(10)王宮へ行こう!
姉、兄の誕生日に引き続き、自分の誕生日にも新開発した玩具や新作の本を披露したエセリアは、その後もワーレス商会の顧問として利益を稼ぎ出しながら、充実した日々を過ごしていた。それは、見た目よりも精神年齢が高いことが功を奏したのか、殆どの学習課程・教養科目で家庭教師からお墨付きを貰えていたことで、多少常識外れの行動も両親が容認してくれたことが大きかった。
エセリアはそんな寛容な両親が大好きだったが、ある日家族全員が顔を揃えた夕食の席で唐突に言われた内容に、本気で首を傾げた。
「エセリア。再来週に王宮に出向いて、お姉様にご挨拶するからそのつもりでね? コーネリア、あなたの顔も見たがっていらっしゃるから、一緒に行きますよ?」
「はい、お母様」
コーネリアは素直に頷いたが、エセリアは何気なく尋ね返した。
「お母様、お姉様とは誰の事ですか?」
彼女がそう発言した途端、食堂内が一瞬静まり返り、次にミレディアとコーネリアの悲鳴じみた声が上がった。
「まあ! お姉様の事を忘れたの!? 本当に?」
「お母様と同じ、キャレイド公爵家出身の王妃様の事よ!?」
「あ、すみません! そう言えばそうでした!!」
指摘され、頭の隅に追いやられていた記憶を引っ張り出したエセリアは、慌てて言い繕った。その様子を見ながら、ディグレスとナジェークが微妙な顔を見合わせる。
「無理もないな。まだエセリアは王妃様には一度もお目にかかった事はないから」
「確かに、血が繋がっていると言われても、実感が湧かないかも。実際にお目にかかるまでは、僕もそうだったし」
「今まではあなたが小さかったから、身内だからと言えども失礼な事があってはと、控えていたの。もう七歳になったから、大丈夫かと思っていたのだけど……」
頬に手を当てて、心配そうに考え込んでしまったミレディアを見て、エセリアは力強く断言した。
「大丈夫です、お母様!」
「そう? それなら予定通り出向きましょうか」
「ところでお母様。何か王妃様にご用がおありなのですか?」
話に一区切り付いたと判断したコーネリアが、王宮に出向くそもそもの理由を尋ねると、ミレディアは困った顔になりながら口にした。
「そういう事では無いのだけれど……、お姉様は最近鬱屈される事が多いらしくて。『気晴らしをしたいから、子供達を連れて顔を見せに来なさい』と言われたの」
「気晴らしですか?」
そこで不思議そうな顔になった妹を見て、母の言わんとする内容をすぐに察したコーネリアは、穏やかに彼女を宥めた。
「エセリア。詳しい話は、食べ終わったらしてあげるわ」
「はい、お姉様。分かりました。後で説明をお願いします」
エセリアも姉の表情から、夕食の席で話す類のことではないらしいと見当をつけ、大人しく引き下がった。
それからは普通に会話をしながら楽しく食べ進め、食後に子供達はコーネリアの部屋に集まった。
「それでお姉様。先程の王妃様のお話は、どういう事ですか?」
その問いに、コーネリアは一瞬迷う素振りを見せてから、慎重に話し出した。
「ええと……、王妃様はご結婚以来、一度もご出産されていない事は知っている?」
「なんとなく、聞いた覚えがあるような、ないような……」
自信なさげに呟いたエセリアに、コーネリアは質問を続けた。
「それなら、王妃様の他に、陛下には側妃が三人いらっしゃる事は?」
その質問には、エセリアは妙にきっぱりと断言した。
「聞いていたら、『うちの国王はクズ野郎なのね』と思っていそうなので、聞いていないと思います」
「エセリア、仮にも国王陛下だから。言動には本当に注意してくれ」
遠慮のなさすぎる発言にナジェークは本気で頭を抱えたが、姉妹の容赦ない会話は更に続いた。
「因みに陛下の側妃方が、既に王子殿下を二人、王女殿下を三人ご出産されている事は?」
「それは……、聞いていたとしても、だからどうしたと聞き流していたと思います」
何とも言えない表情で応じたエセリアだったが、コーネリアはそんな彼女に淡々と告げた。
「それで、最近陛下が四人目の側妃を後宮に入れようと画策しているとか、その側妃が既に懐妊しているとかの噂は?」
「国王陛下って……、すっかり駄目親父ですね。この国の将来は、大丈夫なんでしょうか?」
「姉上……。僕もその噂は初耳です。どこからそんな話を……」
半眼になって国の将来を憂う妹と、唖然としている弟を眺めながら、コーネリアは真顔で確認を入れた。
「公務をきちんとこなす傍らいがみ合う側妃をまとめて、女官達を取り仕切って王宮の仕事を回している王妃様の気苦労が、少しは理解できたかしら?」
するとエセリアが、声を張り上げながら答える。
「はい! もう、涙無くしては語れませんね! 王妃様は偉いです!」
「……それって、泣くほどの事か?」
妹が実際に涙目で叫んだ為、ナジェークが思わず懐疑的な表情で突っ込みを入れた。しかしすかさず、姉と妹から反論される。
「男は黙ってて」
「そうよ、ナジェーク。これは女性の機微に関する、繊細な話なのよ?」
「……失礼しました」
そこで反射的に謝ってしまったナジェークを放置して、女二人は真剣に語り合った。
「それで子供がいない王妃様は時々自分の妹達に声をかけて、子供も一緒に王宮に招待して下さるの。子供がいない分、甥や姪を可愛がってくださっているから」
「そうだったのね……。それならお姉様。日頃忙しく寂しい思いをなさっている王妃様を、その時に喜ばせたり楽しんでいただきたいわ!」
「そうね。特に今回は、エセリアが初めてお目にかかる機会だし。どんな事をすれば良いかしら?」
途端に難しい顔になったコーネリアだったが、すぐにエセリアが明るい表情になりながら告げた。
「お姉様、いい考えがあります! ちょうど昨日ミランが持って来た、試作品があるんです!」
「まあ、どんな物? 今までエセリアが考えたゲームの中から、何か持って行こうと考えていたけど、試作品ならまだ市場には出ていないし、ちょうど良いかもしれないわね」
コーネリアが頷いたのを見たエセリアは、壁際に控えていた自分付きの侍女を振り返って、早速指示を出した。
「それじゃあミスティ。急いで部屋に行って、机の上に置いてある箱を持って来て。お姉様に見て貰うから」
「少々、お待ち下さい」
一礼して部屋を出て行くミスティを見送ったコーネリアは、不思議そうに妹に声をかけた。
「エセリア、今度は何を考えたの?」
それにエセリアが、胸を張って断言する。
「うふふ、それは見てのお楽しみです! あれだったら大人の王妃様でも、必ずドキドキワクワクしていただけますわ!」
「そうなの? 凄いわね」
「何か……、妙に不安だ。王妃様にお目にかかるのに、本当に大丈夫なんだろうか?」
感心した様子でコーネリアが相槌を打ったが、その横でナジェークが不安に満ちた表情で呟いた。そして不幸な事に、彼のその不安は的中してしまうのだった。




