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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
番外編:腹黒令息、初めての挫折

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(5)敗北感

「このガキがぁあぁぁっ!」

「おい、何するんだ!?」

「お前は引っ込んでろ!」

「うわっ!」

 憤怒の形相で少女を拘束した男をナジェークは引き離そうとしたが、逆に乱暴に蹴り転がされる。そのまま男は、早くも自分の仲間三人を沈黙させたカテリーナの父親に対して恫喝した。


「おい、おとなしくしろ! このガキはお前の娘なんだよな!? まさか娘の顔に、傷を付けたくは無いよな?」

「貴様、卑怯だぞ! それでも男か! その子を離せ!」

「うるせぇ、黙れ!」

 ナジェークは憤然として叫んだが、当事者である騎士は娘を人質に取られているにも関わらず、淡々と言い聞かせてくる。


「少年、そいつは男では無い。単なるゴミだ。ゴミは恥と言うものを知らん。何を言っても無駄だ」

「なっ、何だと! てめぇ、言いやがったな!? ぐわあぁぁっ!」

「え!?」

 そこで相手を罵ろうとした男は、その腕で拘束されていたカテリーナが皮を剥き、更に手で潰したオレンジの残骸を顔の左半分、正確には左目付近に勢いよく押し付けられ、その刺激感で悲鳴を上げた。反射的に彼女の拘束を解いて服の左袖で顔の左半分を拭っていると、その彼の右目付近に何かが勢いよく激突する。

 

「そりゃあぁぁっ!」

「ぐぉあっ!」

 油断していた男の右目付近に衝突した物が、硬貨を入れているような革袋だとナジェークが認識するより早く、騎士が驚くほどの速さで距離を詰め、動揺著しい男の腹に情け容赦なく渾身の一撃をお見舞いした。 


「ほぅあぁぁっ!」

「がっ……」

「…………」

 すると男は呆気なく石畳の上に倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。それをナジェークが唖然としながら声もなく見入っていると、拘束から抜け出た後はさっさと男から距離を取っていたカテリーナが、ハンカチで両手のオレンジの果汁を拭き取りながら、能天気にも聞こえる口調で歩み寄って来た。


「お父様、狙いはバッチリでしたね」

「当然だ。まさかカテリーナの目の前で、外すわけにはいかないからな」

 そんな事を言い合いながら事も無げに笑い合っている二人に、ナジェークは心の中で盛大に突っ込みを入れた。

(いやいや、どっちも危な過ぎるだろう! 本当に何を考えているんだよ、この父娘!)

 しかし当の二人はナジェークの心境などお構いなしに、倒れている四人を見下ろしながらこれからの算段を話し合う。


「さて、それでは一度市場に戻って、王都内を巡回している近衛騎士を呼んで貰うか」

「そうですね。さすがにお父様一人では、この人達を運べませんし」

 そこで男は思い出したようにナジェークに向き直り、鷹揚に声をかけてくる。

「それでは少年。今日は災難だったな。また面倒な奴らに絡まれる前に、気を付けて帰れよ?」

「またこの辺りをうろつくつもりなら、それまでにもう少し常識を身に付けておきなさいよね」

 すかさず続けられた少女の台詞にナジェークが反論しようとしたが、その前に男がやんわりと娘を窘めた。


「カテリーナ、少々言い過ぎだぞ?」

「だってあの子、オレンジ1つの代金を金貨で払おうとしたのよ?」

「そうなのか? それはさすがに、世間知らずと言われても仕方がないがな」

「…………っ」

 娘と共にその場から離れながら口にした男の台詞に悪気は全く無さそうだったが、ナジェークは自分の行為が無性に恥ずかしくなり、弁解がましく反論するのを止めた。そして無言で父娘を見送っていると、市場から路地に入り込んできた二人組が、ナジェークを認めて安堵と怒りが混在した声を上げる。


「こんな所にいた!! ナジェーク様、探しましたよ! 勝手に歩き回らないでください! って、え?」

「何なんですか? この倒れている連中は?」

 蒼白な顔で駆け寄ってきたアルトーとヴァイスが、石畳に転がっている四人を見てギョッとした顔つきになったが、ナジェークは先程感じた自分の不甲斐なさを二人に対する怒りにすり替えながら、足早に歩き出した。


「知らん! 昼から酔っ払った挙げ句に、殴り合いの喧嘩をして転がっているだけだ! もう屋敷に帰るぞ!」

「あ、ナジェーク様!」

「お待ちください!」

 一体どうしたのかと二人が探るような視線を向けているのは分かっていたが、ナジェークはここで何が起こったのかを正直に語りたくは無かった。


(悔しい……。幾ら四人がかりとは言え、ごろつき相手に手も足も出なかったなんて。それ以前に全部自分の失態なのに、見ず知らずの人間に庇って貰った挙げ句、八つ当たりしてお礼を言うこともすっかり忘れてしまうとは……)

 自分の未熟な技量云々に加え、普段両親から厳しく躾けられているにも関わらず完全に礼を逸してしまった事を遅れて認識した彼は、一人深く反省した。


(完敗だ。それに父上とはタイプが違うけれど、別な意味で格好良いじゃないか。ああいう人は初めて見たな……。名前くらい、ちゃんと聞いておけば良かった。あの子の名前がカテリーナというのは分かったけど、幾ら何でもそれだけでは探すのは無理だろうし)

 そしてナジェークは相手の身元をきちんと確認しなかった事を残念に思いつつも、最後は割と爽快な気分で屋敷に戻った。


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