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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第2章 “人脈”は、得難い最高のスキルです

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(19)家庭争議勃発の末……

「……戻ったよ」

 どことなくふらつきながらミランが店に帰り着くと、ワーレスは不思議そうに末息子に声をかけた。


「おう、ミラン。随分遅かったな。何かあったのかと思って、公爵邸に誰か様子を見に行かせようと思っていたところだ。……おい、どうした?」

 半ば自分を無視して奥に進もうとした彼の背中にワーレスが声をかけると、足を止めたミランは顔だけ向き直って告げた。


「お嬢様に頼まれた原稿を、母さんに渡してくる。この時間なら戻って、部屋に居るよね?」

「あ、ああ……。だがもうすぐ夕食だからな?」

「……うん」

 そしてどことなくどんよりとした空気を纏わせながら、再び奥へと進んだミランを見て、ワーレスは「何なんだ? ミランの奴」と首を捻った。


 ほどなくして夕食の時間になり、食堂に家長のワーレスと息子三人が顔を揃えたが、何故か姿を見せない妻について、ワーレスが控えていた使用人に尋ねた。

「うん? ラミアはどうした?」

「それが……、奥様は只今お忙しいと仰って、先に皆で食べていてくれと仰っておられまして……」

 彼女が困惑気味に答えると、ワーレスはそういう事もあるかと頷いて食事を始める。

「そうか? それなら先に食べているか」

 そして食べ始めたワーレスだったが、少ししてから苦笑いしつつミランに尋ねた。


「ミラン。お前、今日はどんな原稿をお預かりして来たんだ? ラミアがそんなに食いつくなんて」

「また売上倍増の予感がするな。そんなに凄い力作を、エセリア様から預かってきたのか?」

「母さんが本だけを売る店舗を出すと言い出した時には、正直何を血迷ってと思っていたが、今ではワーレス商会の一翼を担っているしな。本当にエセリア様のお陰だよ」

 父親に引き続き、長男のデリシュと次男のクオールも楽しげに会話に加わったが、ミランは家族と視線を合わせない様にしながら、ぼそぼそと告げた。


「それが、その……。一応読ませて貰ったんだけど、僕にはどこがどう良いのか分からなくて……」

「はぁ?」

「子供向けでは無かったという事か?」

 ワーレス達は首を傾げたが、ミランはそれに軽く首を振ってみせてから、小声で続けた。


「子供向けとか大人向けとかの問題じゃなくて、男性同士の恋愛の話だった……」

「……は?」

 周りの者達は何を言われたのか咄嗟に理解できず揃って固まったが、そんな反応には構わず、ミランは説明を続けた。


「それで……、その話の主人公のモデルがシェーグレン公爵家のナジェーク様で、その恋人役がクリセード侯爵家のライエル様なんだ。因みに、その二人を引き裂こうとする、主人公の姉で恋人役の婚約者のモデルがコーネリア様で」

 そこまで言ったところで、ワーレスが力任せにテーブルを叩きながら怒声を上げた。


「ミラン! お前、何を考えている!! そんな物を公にできるわけ無いだろうが!!」

「だけどそれを読んだコーネリア様が絶賛して!! 僕に『これは是非とも世に広めなければ!』って言って押し付けてきたから、とてもエセリア様に突き返せる雰囲気じゃなくて!!」

 自分に負けじと声を張り上げた息子の主張を聞いて、ワーレスは盛大に顔を引き攣らせた。


「……既にコーネリア様が、お読みになっただと?」

「うん。だから取り敢えず出版の可否について、母さんの判断を仰ごうかと」

「そんな事、無理に決まっているだろうが!!」

 再び叱りつけてミランの台詞を遮り、勢い良く立ち上がったワーレスは、そのまま駆け出して食堂を出て行った。


「お前……、苦労してるんだな」

 父親を見送ってから、思わずと言った感じでクオールが憐憫の視線を弟に向けたが、ここでデリシュが椅子を蹴倒しながら立ち上がり、弟達を叱りつける。


「悠長に、そんな事を言っている場合か!? まだ夕飯を食べに来ないところをみると、母さんはその原稿を読みふけっているぞ! 激突必至だ!!」

「兄さん、ちょっと待て!」

「僕も行く!」

 険しい顔付きで父の後を追ったデリシュを、更にクオールとミランが追いかけ、すぐにラミアの私室前に到達した、そこでは息子達の予想に違わず、室内で夫婦間で激しい論争が繰り広げられていた。


