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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第5章 “常春ペア”は、底が抜けてて手が焼けます

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(11)力作の御披露目

 その日、いつも通りカフェに集まったエセリア達だったが、席に着いて早々にシレイアが尋ねてきた。

「エセリア様。絵画展の締め切りがそろそろの筈ですが、結局、あのクーレ・ユオンとか言う新しい画材で絵を描かれたのですか?」

 それにエセリアが、微妙に視線を逸らしながら答える。


「ああ、あれね……。実は私、授業で普通に描いた絵を出品する事にしたのよ」

「え?」

「そうだったのですか?」

「ですがそうなると、あの画材はどうされるのですか?」

 驚く一同を代表してローダスが尋ねると、エセリアは益々言いにくそうに説明する。


「それが……、マリーリカにあれを使って描いて、欲しいと頼んだの。それで、絵が出来上がったと聞いたから、今日ここに持って来て見せて欲しいと、頼んでおいたのだけど……」

「マリーリカ様に?」

「絵がお上手なのですか?」

「私よりは、絵心があると思うわ」

「…………」

 それを聞いた面々が、不安そうな顔を見合わせて押し黙っていると、そこにやって来たマリーリカが笑顔で声をかけてきた。


「お姉様、お待たせしました」

「ああ、マリーリカ。呼びつけてしまって、ごめんなさいね」

「いえ、それで頼まれた絵はこちらです。キャンバスと比べると軽いですし、丸めて運べますからかさばりませんし、持ち運びに便利ですね」

 朗らかに笑いながら、丸めて抱えてきた絵をテーブルに乗せた彼女は、それをくくっていたリボンを解いた。そして、持ってくる間に少しくせが付いて丸まってしまったそれを広げる。


「お姉様、申し訳ありません。そちらを押さえて頂けますか?」

「ええ、くせが付いてしまったわね……、って! これって!?」

 頼まれるまま、用紙の片方を両手で押さえたエセリアだったが、もう一方をマリーリカが押さえながら広げた絵を目の当たりにして、本気で驚愕した。それは他の者も同様で、驚きの声が上がる。


「えぇ!?」

「嘘。凄い!!」

「何なんですか、これは!?」

「せっかくですから、お姉様を描いてみました。いかがでしょうか?」

 しかしマリーリカはそんな周囲の声など気にも留めず、どこかのんびりとエセリアにお伺いを立ててきた。それを聞いたエセリアの顔が、微妙に引き攣る。


「いかがでしょうかって……。あの、マリーリカ? 渡したクーレ・ユオンの中に、金色とか銀色は無かった筈だけど、この髪の色はどうやって出したの?」

 自分の髪の色と寸分違わない色合いのそれを指さしながら、まだ若干動揺しているエセリアが尋ねたが、マリーリカは落ち着き払ってそれに答えた。


「そこは確か……、黄と白と灰色を基本に、若干茶と赤と緑を差した上で油を含ませた口紅用の筆で上からなぞって、顔料を馴染ませながら線を引くと、そのような細かい柔らかな線と、お姉様の髪の色と酷似した色合いになりました。他にも色々描き方を試行錯誤した為に、頂いた紙を全て使い切ってしまいましたわ」

「はぁ!?」

 想像もできなかった画法を耳にして、すっかり度肝を抜かれたエセリアが間抜けな声を上げると、今度は席を立って駆け寄ったミランが、背景の一部を指し示しながら尋ねた。


「マリーリカ様、申し訳ありませんが、背景のこちらの窓から光が差し込んで、壁に陰影が出ている箇所は、どういった描き方をされたのか、教えて頂きたいのですが」

 それにも彼女は、僅かに首を傾げただけで、あっさりと答える。


「その辺りは確か……。使っていないヘアピンであの画材を削って粉状にした物を、軽く振りながら落とした上で、上から布で軽く擦りました。落とす量と混ぜる色と力加減を調整したら、場所によって随分違いを出せまして……。あの、皆様。どうかなさいました?」

「…………」

 いつの間にか静まり返って、全員が自分の手元を凝視している事に気付いたマリーリカは、若干不安そうに問いかけた。すると絵から手を離したエセリアが立ち上がり、そのままの勢いでマリーリカに抱き付く。


「マリーリカ!」

「はい、お姉様。何か……、きゃあっ!」

「あなたは天才よ! まさかここまでとは思わなかったわ! 本当に凄いわ!」

「え? あの、お姉様?」

 抱き付かれながら困惑したマリーリカだったが、遅れて駆け寄って来たミランが嬉々として申し出てきた。


「マリーリカ様! こちらの絵を、是非ワーレス商会で買い取らせて頂けませんか!? どうしても売却が無理なら、期間限定でお貸し頂ければ十分ですので、何卒お願いします! 新規発売の折りに、見本として店内に飾らせて頂きたいのです!」

