(53)一段落
「失礼いたします」
(ナジェーク様!? ああ、これも仕込みの一環ですか、そうですか……)
二人連れの一方がナジェークだったことで、ルーナは色々諦めてひたすら傍観することにした。
「陛下、至急確認したい事柄が発生した為、急ぎこちらに参上致しました。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「それは構わないが……。どうかしたのか?」
歩み寄った二人が恭しく一礼してから申し出たことで、エルネストは怪訝な顔になりながら応じた。それを受けて、ナジェークと共に出向いた男性が語り出す。
「陛下、私は財務局に所属しているアラン・オルガーノと申します。今現在王太子補佐官を務めているナジェークとはかつての同僚で、今でも友人付き合いをしております」
「所属は分かった。それでアランとやら、至急に確認したい事とは何かな?」
「実は私は前年まで、ナジェークから愚痴めいた事を、時折聞かされていたのです。『王太子殿下は、婚約者である妹の事を、どのように考えているのだろうか』と。よくよく聞けば、招待された茶会や夜会にパートナーとして同伴される以外に、個人的にどこかにお誘いいただいた事も、王家から折りに触れ贈られる物の他に、殿下個人から贈られた物なども皆無だったそうで」
(ええ、全くその通りですね! 国王陛下や王妃陛下のお名前では頂戴して、きちんと返礼もしているけど、グラディクト殿下からはただの一度もありませんね! それは私が、一番良く存じていますとも!)
エセリア付きであるルーナはこれまでの経緯を思い返し、アランの主張に深く頷いた。
「ですが一週間程前、王太子殿下から財務局に対して、ある支払いの申請があったもので、それを目にした私は安堵したのです。それは王太子殿下の予算内から、交際費扱いとする『婚約者への贈答品』への、支払い申請でした」
「嘘だ! でたらめだ! 私はちゃんとエセリアに贈ったぞ! 金に飽かせてドレスを作りすぎて、どれがどれだか分からなくなっているだけだろうが!」
(はぁ!? そんな物、頂いてなんかいないわよっ!! 何ほざいてんの、この嘘八百ろくでなし王子がっ!! もう我慢できない! ガツンと言ってやるわ!)
完全に腹を立てたルーナが勢い良く立ち上がったが、彼女がグラディクトに罵声を浴びせる前に、アランが鋭く指摘した。
「私は先程、『贈答品』と口にしただけですが? それなのに殿下は、それが宝飾品でも美術品の類でもなく、『ドレス』だと正確に把握しておられますね。つまり第三者が請求書を捏造して、有りもしないドレスの代金を着服したわけでは無く、殿下ご自身が請求書の中身を確認し、『婚約者への贈答品』であると財務局へ支払いの指示をされた事が、今の発言で判明したわけです」
「……っ、それは!」
「それから、どなたへのドレスを作らせたのかを明確にする為に、支払先の店舗に問い合わせました。ナジェーク、頼む」
「分かった」
(語るに落ちるとは、まさにこの事ね。エセリア様のドレスを作ったのではないことは確かだから……、そうなるとまさか、あの嘘つき女用のドレスとかではないでしょうね?)
冗談ではないとルーナが腹立たしく思っていると、隣席の女生徒が怪訝な顔で見上げながら尋ねてくる。
「あの……、急に立ち上がって、どうかされましたか?」
「あ……、い、いいえ、なんでもありません。すみません、お騒がせしました」
慌ててルーナが着席すると、その間に講堂の出入り口に戻ったナジェークが誰かを招き入れており、彼は舞台の前にその人物を連れていった。
「陛下にご紹介いたします。こちらは先程の話に出ていたドレスを作製した、仕立店店主のリモージュ殿です」
「国王陛下! 王妃陛下! お目にかかる事ができて光栄でございます! この度は私どものような、決して一流とは言えない店に、王女様のご衣装を整える機会を与えていただきまして、誠にありがとうございました!」
間近で国王夫妻に接するという望外の幸運に、リモージュは嬉々として礼を述べたが、エルネストとマグダレーナは揃って当惑した。
「はぁ? 王女?」
「リモージュ殿、何の事ですか?」
「え? 陛下のご落胤のお嬢様を、一昨日の建国記念式典でご披露する為に、あのドレスを仕立てさせたのではないのですか? 王太子殿下の指示でお嬢様を連れて来られた近衛騎士の方が、そのような事を口にしておられたのですが。その方が惜しげも無く、破格の前金を支払ってくださいましたし」
(え? ちょっと待って。まさか王太子殿下が公金の使い道を誤魔化しただけではなくて、あのアリステアという人は言うに事欠いて王女だと名乗ってドレスを作ったわけ!? そんな怖すぎること、お願いだから誰か否定して!!)
