった。
「キチィ!?(ひぃ!?)」
思わず後ずさる。しかし、そこにもまた蟻の死体。
床一面、びっしりと……死体が敷き詰められている。
いや、もしかしたら…壁、もか…。
【蟻橋ってやつですね~。軍隊蟻が移動、この場合は進軍と呼びましょうか。進軍する際に、通れない場所があっても、互いの体を絡めあい橋を作るというものです~】
き、聞いたこと、ある。どっかの動物バラエティで…。
この空間は…つまり?
【訓練についてこられない弱者を、壁などの補強材に使ってるんでしょうね~】
勘弁しろよ!?
流石に本能だけで納得いくものじゃない。
明日は我が身、もしくは友の身。
こんな事を続けていたら、いつか群れがダメージを受けた時に全滅のきっかけになりかねないだろう。
【はたしてそうでしょうか~?彼らは今までこうして生きてきています~。それは彼らの繁殖能力の賜物であり、これは当然のことなのでしょう~】
うっせ、俺が納得できないんだよ!
この光景見て、なんとも思わない訳ないだろ!?
同じ種族でなんで争う必要があるのさ!?
【あはは、人間の精神でそれを語りますか~、ウケる~】
だまらっしゃいよ超次元の存在が!
クソッタレ、納得いかん、こんなの認められっか!
それに何より、この訓練という名の虐殺ショーには、俺も巻き込まれるのだ。
転生した末路が蟻のオブジェなんて御免こうむる!
【ふ~む?それはいいとして~、どうするんです~?彼らは貴方以外本能でしか動いていないんですよ~?】
逆に言えば、本能に働きかけさえすりゃあ、こいつらの行動を制御できるってこったろ?
じゃあ、話は簡単さ。
【ほほうほう~?何やら楽しそうな事を考えていますね~?いいですよいいですよ~?】
こうしてる時間が惜しい……役所のお姉さん。通信を繋いだままにしてくれ。策を考えて、すぐに行動に移したい。
【えぇ、えぇ。貴方のサポートの為に私がいるんですから~。協力は惜しみませんとも~♪】
その後、俺は訓練を抜け出して、無益な同士討ちの回避について考えた。
そして、ある1つの策を思いつく。
それこそが――――俺の、後の輪廻生を充実させる、要因となったのだ。