「あ、あの……、これは元々、お姉様に気に入って頂けたら差し上げようと思っておりましたので、お姉様さえ良ければお渡ししても構いませんが……」

 ミランの申し出に、マリーリカが困惑しながら答えると、彼は即座にエセリアに顔を向けた。


「エセリア様!」

 その呼びかけに、エセリアはマリーリカから身体を離しながら、改めて彼女に礼を述べる。

「マリーリカ! 素敵な絵をありがとう。ありがたく頂くわ! それで絵画展の期間が終わったら、ワーレス商会に譲るから。ミラン、それで良いわね!?」

「勿論です! エセリア様、マリーリカ様、ありがとうございます!」

「いえ、皆さんが喜んでいただければ、私は構いませんので。気に入って頂けて、良かったですわ」

「この絵が気に入らない方など、存在しませんよ!」

 どこまでも控え目に微笑むマリーリカに、ミランが感極まった様子で断言していると、ここでエセリアが唐突に言い出した。


「ミラン、これを絵画展で発表したら、絶対話題になるわよ? 商会で発売する前に、絶好の宣伝ができるわ」

「校内で宣伝ですか?」

「ええ。その為にはまず、学園長の了承を得ないとね。至急学園長に小さなお孫さんがおられるかどうかを確認して、それから一番数が揃っているクーレ・ユオンのセットを大至急取り寄せないといけないわ」

 キラリと少々物騒に目を光らせながらエセリアが口にした内容に、何か察するものがあったのか、ミランが即座に頷いて動いた。


「それでは早速、店から取り寄せます!」

「私、今から学園長に、お伺いして来ますわ!」

「二人ともお願いね」

 カレナも宣伝によりクーレ・ユオンの売上が増えれば、材料を調達している自領が儲かる為、率先して駆け出して行き、マリーリカはそんな彼らを呆気に取られて見送った。


「あの……、何事ですの?」

 思わず尋ねたマリーリカだったが、ローダスは首を振って言葉を返した。

「あまり深く考えない方が良いかと思います」

「ですが、本当にこの絵は凄いですね。通常の絵ほど重ね塗りをせず、きちんと濃淡や透明感を出している所が秀逸です」

「ありがとうございます」

 続けてシレイアが感嘆の溜め息を漏らし、マリーリカが嬉しそうに礼を述べたところで、再びじっくりと絵を眺めていたエセリアが、何気なく問いを発した。


「でもマリーリカ。モデルが私で良かったのかしら?」

「どうしてですか?」

「アーロン殿下がこれを絵画展でご覧になったら、『素敵な絵だが、できれば私を描いて欲しかったな』とか仰って、拗ねてしまわれないかと思って」

 大真面目にエセリアがそんな事を口にした為、マリーリカは笑いながら言葉を返した。


「まあ、お姉様ったら! アーロン殿下はこんな事で、拗ねたりなんかなさいませんわ」

「やあ、マリーリカ。何やら私の話で盛り上がっているみたいだが、どうかしたのかい?」

 そこで急に割り込んできた声に、マリーリカは勿論、話に夢中でその人物が近付いて来た事に全く気が付いていなかった全員が、慌てて振り向いた。


「殿下!?」

「うん? 何の話をしていたのかな?」

 なんともタイミング良く現れたアーロンに動揺しながらも、マリーリカが説明する。


「その……、今度ワーレス商会で新しく発売される画材で、お姉様の絵を描いてみましたので、その御披露目をしておりました」

「これかい? ああ……、これは凄いね……」

 そしてテーブルに広げられていた絵を見下ろした彼は、感心したような声を出したが、何事かを考え込んでから徐に言い出した。


「これは文句の付けようがない、素晴らしい出来映えだが……。どうせ描くのだったら、エセリア嬢では無く、私を描いて欲しかったな。私は被写体としては、あまり魅力は無いのかな?」

 アーロンが笑顔でそう問いかけた途端、周囲で抑えようとして抑え切れなかった笑いが漏れた。


「ぶふっ!」

「くっ……」

「お、同じっ……」

「え?」

「エセリア姉様!」

 何故笑われたのかが分からないアーロンは困惑し、マリーリカが狼狽すると、エセリアはなんとか笑いの発作を静めてから、笑顔で彼に謝った。


「殿下、申し訳ありません。私がつい先程、これを見ながら『アーロン殿下にこれを見せたら、どうせなら自分を描いて欲しかったと拗ねるのでは』と口にしたばかりでしたので、つい笑ってしまいました」

 そう正直に告げると、理由が分かったアーロンは破顔一笑した。


「なるほど、そういう事でしたか。確かにちょっと妬けるし、拗ねたくなりますね。困った事にマリーリカは、私よりもあなたが大好きですから」

「まあ、困りました。殿下の恋敵になるつもりは無いのですが……」

「殿下もお姉様も、もうお止め下さい!」

 互いに笑いながらの冗談半分の会話を、マリーリカが顔を真っ赤にしながら窘める。その様子を見たエセリア達は余計に笑い出してしまい、その場には少しの間、楽しげな笑い声が満ちたのだった。



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