「ラミア! 馬鹿な事は止せ! そんな物が売れるわけは無いだろう!?」

「何をたわけた事を言っているの! 固定観念に縛られていて、商売を維持拡大できると思っているわけ!?」

「勿論、色々挑戦するべきだとは思うが、世の中に受け入れられるかそうでないかの判断位は付けろ!」

「本専門の店舗を立ち上げる時も、あの時あなたは採算が取れないとかなんとか抜かしたわよね? 商人としての勘が鈍っているんじゃない!?」

「あれとこれとは、問題の本質が違うだろうが!? 同性間の恋愛など、教義で認められていないものを書いて、教会に睨まれるぞ!!」

「教会が怖くて商売ができますか!! あそこは他人の稼ぎを労せずに吸い上げるだけの、強欲で無能の集団よ! 大体先駆者と言うものは、いつの時代も白眼視されるものだわ!!」

「教会に対して不敬な発言をするな!! お前はワーレス商会を潰す気か!?」

 ドア越しにも聞こえてくる両親の怒鳴り声に、デリシュは片手で顔を覆って項垂れた。


「駄目だ……。収拾が付きそうにない」

「兄さん、止めなくて良いのか?」

「あの中に割って入れと?」

「……無理だね」

 クオールも沈鬱な表情で呟き、ミランが顔色を悪くしながら長兄に尋ねる。


「デリシュ兄さん。どうなると思う?」

「どうもこうも……、売り出すしかないんじゃないのか? あの状態の母さんに、父さんが勝てるわけがない。絶対、押し切られるに決まっている」

「…………」

 そうデリシュが断言したところで兄弟三人は顔を見合わせ、揃って盛大な溜め息を吐いた。


 ※※※


 ワーレス商会で、人知れず激しい路線対立が生じてから約半年。

 シェーグレン公爵家では十五歳になったコーネリアが、伯爵家以上の上級貴族の子女には入学が義務付けられている、クレランス学園への入学準備を進めていた。


「お姉様、入寮の準備は進んでいますか?」

「ええ。あとは細々した物を纏めるだけね。でも、それが一番大変だけど」

「そうですね。寮に持ち込める量には、制限があると思いますし」

 姉妹だけでのんびりと、しかしどことなく寂しそうに姉とテーブルを囲んでいたエセリアだったが、内心では焦燥感に駆られていた。


(ああ……、やっぱり私も十五になったら、貴族令嬢の義務としてクレランス学園に入学しないといけないのよね。それは仕方がない事だし、回避しようがないけど……)

 そんな事を考えていると、コーネリアが実にしみじみとした口調で言い出す。


「寮に入ったら、色々なお友達ができそうで楽しみだけど、エセリアの新作がすぐに読めなくなるのは残念だわ……」

「ええと……、新作が出来次第、寮に届けさせますね?」

「ありがとう。寮で読み終わった後は周りの人に貸し出して、本を宣伝するわね?」

「……ありがとうございます」

 姉に優雅に微笑まれたエセリアは、辛うじて笑顔らしきものをその顔に浮かべながら、言葉を返した。


(半年前に売り出したBL本、大っぴらに宣伝なんかしてないのに口コミで徐々に売れ初めて、今では十分採算が取れているとミランが言ってたわね。お姉様のお茶会ネットワーク、恐るべし。それに今後は寮内ネットワークが追加されるのね……。本当に、感染力が凄まじいわ)

 思わず遠い目をしてしまったエセリアだったが、ここでドアがノックされ、カルタスが姿を現した。


「エセリアお嬢様。ワーレス商会のラミア会頭夫人とミラン殿がいらっしゃいました」

「え? そんな予定も約束も無いけど?」

 本気で驚いたエセリアだったが、カルタスもいつもの彼らしくなく、困惑した表情でお伺いを立ててくる。


「はい、お二方も『失礼を承知で、大至急エセリア様にお目にかかってご報告しなければいけない事がある』と仰っておられまして。お顔の色も相当お悪い様ですが……、どう致しましょうか?」

 それを聞いたエセリアは無言で考え込んでから、姉に視線を向けた。


「申し訳ありません、お姉様。失礼しても宜しいでしょうか?」

 その申し出に、コーネリアが鷹揚に頷く。

「ええ、構わないわ。ラミア夫人までわざわざ出向いて来るなんて、きっとよほどの事よ。話を聞いてあげなさい」

「ありがとうございます。失礼します」

 そうして腰を上げたエセリアは、カルタスの先導で廊下を進みながら(一体、何事かしら?)と首を捻った。



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