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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第3章 “学園”は、全力で避けたい鬼門です

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(8)騎士科の内情

「あんた達は、騎士科所属生徒の、卒業後の進路を知っているか?」

 カフェの一番大きなテーブルを占拠して各自が席に落ち着くなり、クロードからいきなりそう問われて、エセリアは戸惑いながら答えた。


「……騎士になるのではないのですか?」

「だろうなぁ……」

(あら? 私何か、変な事を言ったのかしら?)

 クロードは勿論の事、他の二人も苦笑いの表情になった為、エセリアは内心で戸惑った。ここでサビーネが、控え目に会話に割り込む。


「エセリア様。騎士と言っても、大きく二種類に別れます。主に王都や王家直轄領で勤務して、王族や官吏の方々を警護する近衛騎士と、国内の巡回や国境警備に当たる即応騎士です」

「そうでしたか。不勉強で、申し訳ありません」

 素直に謝ったエセリアだったが、クロードは彼女を笑顔で宥めながら、サビーネも誉めた。


「いや、大貴族のお嬢さんなら身内が騎士になると言っても、近衛騎士しかあり得ないし、知らないのも無理はない。だがそちらのお嬢さんは、さすがイズファインの婚約者だな」

「ありがとうございます」

「それでは話の流れからすると、騎士科所属の方は貴族出身かそうでないかによって、進路が別れるのですか?」

 これまでの短い会話から推察した内容をエセリアが口にすると、クロード達は瞬時に笑みを消して肯定した。


「そうだな。俺達もイズファインの様な実力保持者が、近衛騎士として王都で華々しく活躍するのに、何の異存も無い。だが、あのバーナムのようなカス野郎に関しては、話は別だ」

「あの方と、何がありましたの?」

 その問いかけに、クロードが何か言う前に、彼の友人が反応した。


「俺達平民でも騎士科教授陣の推薦で、毎年何人かは近衛騎士団に入団できるんだが、内定していたクロードの推薦を、バーナムの奴が圧力をかけて、自分へのそれに変更させたんだ」

「一体どうして、そんな事に?」

 普通に考えれば有り得ない事態に、エセリア達は怪訝な顔になったが、クロードが忌々しげに語った内容を聞いて、揃って顔を強張らせた。


「担当教授を問い質したら、奴と奴の実家に脅されたと教えてくれた」

「何ですって?」

「偶々その教授の娘が、奴の親戚筋に嫁いでいるんだが、結婚してから十年近く経っても子供がいないそうだ。『そんな跡継ぎを産めん役立たずな女など、いつでも別れさせる事ができるがな』とほざいたとか。娘夫妻は子供が無くとも夫婦仲はすこぶる良いそうで、教授が相当悩んだ末、俺に頭を下げた」

「…………」

「まあ! そんな事を!?」

「何て恥知らずな方でしょう!」

 エセリアは無言で顔を顰め、サビーネ達は口々に怒りの声をあげる中、クロード達の自嘲気味の声が続いた。


「だが表沙汰になってはいないが、多かれ少なかれ、これまでも似たような事は毎年行われてきているからな」

「俺達のような平民は、卒業したらすぐに即応騎士になって、国境付近で展開される大規模な軍事演習に参加する覚悟はできているが」

「奴がさっき、『下賤な奴らは所詮、血と埃にまみれてしか忠誠を示す事ができない愚か者どもだからな』とか、高笑いしながら放言していたものだから、ついカッとなって吊し上げていた」

「許し難いですわ……」

「そんな人間が近衛騎士として、大きな顔をしているなんて……」

「イズファイン様は、この様な事をご存じないのかしら?」

 友人達からの非難の声を聞きながら、エセリアは静かにクロードに確認を入れた。


「……もう少し、教えて頂きたいのですが。騎士科の皆さんの評価をなさるのは、学園内の教授陣だけなのでしょうか?」

「はぁ? 当然そうだが?」

「そして学園の騎士科の教授陣は、容易に権門におもねる様な、日和見な方ばかりなのですか?」

「教授達の名誉の為に言っておくが、人に教える力量を持つだけあって、平民ながら這い上がった方々が多い。しかし俺の担当の教授は貴族だが、それでも色々な方向から圧力を受けると言う事だ」

「なるほど。事情は良く分かりました」

 クロードが真顔で恩師を庇う発言をしたところで、エセリアも重々しく頷いた。するとカフェの出入り口の方から、甲高い声が聞こえてくる。


「あ! 居ました! あいつです!!」

 その声を耳にした一同が顔を向けると、得意満面のバーナムがグラディクト以下、取り巻きを引き連れて、真っ直ぐ自分達の方に向かって来るのを認めて、忽ち険悪な雰囲気になった。


