(21)何はともあれ、一件落着
表には出ない小さなトラブルは幾つか発生したものの、エセリア達実行委員の面々がその都度適切に解決し、剣術大会は順調に進行していった。
そして最終日の最終試合。試合会場の片隅で兄と共に観戦していたエセリアの目の前で、審判役の騎士科担当教授が、片手を上げながら高らかに宣言する。
「勝負あり! 勝者イズファイン・ヴァン・ティアド!」
「やった……」
「くそっ、やられたな……」
判定と共に突き出した剣の動きを止めたイズファインは安堵の表情になり、その剣を払い損ねた体勢のクロードが悪態を吐きながらも、妙にすっきりとした表情で姿勢を正す。そして両者が教授に促されて、剣を鞘にしまってからどちらからともなく手を伸ばして握手すると、試合会場に健闘を讃える歓声と拍手が沸き起こった。
「決勝戦に相応しい、素晴らしい試合だったな」
そうナジェークが傍らに立つエセリアに告げると、彼女も微笑んで相槌を打つ。
「ええ、剣術などは門外漢の私にも、白熱した試合だったと分かりますわ」
それに軽く頷いてから、ナジェークはほど近くの観覧席に視線を向けながら、少々皮肉っぽく話を続けた。
「騎士団のお歴々も、ディオーネ殿も大層ご満足いただけたらしいな。首尾良く王宮で、陛下に進言していただけそうだ」
「学園長にも、感心していただけたみたいですね。課外活動も含めた、この盛り上がり。来年以降も定期開催していただけそうです」
「エセリアの目論見通り、学園内の生徒間の交流促進と、近衛騎士団への推薦方法変更を達成したわけだ。我が妹ながら、本当に末恐ろしいよ」
「お兄様、顔が笑っていますわよ? それではそろそろ、表彰式の準備をいたしましょうか」
「そうだな」
そんな会話を交わしてから、二人は共に試合会場の外側を回り込み、進行係の何人かと合流して段取りの最終確認をしながら、朝礼台のある所まで移動した。すると何故か指定していた時間より早いにもかかわらず、既に来ていたグラディクトが、仁王立ちでエセリアに盛大に文句を言ってくる。
「遅い! 私を待たせるとは、不遜すぎるぞ。さっさと表彰式の準備をしろ!」
「お待たせしまして、申し訳ございません」
一応、神妙に謝ってみせながら、グラディクトの叱責など内心ではあっさり受け流したエセリアだった。しかし同様に表彰式の準備をしていた者達は、一斉に彼に白い目を向ける。
「……何よ。晴れ舞台が待ちきれなくて、あんたが勝手に早く来ただけじゃない」
「シレイア?」
ボソッと自分の周囲にだけ聞こえる位の声で悪態を吐いた友人を、エセリアも声を潜めながら窘めた。それで彼女も気を取り直し、準備していた物を差し出す。
「分かりました。口にも出しません。エセリア様、こちらをお願いします」
「ええ」
そして笑顔で、これまで敗者に配られた物よりも大きく、精巧な刺繍が施された記章を受け取ったエセリアは、静かに閉会式が始まるのを待った。
「それでは、決勝戦表彰式を始めます。まずは惜しくも準優勝となった、騎士科上級学年所属クロードに、エセリア・ヴァン・シェーグレンから記念記章を授与します。二人ともこちらに」
「はい」
開会式と同様に引き出された朝礼台の上に乗ったナジェークが促し、エセリアとクロードが朝礼台に上がった。そして二人が向かい合ったところで、ナジェークが宣言する。
「それでは記章の授与です」
そして、それまでの敗者と同様、エセリアがクロードの左胸にピンで記章を留め、労いの言葉を口にした。
「おめでとうございます。惜しかったですね」
「確かにそうだが、全力で戦った上での結果だからな。悔いは無い」
「それは何よりでした」
笑顔で一礼したクロードに、エセリアも微笑み返す。そさてひとしきり拍手が沸き起こってから、ナジェークは進行を続けた。
「それでは引き続き、グラディクト王太子殿下から、優勝者のイズファイン・ヴァン・ティアドへ優勝記念のマントを授与し、その後、閉会のお言葉をいただきます」
エセリアとクロードが朝礼台を下りるのと入れ替わりに、マントを手にしたグラディクトとイズファインが上がったが、グラディクトは最初から上機嫌だった。
