(13)不思議なおじいさん
ルーナが勤務を始めて半月程が経過した頃、家族全員が顔を合わせた夕食の席で、ゼスランとミアが真顔で尋ねてきた。
「ルーナ、お屋敷の仕事は慣れたかな? 色々大変だろう」
「確かに色々覚えることがありますけど、皆、親切に教えてくれますから、大丈夫ですよ?」
「そうなの? メイド長が厳格そうな方だったから、どんな職場なのか心配だったんだけど……。緊張して疲れない?」
「ちゃんと休憩は取らせてくれてますから。それに今日は王都から、公爵様とご家族全員がこちらにいらしたの。その準備で、周りの皆が何日か前から休憩を取れているのか不思議なくらい、本当に忙しく働いていたけど、私はしっかり休ませて貰って、申し訳ないくらいだったから」
「それなら良いけど……」
ゼスラン達は、まだ懸念を隠せない様子だったが、ここでネーガスが苛立たしげに会話に割り込む。
「入ったばかりの小娘が、どれ程の使い物になるというんだ。働いても休んでいても、大して違いがないと言うことだろう。休まれては困ると言われるくらいにならないと、一人前とは言えんな」
「お父さん!」
「またそんなことを!」
(言われてみれば尤もだわ。気軽に仕事をして休ませて貰えるのは、今だけかもね)
ゼスランとミアは声を荒らげたが、ルーナは素直に頷いた。
「そうですね。あっさり休ませて貰えるうちは、ありがたく休ませて貰うことにします」
「…………」
納得している様子のルーナを見て、他の者は何も言わずに、ネーガスに物言いたげな視線を向けた。
(そういえばお屋敷で働き出してから、変な視線を感じていないのよね……。ずっと適度に緊張していることで、変な妄想とかを感じる暇がないみたい。やっぱりお屋敷勤めをして良かったわ。ちゃんと体質改善できるように、この調子で頑張ろう)
ネーガスが他の者達から向けられる視線に少々居心地悪そうに目を逸らす中、それに全く気がつかなかったルーナは、一人で納得していた。すると大人達の微妙な空気に気がつかなかったアリーが、笑顔でルーナに頼んでくる。
「あ、おねえちゃん。かしてもらった本、明日には読み終わりそうなの。また新しい本をかしてくれる?」
「そうなの? 分かったわ。新しいのを借りてくるから。面白かった?」
「うん! とっても! むずかしい言葉がいっぱいあったけど、続きがどうなるのか気になって、がんばって読んだ!」
「本当よ? アリーは自分で言葉を調べながら、一人で読みきったんだから。褒めてあげて?」
この間のアリーの奮闘をリリーが教えてくれた為、ルーナは笑顔で妹を褒めた。
「そうだったの。偉いわね、アリー。良く頑張ったわ」
「うん! もっと読みたい!」
そんな風に少女達でほっこり和んでいると、ネーガスが訝しげに問いを発した。
「アリーは何を読んでいるんだ?」
それにリリーが即座に答える。
「小説という物よ。去年辺りから出回り始めた物で、ワーレス商会の支店に見に行ったら、色々並べてあったわ。それで目移りして困ってしまって。まだ一冊も買っていないの」
苦笑まじりの孫娘の話を聞いて、ネーガスは反射的に憎まれ口を叩いた。
「ふん! そんな得体の知れない物を読むのは、女子供くらいのものだろうが!」
「ええ。お店の人に聞いたら、昨年から王都では女性と子どもに大人気なんですって。この辺りでも、だいぶ売れるようになってきたそうよ?」
「…………」
リリーにさらりと笑顔で返されて、ネーガスは憮然とした表情で口を閉ざした。それを見たゼスラン達は笑いを堪え、ルーナは一人考えを巡らせる。
(そうね。アリーが凄く喜んでいるし、お給金が出て私にも余裕で買える値段だったら、一冊買ってあげよう。でもワーレス商会って、どこにあるのかな? リリーお姉さんに聞いて、お屋敷の反対方向でなければ、明日帰りにちょっと寄ってみよう)
そして翌日、ルーナはその考えを実行に移した。
「実際に買う前に、やっぱりどんな物があるのか調べておきたいしね。ええと……。お姉さんから教えて貰ったワーレス商会の支店って、地図だとこの辺りの筈……。あ、あそこね。……あれ?」
仕事帰りに少々回り道をしたルーナは、さほど迷わずに目指す店舗を見つけたが、なぜかその出入り口付近でうろうろしている祖父を見つけてしまった。店の前を行ったり来たりしてどう見ても挙動不審なネーガスを無視して店に入るわけにもいかず、ルーナは声をかけてみる。
「ええと、おじいさん? こんな所で何をしているんですか?」
すると勢い良く振り返ったネーガスは、何やら激しく狼狽しながら言い返してきた。
「う、うおぉっ! ルッ、ルーナ! お前、こんな所で何をしている!?」
「何って……、家に帰る途中だけど……」
「ご領主様のお屋敷からだと、回り道になるだろうが! 仕事が終わったら、寄り道などしないでさっさと帰ってこい!」
ネーガスの言い分は確かに正論であるため、ルーナはおとなしく頷いておくことにした。
「はぁ……、すみません。帰ります。ところでおじいさんは、ここで何か買い物ですか?」
「単なる散歩の途中だ! 買い物など、家の者や店の者に任せとるわ!」
「あ、おじいさん! 帰るなら一緒に……、って」
腹立たしげに叫んだネーガスは、ルーナが引き留める間もなくそのままの勢いで駆け去って行った。そしてその場に取り残されたルーナは、呆然としながら呟く。
「行っちゃった……。あの年で、元気だなぁ。私も見習わないと」
そんなことをしみじみと呟いたルーナは、気持ちを切り替えて再び歩き出した。
「うん、早く帰って、伯母さんやイルマさんのお手伝いでもしようっと。店の場所は分かったし、本を見るのはお休みの日で良いよね」
そして気分良く帰宅したルーナだったが、帰宅するととんでもない事態が待ち構えていた。




