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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第1章 “楽しい”は唯一、絶対の正義です
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(7)世渡りの鉄則

「ええと、それじゃあ最初はこうだよな?」

「ええ、その状態からです。お兄様から駒を置いて下さい」

「分かった。それじゃあまず、こうだな」

「ふふっ、全くの初めてだから、条件は一緒よね。負けないわよ? ええと、こう!」

「やってくれましたね、姉上。それならここです」

「まあ、ナジェーク。ちょっと生意気よ?」

 最初は互いに少々自信なさげに駒を置き合っていたコーネリア達だったが、数手置いただけでだいぶ慣れてきたのか、軽口を叩きながらゲームを進めていた。その様子を眺めていたワーレスが、無意識に顎に手を当てて考え込む。


「ほう? これはなかなか……」

 商人の目でその対戦を観察していた彼の横で、ディグレスが感心した様子で娘を見下ろしながら尋ねた。


「エセリア、これは初めて見たが、全てお前が考えたのかい?」

「ええ、お父様。チェスは駒の動きが複雑すぎて、子供が覚えるのは大変です。ですがこれならルールがシンプルですから、すぐに駒の置き方が覚えられるでしょう?」

「確かにそうだな。それに駒の置き方は複数あるから、どこを選ぶかによってもかなり差が出てくるか」

「ええ、そういう事です」

 そう言って深く頷きながら、自分の考えを分かってくれた事に対して満足だったエセリアだったが、目の前で展開されている勝負を見ながら、先程から何回か気になっていた事が頭の中をよぎった。


(やっぱりお姉様もお兄様も、始めたら結構夢中になっているわね。これで全く予備知識がなくても、相手になって貰える事が分かったわ。でも……)

 そこで無意識に眉根を寄せていると、目の前でとうとう見過ごせない事態が生じた。


「ええと……、それなら、今度はここに」

「お姉様、お待ち下さい!」

「え? エセリア、どうかしたの?」

 思わず大声を上げて姉を制したエセリアに、当事者のコーネリアは勿論、他の者も全員驚いた顔を向けた。しかしその驚愕の視線を物ともせずにエセエリアは一歩前に足を踏み出し、手を伸ばして状況を説明する。


「確かにお姉様がここに置けばここの三つは白にできますが、次の黒番でここに打たれれば、すぐにそのまま黒にひっくり返されてしまいます」

「あ……、そう言えばそうね」

 具体的に指摘されて納得したコーネリアに、エセリアは更に説明を続けた。


「この場合、ここは放置して大丈夫ですから、ここの隅に置いて一つだけひっくり返しておきましょう」

「でもそれだと、ひっくり返せる数が少なくなるわよ? なるべく多くの駒を、自分の色に変えなければいけないのではなかったの?」

 そんな素朴な疑問を口にした彼女に、エセリアが語気強く迫った。 

 

「お姉様。ここの駒は、後々利いて来るのです。中央よりも縁、縁よりも角、狙うはここです!」

「そ、そうなの?」

「ええ。これは人生と同じです。目先の些細な出来事や良くに囚われてしまうと、大局を見失いますよ!?」

 そんな事を真顔で訴えられて、その場全員唖然となったが、コーネリアだけは辛抱強く問い返した。


「あの、エセリア? 大局って、何の事かしら?」

「例えば旦那の浮気を責め立てて、周囲に眉を顰められて自分の評判を下げるより、きっちり浮気の証拠を押さえて愛人を監視し、旦那の弱みを握った上で家計もしっかり押さえて婚家での実権を握るのです!」

「…………」

 年端もいかない子供にそんな事を主張されたコーネリアは思わず黙り込み、室内に沈黙が漂った。するとエセリアが兄に向き直り、話を続ける。


「お兄様に分かりやすい例えを申し上げると、お兄様は確か官僚として、王宮勤務を志していらっしゃいましたよね?」

「あ、ああ……。それが何か……」

「それでは将来お兄様が、無能でゲスい上司の下で働く事になったと仮定します」

 そんな仮定を持ち出されたナジェークは、すかさずその内容について突っ込みを入れた。


「ちょっと待って、エセリア。何だか今、貴族令嬢が使う言葉としてはもの凄くふさわしくない言葉が、聞こえて来た様な気が」

「その上司の下で業績を横取りされて腹を立てたお兄様は、更に上の役人に実情を訴えたとします。ですがそれは、策としては下の下です」

「え? それはどうしてだい?」

 予想外の事を言われて、思わず窘めるのを忘れた彼が問い返すと、エセリアはきっぱりと断言した。


「そんな無能でゲス野郎が出世しているのなら、その上も賄賂とかで丸め込まれている、カス野郎だからに決まっていますわ!」

「…………」

 その力強い主張に、再び室内に静寂が漂った。そんな中、エセリアの主張が続く。


「その場合、そのゲス上司に対しては愛想を振りまき、仕事を肩代わりして信頼を勝ち取った上で、陰でそいつの不正や駄目っぷりの証拠を密かに押さえて、国王陛下や最低でも大臣クラスに直訴するの! そんな『大事の前の小事』『負けて勝て』の精神を子供の頃から養うには、これは最適最善の玩具だと断言できます!!」

「あの……、負けて勝てって……、証拠を押さえるって……」

 自分の妹の無軌道ぶりを目の当たりにして、ナジェークは呆然としながら呟いたが、それとは逆にコーネリアは一気に興奮し、妹を褒め称えた。


「凄いわ、エセリア! あなたの年で、そんな立派な事を考えているなんて!?」

「え? あ、姉上?」

「お姉様?」

「本当に凄いわ! まるで老成した学者様みたいよ? 本当に尊敬するわ!」

「あ、あの……、確かにちょっと、生意気な事を言ってしまったかもしれませんわ」

(何か熱く語り過ぎてしまったから、怪しまれたかと思ったけど……。でも老成って、ちょっと微妙)

 姉の興奮ぶりにちょっと引いてしまったエセリアとナジェークだったが、コーネリアはそんな事には構わず、笑顔で弟を促す。


「じゃあ、ナジェーク。エセリアから人生とこの遊びについての神髄を教えて貰いましたから、それを踏まえて続きを始めましょう!」

「ええ、そうですね……」

 そして引き攣った笑みを見せながらナジェークも駒を取り上げて勝負を再開したが、その様子を眺めながら、ディグレスがふと思いついた様に娘に尋ねた。


「エセリア。因みに、この遊びには名前があるのかい?」

「ええ。逆転カーシスと名付けました」

「ほう? カーシスか。なるほど、確かにそうだな」

 そう言って深く頷く父の横で、エセリアが小さく苦笑する。


(だってオセロとかリバーシとか言っても、通用しないもの。名前の理由を尋ねられても、前世の知識だなんて言ったら、病人扱いされるに決まっているし)

 そこである事を思い出したエセリアは、斜め後ろに佇んでいるワーレスを見上げて声をかけた。


「あ、ワーレスさん。また作って欲しい物があるの。図案と説明を書いた物を持って来たから、また試作して貰えませんか?」

「はあ……、お伺いします」

(うふふ、順調順調。他にも色々考えはあるのよね。どんどん実現化していくわよ!)

 戸惑い気味に頷いたワーレスを見上げながら、エセリアは更なる構想を頭の中で思い浮かべ、一人満足げな笑みを浮かべていた。



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