後追い坂
怪談の不思議は、誰が見て、誰が語って、誰が広めたのか。
何もかもあやふやで。よく分からない。あなたのそばにもあるかもしれない。たぶんきっとだからなんだか恐ろしいんだろう。
「ねぇ、後追い坂って話知ってる?東先の方に出ると長い坂道があるでしょ?
そう、先が古い病院に繋がってるあの坂道。あそこにさ…出るんだって。
なんでも昔あの病院に変な医者がいたらしくてさ。そいつ人を切るのが大好きだったんだって!
それで大した病気でもないのにすーぐ手術して、その挙句人を殺しちゃったんだって!
そしたら周りがみ~んな騒ぎ出して、やれ人殺しだなんだって言ったら、その医者病院の自分の部屋で首をか切って自殺したんだって…。
その後、病院も閉鎖されたんだけど……夜とか、人気のない時に病院を見ると、二階の部屋に電気がついてて、血まみれの白衣を着た男が…。」
「止めてくれよ…そういうの…。」
夏休みも近い初夏の頃。少年はうんざりしていた。不満気にこれからが面白いところなのに…とぼやく少女は、顔だけで言えば校内トップクラスで、頭もいいし、運動もできる、クラスの中心人物である。が、困ったことに怪談話が大好きなのだ。それもどこで集めたのかこの辺りでまことしやかに語られる怪談を網羅している。
少年はというと何が気に入られたのか。彼女の怪談話を聞かされる相手に任命されている。
「というかもしかしてその坂ってさ…。」
「うん。君んちの前の。」
「うっわー…マジかよ…えー…。」
「あ、じゃあ私こっちだから、じゃーねーまた明日ー!」
「え、このまま放置!?」
叫ぶも彼女の背は曲がり角に消えてしまった。後を追いかけようかと一瞬考えるも、なんだかストーカーみたいだし止めておこう。
制服のポケットからスマホを取り出し、テキトーにゲームを始める。通い慣れた家までの道を歩く。我が家は坂道の途中にあり、家まではほとんど一本道だ。途中二本の道路が交差するが基本的に車の通らない静かな住宅街。
そして、確かに、坂道の先には古びた病院がある。と言ってもここに住んでから十年は経ったが病院に電気なんて見た覚えはない。どうせどっかの珍走団が集まってたのを誰かが見て尾ひれ背びれが付いたんだろう。
交差点のあたりまで来ると、何人かが止まっている。信号は赤だ。足を止めてゲームに集中する。するとすぐに横のサラリーマンが一歩前に出る。釣られて足を動かし、顔を上げると信号は青だった。再び画面に顔を戻して歩く。
(そういえばさっきの話…。なんで後追い坂って言うんだろう。)
彼女が話した内容からすると、誰かが誰かの後を追って死んだとか、後ろから何かが追いかけてくるとかそういう話ではない。ただ、変な趣味の医者が自殺してその霊が病院にいるってだけだ。なのに、どうして『後追い坂』なんて名前がついたのだろうか。
二つ目の交差点に到着する。見上げれば信号は赤だ。ここは信号が変わるのがやけに長い。足を止めて攻略途中のマップを進める。横に誰かが立った。白いズボンが目の端に見える。気にせずゲームを進める。やけに救援が遅い。早いとこ倒しに来てくれないものか。
横の足が一歩前に出た。
(あ、そういえばこっからもう病院見えるんじゃないかな?)
そう思って画面から顔を上げる。その目の前をトラックがすごい勢いで走り抜けて行った。
どこからか、舌打ちの音が聞こえた――ような気がする。
「あ。あ…だから後追い坂か…。」
歩きスマホにご用心。でも転生トラックに跳ねられるなら大歓迎?