(2)決意
「アリー、説明するわね? この人は死んだ母さんのお兄さん、つまり私達の伯父さんなの。以前に母さんからちょっと話を聞いたことがあるけど、会うのは私も初めてよ」
隣に座って緊張している妹にルーナが説明すると、ゼスランが照れ臭そうに挨拶してくる。
「改めて、初めまして。初めて顔を合わせたのが穴に落ちたところだなんて、なんとも間抜けな伯父さんだと思われそうだが、よろしく」
「初めまして。よろしくおねがいします」
人好きのする笑顔を向けてきた伯父に、アリーの緊張感も和らいだのか笑顔で頭を下げた。それに微笑み返してから、ゼスランが顔つきを改めてルーナに尋ねる。
「それで、この間のことを確認させて貰いたいのだが……。ダレンさんが三ヶ月前に亡くなってから、本当に君達2人だけでここで暮らしていたのかい?」
「はい。父さんから狩りの仕方は教わっていましたから、鳥や小動物は仕留めていましたし捌けます。少し離れた日当たりの良い場所で畑を作っていまして、麦や食用の野草を栽培していましたし。飲料水用の泉はすぐ近くにあります」
全く大した事ではないという風情でルーナが告げると、ゼスランはしげしげと片付いている室内を見回してから、微妙な何とも言えない表情で項垂れた。
「……見たところ小屋の中もきちんと整っているし、本当に支障はなかったようだね。私の姪が年齢に似合わず、通常以上の生活能力保持者なのが分かって、伯父さんは嬉しいよ」
「あまり嬉しくなさそうですが?」
「ああ、うん。すまない。ここは本来なら褒めるべきなのだろうが、ちょっと脱力してしまって」
「はぁ……」
どう返して良いか分からなかったルーナは当惑したが、ゼスランはすぐに気を取り直して話を続けた。
「それでルーナ。君は幾らなんでも、この山の中だけでずっと暮らしていけると思ってはいないだろうね?」
その問いかけに、ルーナは真顔で首を振った。
「さすがにそこまでは……。父さんは熊や猪を狩って、その肉や毛皮を村の人に売って生計を立てていましたが、今の私には力がなくて無理です。獲物は小動物が精々ですから」
「理解してくれていて良かった。そうなると、ここに居座っていたのは、村の人達から離れた街の孤児院に入るのを勧められたからかな?」
「それもありますが、そこで養子縁組を斡旋してくれるとの話もあったからです。でも、姉妹二人とも引き取って貰えるのは、望み薄だと言われまして……」
「…………」
困った顔でルーナが隣に座る妹に目をやると、アリーが無言で項垂れる。そんな姉妹を眺めたゼスランは、感心した顔つきになって深く頷いた。
「なるほど……。良く分かった。それで取り敢えず、二人でもここで生活できるのを、実践しようとしたわけだ。それで村の人達に、納得して貰おうと考えたんだね。大したものだ。それこそ言うは易し、行うは難しだよ。本当に頑張ったね、ルーナ」
「……ありがとうございます」
(うわ……、初対面の人の前で、なんだか泣きそう。怒られるならともかく、褒めて貰えるとは思わなかったし)
優しくこれまでの苦労を労われたルーナは、自分の涙腺が緩むのを感じた。それを必死に堪えていると、ゼスランが真顔になって申し出てくる。
「それでは君達に提案だが、ここを引き払って、二人一緒に私の家に来ないかい?」
「え?」
「伯父さんのおうち?」
「そうだよ」
突然の申し出にルーナは驚いたが、それ以上にアリーがきょとんとした顔になった。そんな二人に、ゼスランが真剣な面持ちで言葉を継ぐ。
「家には私の両親、君達にとっては母方の祖父母と、私の妻と三人の子供がいるんだ。ロザリーとダレンさんが亡くなったのを知って、皆で相談してね。君達二人を引き取ることにして、私が迎えに来たんだよ。二人一緒に生活できるのなら、問題ないだろう?」
「……おねえちゃん?」
困惑と脅えが入り混じった顔で妹から見上げられたルーナは、少し考え込んでからその提案に対する最大の懸念事項を口にしてみた。
「私達は問題なくても、そちらではどうなんですか? 母さんは父さんの結婚を反対されて、勘当されていますし。伯父さんと伯母さんはともかく、お祖父さんやお祖母さんが嫌がりそうですけど」
「ああ……、うん。母に関しては心配いらない。それに確かに父は頑固だが、この件に関しては表立って反対はしなかったから、大丈夫……、だと思う」
「そうですか……」
(なんだか微妙な言い回しだけど、本当に大丈夫かしら?)
どうにも言葉通りに捉えて良いのか迷ったルーナだったが、ここでゼスランは顔つきを改め、切々と訴えてきた。
「ルーナ。少々きついことを言うが、人が生きるのには水と食べ物だけあれば良いというわけではない。きちんと必要最低限の教育を受けて、人とかかわり合っていかなければ。ダレンさんのように山に引きこもって生活する人は、世の中から見ればほんの一握りだ」
「そうですね……。街育ちの母さんが、良くこんな所で嬉々として暮らしていたものだと思います」
「私は君達の身内として、世間からすれば子供にすぎない君達を保護し、立派に一人立ちさせるまで養育する義務がある。だから、この状態の君達を放置しておくことはできない。頼む、私と一緒に来てくれ。この通りだ」
そう言ってゼスランは、深々と頭を下げた。(本来であれば、世話になる自分達の方が頭を下げる場面よね)とルーナが思っていると、アリーも横で困惑した顔になる。
「おねえちゃん?」
その呼びかけで、ルーナの心は決まった。
「分かりました。これまで音信不通だった母さんの身内にご厄介になるのは心苦しいのですが、アリーともどもよろしくお願いします。アリー、二人一緒なら良いわよね?」
ルーナがそう確認を入れると、アリーは素直に頷く。
「うん……。伯父さん、よろしくお願いします」
それを見たゼスランは、破顔一笑した。
「良かった。安心したよ。絶対に後悔させないから。家族全員、君達が来るのを楽しみにしているからね」
「あの、でも……。さすがにこれから街に行くとかの話にはなりませんよね?」
「君達が良ければ、このまま連れていっても良かったが……。さすがに荷物を整理したり、村の人達にも挨拶とかしなくてはいけないだろう? 今日は一度帰って、来週改めて迎えに来ようと思うがどうかな?」
その申し出に、ルーナは安堵しながら頷く。
「そうしてくれると助かります。ところで伯父さん達は、どこに住んでいるんですか?」
「このシェーグレン公爵領の、中央街であるグラルだよ。そこで穀物を取り扱う商会を経営している」
「そうでしたか……。全然知りませんでした。ひょっとして、結構規模が大きいところとか?」
「まあ、それなりに……。リゼルさんがロザリーから話を聞いていて、店宛に手紙を送ってくれて本当に助かったよ。後で改めてお礼をしないと」
(こんなに早く、ここを出ることになるとはね。だけど確かにいつかは限界がくるのは分かっていたし、それが少し早まっただけだと思って、割りきるしかないか)
少々微妙な心境ながらも、ルーナはこの時点で完全に新しい土地で暮らす決意を固めた。
それから暫くの間、ゼスランは主に今後のことについてルーナと細々した話をしてから、姪達に麓の村まで送って貰った。その彼が預けてあった荷馬車に乗って帰るのを、ルーナとアリーは笑顔で手を振って見送ったのだった。