「やあ、イズファイン! さすがは部門の誉れ高い、ティアド侯爵家の者だけある! まあ、最初から、君の勝利は疑うべくも無かったがな!」
「はぁ……、恐縮です」
(何? あのハイテンション。ウザい……。あんなのに付き合わなくちゃならないなんて、イズファイン様、優勝したのに罰ゲームっぽいわ)
バンバンと勢い良くイズファインの肩を叩きながら、高笑いしているグラディクトを、エセリアは下からしらけた視線で見上げた。
「さあ、これが優勝者へ下賜されるマントだ。心して受け取るように」
「……ありがたき幸せです、殿下」
(うわぁ……、あんたが準備したわけでも無いのに、上から目線で偉そうに。しかも騎士団幹部の前で、王族に対して失礼はできないと、あんな恭しく受けざるをえないなんて……。イズファイン様、本当にお気の毒です)
グラディクトがふんぞり返って、折り畳んだままのマントを片手で差し出したのを見てエセリアは呆れ、更にイズファインがそれに応じて片膝を付いて両手で捧げ持つように受け取ったのを見て、心底彼に同情した。
そしてそれは彼女だけの感想では無かったらしく、横に立っているクロードが、舌打ちを堪える様な口調で囁く。
「おいおい、『下賜』って何様だよ。第一、あれを作ったのは女生徒達で、資材を提供したのはワーレス商会だろう? 自分では何もしていないのに、さも『くれてやるから、ありがたく受け取れ』的な態度はどうなんだ?」
「王室から多額の運営資金を頂きましたし、宜しいのでは?」
「確かに奴は王太子だが、寄付して下さったのは陛下で、あいつ自身ではないだろう?」
「確かにそうですが……。王家からと解釈して、ご自分が代表しているつもりなのでは?」
「それにしてもな……」
二人がこそこそと囁き合っている間にイズファインは受け取ったマントを広げ、自ら羽織った。それを見て生徒達が漸く歓声を上げ、ナジェークが閉会宣言をグラディクトに促す。しかし得意満面で口を開いた彼は、延々と語り出した。
「私は今回の名誉会長を務めた事を、実に誇らしく思う。この何日かの熱闘が、誉れ高いクレランス学園内において、確かに新たな1ページを記し、さらに……」
その話の終わりが一向に見えない為、司会役のナジェークは徐々にうんざりした顔付きになり、エセリアは小さく溜め息を吐いた。そしてクロードは気の毒そうに朝礼台を見上げながら、しみじみと感想を述べる。
「イズファインは、良く付き合うよな……。さすがは貴族様だ」
「クロード様、誉め言葉に聞こえませんわ」
「しかしな、俺は本当に、決勝戦で負けて良かったかもしれない。あの茶番に付き合わされるなんて、何の罰だ。俺だったら、あのマントを横柄に出された時点で『ふざけるな!』と暴れているぞ。大半の生徒も、最後の最後で興醒めしているし。あそこのおばさんだけは、凄く目をキラキラさせているが」
チラッと観覧席に目をやったクロードが口にした台詞に、エセリアは失笑してしまった。
「息子の晴れ舞台なのですから、微笑ましく見守って差し上げて下さい。ですが敗者が勝者を哀れむ事になるなど、前代未聞ですわね」
「全くだ。ある意味、学園史に残るぞ」
そして二人で小さく笑い合ってから、急にクロードが真顔になる。
「エセリア嬢。今回の事では、俺を含めた何人もの人間が世話になった。改めて礼を言わせて貰う」
「大した事はしておりませんし、国の要である近衛騎士団に優秀な人材が配属されるのは、貴族としても国民としても喜ぶべき事です。ですから改めて個人的に、お礼を言っていただく必要はありませんわ」
「そうだな。あんたは未来の王太子妃としては、もの凄く優秀だ」
苦笑いしながら頷いた彼に、エセリアも笑いながら返す。
「それでは、もの凄く優秀な未来の王太子妃からの忠告です。卒業まであまり時間がありませんが、言葉遣いをある程度直しておかないと、近衛騎士団入団後に苦労いたしますわよ? イズファイン様辺りに、特訓していただくとよろしいわ」
「ご忠告、拝聴いたしました。しかと、心に刻みつけておきます」
そして顔を見合わせて笑うと同時に、会場全体からパラパラと拍手が起こった事で、二人は漸くグラディクトの長演説が終わり、剣術大会が終了したのを認識したのだった。