「ちっ! おいでなすったか」

「おうおう、ぞろぞろと腰巾着を引き連れて」

 クロード達が腰を浮かせかけたが、それをエセリアはやんわりと制止した。


「皆様、この場は私に任せて頂けませんか?」

「はぁ?」

「決して、皆様の悪い様には致しません」

 それを聞いた彼らは一瞬顔を見合わせたものの、すぐにクロードが頷いた。


「分かった。俺達はどうすれば良い?」

「平然としていて下さい。あなた方が謝罪する必要が無い位に、不埒者を言葉の刃で切り刻んで差し上げてみせますわ」

 不敵に笑いながら、そんな事を言ってのけたエセリアに、クロードは思わず笑いを誘われた。


「それはそれは……、本当にお手並み拝見と決め込んで良いのか?」

「お任せ下さい」

「エセリア様、頑張って下さいませ!」

「私達、幾らでも加勢致しますわ!」

 サビーネ達も目を輝かせながら声援を送ると、グラディクトが至近距離までやって来て、一方的に怒鳴りつけた。


「エセリア! 貴様、バーナムを侮辱したそうだな!? しかもそいつらの様な平民に肩入れするとは何事だ!!」

 その怒声で、カフェに居合わせた者は全員、エセリア達がいるテーブルに視線を向けたが、当の彼女は座ったまま、良く響く声で優雅に答えた。


「まあ……、一体何事ですの? 私は先程こちらのクロード様から、そちらのバーナム様が来年、近衛騎士団に就任するというお話を聞いて、賞賛の言葉をかけただけですが?」

「何だと!? 白々しいにもほどが」

「それではバーナム様が、近衛騎士団へ推薦されたと言うクロード様の話は、間違いなのですか?」

 声を荒げたグラディクトを半ば無視しながらエセリアが問いかけると、バーナムは堂々とそれに肯定の返事をした。


「いや、間違いでは無い」

「それではバーナム様が、由緒正しい名誉ある家の出身である上に、その実力を正統に教授陣に認められて、騎士団への推薦が決まったと言うお話に、何か誤りはございますか?」

「いや、それも全くその通りだ」

「それなら血と埃にまみれるしか忠誠を示す事ができない下賤な平民出身の騎士など、十人位束になってかかって来ても、足下にも及びませんのよね? 先程もそう仰っておられましたし」

 エセリアがクロードから聞いた話を微妙に誇張して口にした途端、カフェ内にいる平民出身の生徒、それに加えて貴族出身でも変な選民主義など持ち合わせていない者達から、バーナムに向かって一斉に非難の眼差しが向けられた。しかし当の本人は、それに全く気が付かないまま胸を張って言い返す。


「そんな事、当たり前だ! 私は騎士団の頂点に輝く、近衛騎士団への入団が決まっているのだからな!」

 その主張を聞いたエセリアは、わざとらしく首を傾げてみせた。


「それでは何をもって、私がバーナム様を侮辱したと仰るのでしょうか?」

「とぼけるな! そちらの三人がバーナムを取り囲んで、恫喝していたのを止めなかったばかりか、貴様がそちらに加勢したではないか!?」

 ここで漸く今まで無視されていたグラディクトが会話に割り込んだが、エセリアは尚も不思議そうに問いを重ねた。


「それではお尋ねしますが、『下賤な平民出身の騎士など、十人位束になってかかって来ても、足下にも及ばない』位、将来を嘱望されている近衛騎士予備軍のバーナム様が、たかが三人の取るに足らない平民出身の生徒に囲まれて、恫喝されたと仰るのですか? 更に、王太子殿下に助けを求めるなど、有り得ませんでしょう。そんな己の力量の無さをさらけ出すが如き行為をなさるとは、とても信じられません」

「何だと!?」

「それはっ……!」

 咄嗟に反論できなかった二人に対し、エセリアは笑顔で語りかけた。


「ですからバーナム様のお話は、ひとえに王太子殿下に自分を賞賛して貰いたかった故の、無言の訴えだったのですわ」

「はぁ?」

「何を言っている」

 話の流れが全く見えなくなり、グラディクトとバーナムが唖然としている中、エセリアは冷静に言葉を継いだ。


「先程、私なりにバーナム様を賞賛致しましたが、剣術の知識は皆無に等しい私では、見当違いの言葉を並べ立ててしまったみたいですね。同時に下賤なこちらの三人も、彼らなりにバーナム様を褒め称えておりましたが、上品な言葉が身に付いておらず、容姿や立ち居振る舞いも粗野で、バーナム様には恫喝と見えたに過ぎ無いのです」

「お前、そんな口から出任せを!」

 グラディクトが怒りの形相で叫んだが、エセリアは如何にも困ったものだと言わんばかりの口調で、彼に言い聞かせた。


「ですからバーナム様は、『この様な下賤な者達の将来が心配だ』と愚痴を零されただけですわ。ついでに高貴な殿下からの誉め言葉も頂きたいと、些細な願いを胸に秘めていただけですから、本当に悪気も無かったのです。殿下もそこら辺の空気を読んで、見当違いの叱責をなさる暇があったら、もっとバーナム様を美辞麗句で褒め称えて下さいませ」

「なっ! エセリア、貴様!」

 完全に論点のすり替えを行った挙げ句、やんわりと責められたグラディクトは、怒りを炸裂させようとしたが、このひと月の間にエセリアの行動パターンを完全に把握していた彼女の友人達が、こぞってバーナムに対する誉め言葉を声高に唱え始めた。



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