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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第3章 “学園”は、全力で避けたい鬼門です

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(19)不完全燃焼の怒り

「皆様、ご歓談中のところ、失礼いたします。今回の出場者全員の氏名や、普段の成績などを纏めた資料をお持ちしましたので、ご覧下さい」

 進み出たイズファインが、その場全員に声をかけながら書類を配り始めた為、父であるラドクリフは、椅子に座ったまま少々驚いた表情で彼を見上げた。


「イズファイン、お前もこの大会の運営に関わっていたのか?」

 その質問に、エセリアが笑顔で答える。


「はい、イズファイン様には出場に加え、準備段階から関わって頂きまして、本当に感謝しております」

「勿論、運営に関わっていても、無様な試合を皆様にお見せしない事を、お約束致します」

「当たり前だ、馬鹿者」

 笑って断りを入れた息子に、ラドクリフも苦笑いで返す。しかし次の瞬間、真面目な顔付きになって、息子に問いを発した。


「ところで、どうして試合参加者全員の資料が必要なのだ?」

 その当然の疑問に、イズファインはよどみ無く答えた。


「今回の試合日程ですが、前半二日間で予選を行って決勝戦選出者を十四人に絞り込み、一日空けて後半二日間で試合日程に余裕を持たせて決勝勝ち抜き戦を行います。その合間一日に、人気投票の集計を行う予定です」

「人気投票? どういう事だ?」

 全く疑問が解消されない為、ラドクリフが益々怪訝な顔になる中、イズファインは笑顔で説明を続けた。


「勝負は時の運。正にその通りだとは思いますが、惜敗した者の中にも、もう一度その勇姿を見たいと思われる生徒が、必ず何人かは出る筈です」

「確かに、そうかもしれんが、これはれっきとした試合だろう?」

「はい。ですが同時に、校内行事の一環でもあります。互いの健闘を讃え合い、より優れた好試合を見たいと望むのも、良しとするべきでは無いでしょうか?」

 そう尋ねる形でイズファインが口を閉ざすと、ラドクリフは少し考えてから推測を述べた。


「と言う事は……。その人気投票では、予選敗者の中で、また試合を見たい生徒の名前を書かせるのか?」

「ご明察です。それで上位二名を選出し、先程の正規に選出された十四名と合わせて、決勝戦を組み直して行います」

「それはまた、前代未聞だな」

 初めて聞く形式に、ラドクリフは勿論、彼の部下達も揃って驚いた表情になったところで、イズファインが説明を続けた。


「それで今回、騎士科生徒全員と、今年入学した教養科の者で、来年以降騎士科を目指す者が試合に参加しますので、誰がどのような試合をしたのか、印象に残る試合をした方を忘れたりしないように、全員の資料を作って配布する事にしたのです」

「各自、必要に応じて書き込んだり、贔屓の生徒をチェックするのに、役立つかと思いまして」

 エセリアが補足説明すると、ラドクリフ達は感心したように頷いた。


「なるほど、至れり尽くせりだな」

「ついでに普段の授業での教師の評価なども載せておきましたので、それを見ながらどの生徒が勝ち上がるのかを予想してみるのも、一興かと思います」

 その息子の発言を聞いて、ラドクリフはニヤリと笑った。


「イズファイン。お前も意外に意地が悪いな。上位成績者の余裕か?」

「とんでもありません。敢えて通常の成績を晒す事で、下手な試合などして早々に負けたりしたら、勘当ものです。これで自分自身を追い込み、完全に甘えを抜いて試合に臨むつもりです」

「それは殊勝な心掛けだな。まあ、頑張れ。確かに決勝に残れなかったら、勘当ものだ」

「騎士団長様は、少々身内に厳しくていらっしゃいますわね」

「これ位は当然です。我が家は代々武門の家柄ですからな」

 ディオーネが笑いながら会話に混ざり、ラドクリフがそれに楽しげに返したところで、首尾良く参加者のデータを受け取らせる事に成功したイズファインは、控え目に申し出ながら頭を下げた。


「それでは、私はそろそろ試合の準備をしなければいけませんので、失礼します」

「ああ、気の抜けた試合をするなよ?」

(イズファイン様、ナイスアシストでしたわ! 違和感なく、生徒の情報を受け取っていただけて良かった)