とんでもない可能性に気がついたルーナは、顔色を変えて前方を凝視した。下手したら修羅場かと恐れおののいた周囲の懸念をよそに、マグダレーナは国王の隠し子疑惑を一蹴してから、口調だけは穏やかにエセリアを扇で指し示しつつリモージュに確認を入れる。
「それではリモージュ殿にお尋ねしますが、そのドレスを仕立てた令嬢と言うのは、そちらの女性ですか?」
「は? ……いえいえ、こんなに美人で上品な、如何にもお姫様という感じのお嬢様ではございません」
「そうですか……。それではこの場に、該当する令嬢は存在していますか?」
「この場にですか? ええと……、少々お待ちください」
リモージュが講堂内の観覧席を見回し始め、そこでナジェークとアランによってグラディクトの背後に隠れていたアリステアが引き出されると、リモージュは彼女に向かって満面の笑みで頭を下げた。
「ああ、王女様! そちらにいらっしゃいましたか! その節は当店をご利用いただき、ありがとうございました!」
「あっ、あなたなんか知らないわ! 誰よ!」
「お忘れですか? あのピンクと白を基調としたドレスを作りました、仕立屋の店主です。ああ、型紙も残っておりますから、お嬢様の体型に合わせたドレスを、またすぐにお作りする事ができますので。またご入り用の時には、是非お声をかけてくださいませ」
「しっ、知らないって言ってるでしょう!」
「そうだ! 私がドレスを作ったのは、あのエセリアにだ!」
「あのお嬢様には、こちらで初めてお目にかかりましたので、あの方の型紙は店に存在しておりませんが?」
「……っ!」
狼狽しながらグラディクトとアリステアが関わり合いを否定したが、リモージュが真顔で断言したことで完全に反論を封じられた。そんな二人に対し、マグダレーナが冷えきった声で通告する。
「成績表の改ざんに関しては、まだ学園内の問題ではありましたが、王女呼称の詐称と公金の私的流用とは……。もう申し開きなど、できないものと思いなさい」
「私、王女だなんて、一言も言ってません! それにグラディクト殿下の婚約者になる予定だったんだから、予定を前倒しして請求したって、別に構わないじゃないですか!!」
その叫びを聞いたケリーが、血相を変えてアリステアを嗜めた。
「アリステア! 両陛下に対して不敬だぞ! 黙りなさい!」
「だって! どうして王太子なのに、ドレスの一枚も自由に贈れないの? おかしいじゃない! 王妃様は普段から、あんな派手なドレスを着てるのに!」
「アリステア!!」
(これは駄目だわ……。王妃陛下を指さしながら、喚き立てるなんて。幾ら国教会の重鎮である大司教様でも、庇いきれないわよ。最悪庇うどころか、大司教様の責任問題になりかねないわ。どこまで傍迷惑な人なのかしら)
悲鳴じみた声を上げたケリーに対してルーナが心底同情したところで、これまで延々と続いていた茶番に終止符が打たれることになった。
「それでは国王の名において、今回の審議の結論を申し渡す。王太子グラディクトによる、婚約者エセリア・ヴァン・シェーグレンに対する糾弾は、全くの事実無根であると断定し、エセリア嬢に全く非は無いことを認定する」
「ありがとうございます」
淑女の礼を取ったエセリアにエルネストは穏やかに微笑んでみせたが、続けて息子を見下ろした表情は、それとは対照的に険しかった。
「同時に、我が長子グラディクトに関しては、王太子としてのみならず、王族として遇するには甚だその素質に問題がある事が判明した為、この場において王太子位を剥奪し、更に王族籍を抜いて臣籍降下させる事とする」
「そんな!? 王太子位剥奪の上、臣籍降下!? 父上、何故ですか!!」
(ここまで醜態を曝していたのだから、当然でしょうが。寧ろ、王族のままでいられると思う方がおかしいわよ)
心の中でルーナはばっさりと切り捨て、講堂内にいる者の中で誰一人として問題の二人の擁護をせず、引きずられるようにして連行されていく彼らを黙って見送る。そして空気が弛緩したのも束の間、新たな問題が発生した。