 ラドクリフに激励されて立ち去って行くイズファインの背中に向かって、エセリアは心の中で礼を述べた。


「しかし人気投票で、試合復帰者を決めるとは……」

「予想外のお話でしたな」

「これも先程の記章同様、偶々不運な参加者や、実力的にあと一歩及ばない参加者への救済措置として考えたものですわ」

 騎士達がしみじみと言い合っていた為、エセリアがさり気なく説明を加えると、ディオーネが嬉々として尋ねてきた。


「まあ……、それではこれも、グラディクトが考えたのですか?」

 しかしエセリアは、少々もったいぶって言葉を濁した。


「はっきりと、そう口にされたわけではございません」

「あら、どういう事かしら?」

「実は……、殿下が親しくされている騎士志望の方が、ご自分の技量がなかなか伸びないのを苦にしておられるのを目にして、日々、色々思うところがおありらしく……」

「そうでしょうね。あの子は思いやり深い、優しい子ですもの」

 ディオーネが相槌を打ったところで、エセリアが真剣な顔付きで述べる。


「ですが王太子のお立場では、あからさまに『友人の救済措置になるような制度を設けよう』などとは、口が裂けても言えません」

「ええ、勿論そうでしょうとも。国王たるもの、あからさまな依怙贔屓などできませんわ」

「ですから私から『こんな仕組みにしてはどうでしょう』とさり気なく提案してみましたら、殿下は少し困ったお顔をされたのですが、『良いのではないか』とのご判断をいただきまして、日程に組み込んでみた次第です」

 エセリアが神妙に話を締めくくると、ディオーネは彼女の手を取り、真剣な表情で懇願してきた。


「エセリア様。やはりあなたはこの国の王妃となるべく、生まれた方ですわ。これからもグラディクトの事を、支えてやって下さい」

「ディオーネ様、どれだけお役に立てるかは分かりませんが、全力を尽くすつもりですわ」

 穏やかな笑みを浮かべながら応じたエセリアを見て、ディオーネは勿論、騎士団の面々も感じ入ったように感想を述べ合う。


「なんて心強い言葉でしょう」

「本当に、次代の王室には不安がありませんな」

「誠に、結構な事です」

 そんな風に場が和んでいたところで、試合が始まった為、お役御免となって観覧席にやって来たグラディクトが、憤慨しながら訴えようとした。


「母上、お待たせしました。先程の挨拶をご覧になりましたか? あの女生徒達が無礼にも」

「まあ、グラディクト! 今ちょうどあなたの思慮深さに、騎士団の皆様が感心して下さっていた所なのよ?」

「は? 何がですか?」

 いきなり上機嫌に呼びかけられ、グラディクトが困惑しながら問い返すと、ディオーネが得意げに説明した。


「記章の事や、人気投票の事よ。皆様が素晴らしいと、絶賛して下さったのよ? エセリア様から伺ったのだけれど、どちらもあなたの発案なのでしょう?」

「どちらも本当に素晴らしいですな。殿下はお若いのに、次期国王として相応しい見識をお持ちだ。すっかり感服いたしました」

「え? あ、ああ……、それほど大袈裟に騒ぐ事でも無いがな……」

 運営に全く関わっていないグラディクトからすると、エセリアが何か勝手に変な事をやっているな、位の認識しか無かったのだが、そこまで絶賛されている事が全く預かり知らない事だとも言えず、更に誉められて悪い気はしなかった為、控え目に肯定した。するとラドクリフ達が、満面の笑みで口々に告げてくる。


「殿下は本当に、謙虚でいらっしゃる」

「武術一般が不得手であるが故に、敗者の心情を正確に理解し、その上で救済措置を講じようとお考えになるとは、誠に感じ入りました」

「……え?」

 そこでグラディクトは僅かに顔を引き攣らせたが、近衛騎士達の声高な主張は更に続いた。


「ご安心下さい、グラディクト殿下! 殿下が全く武術に長けておられなくとも、常に私達近衛騎士団が控えております!」

「そうですとも。荒事は私どもにお任せになって、技量不足のご友人を案じて配慮する如く、臣下に目をお配り下さい」

「良かったわね、グラディクト。騎士団の方々から頼もしいお言葉をいただけて」

「はぁ……、心強い限りです」

 武術が不得手である事を大っぴらに語られて、グラディクトは内心で憤慨していたものの、母親が能天気に喜んでいる上、先程の功績を自分の物と口にした手前、迂闊にそれを否定する事もできず、なんとか言葉を返した。しかし彼の神経を逆撫でする会話が、容赦なく続けられる。


「本当にエセリア様は、心配りのできる得難い方だわ。グラディクト、あなたはこんな有能な婚約者を得られて果報者ね」

「誠に……、そうですね」

 そしてエセリアに向き直った彼は、一応笑顔を作りながらも、彼女に鋭い視線を向けた。対する彼女も優雅に微笑みながら、心の中で彼をあざ笑う。


(あらあら、顔が引き攣っているわよ? 誉めるなら、真剣に誉めて頂きたいわね。私の事が気に入らないなら、さっさと婚約破棄しなさいよ)

(この女、私が武術一般が不得手だと、母上や近衛騎士達の前でほざいたな? それなのにどうして心配りができるなど、誉めなければならないんだ!? ふざけるな!)

 そんな二人の関係は、一見友好的でこれ以上は無い位お似合いに見えたが、実際のところはかなり険悪な状態に陥りつつあった。



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