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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第9章  “後悔”は、いつでも先に立ちません

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(14)新たな構想

「そういえばエセリア様、新作の執筆は進みましたか?」

 イズファインへの説明が一通り終わったのを見計らって、サビーネが声をかけてきた為、エセリアはそれに笑って頷いた。


「ええ、取り敢えずは。昨年からこつこつ書いていた物が最後まで書けたので、今日ミランに持って帰って貰おうと思っていたの」

「きゃあぁぁっ! 楽しみですわ! 一刻も早くワーレス商会で、販売してくださいませ!」

「はぁ……。両親に、そう伝えておきます」

「それではエセリア様、今後公務に携わる事も無くなりましたし、どんどん執筆していただけますのよね?」

 引き気味のミランを尻目に、サビーネが上機嫌のまま問いを重ねたが、ここで何故かエセリアが言いよどんだ。


「ええと……。それに関してなのだけど、ちょっとそういうわけにもいかないみたいで……」

「え? どうしてですか?」

 サビーネはもとより、他の者も一様に怪訝な顔になったが、そんな周囲を見回しながらエセリアが口を開いた。


「シェーグレン公爵家で実際に管理するとは言っても、名目上私が賜った領地を全くの人任せにはできないと思って、その領地の資料を取り寄せて、この間精査していたのよ」

「流石ですね、エセリア様」

「本当に。絶対にあの前王太子殿下などは、管理運営は官吏に任せて、王太子領の把握などはしていませんでしたよ」

 すかさず感嘆の声が上がる中、エセリアの話が続いた。


「それで領地の現状を把握してみたら、本当にこれと言った特徴も、特産品も資源も無い所だったの」

「逆に言えば、だから比較的容易に下賜されたとも言えるんだが」

 苦笑いで口を挟んできたナジェークに、彼女が深く頷く。


「お兄様の仰る通りですわね。ですから私、下賜されたからには、あの領地の価値を高めてみようと思いましたの」

「価値を高める? 何か特産品を掘り起こすとか、新しい物を作り出すとかかな?」

「ええ。人を特産品にして、国内に供給しようかと思いまして」

「…………」

 兄の問いかけにエセリアがさらりと口にした瞬間、その場が不気味に静まり返った。その反応を見た彼女が、少し狼狽しながら説明を付け加える。


「あ、ええと……、少々語弊があったかもしれませんが、優秀な人材の教育と発掘と言う意味ですわよ?」

「エセリア様っ! 諸々が片付いて、気が緩んでいらっしゃるのは分かりますが、本当にもう少し言動に注意してください! 一瞬、エセリア様が人身売買に乗り出す気なのかと、背筋が凍りましたよ!!」

 そこでいち早く衝撃から立ち直ったミランが、盛大に文句を言いながら叱りつけると、エセリアは如何にも不本意そうに言い返した。


「嫌だわ、ミラン。そこまで勘違いする方は、そうそういないわよ。……皆さん、そうですよね?」

「…………」

 しかし他の者が微妙に視線を逸らしたまま黙り込んでいるのを見て、エセリアは顔を引き攣ながら兄に視線を向ける。


「お兄様?」

「その……、すまない。一瞬、本気かと思った……」

「…………」

 実の兄にまで大真面目にそんな事を言われて、エセリアは表情を消して黙り込んだ。そんな気まずい空気を何とかしようと、イズファインが話の先を促してみる。


「エセリア嬢。それで、優秀な人材の教育と発掘と言うのは、どういう意味ですか? クレランス学園のような物を、領地に設置して運営すると言う事でしょうか?」

 それを聞いたエセリアは、気を取り直して説明を始めた。


「最初はそれを考えたのですが……。学園に三年通って、あそこは教育する為の研究機関だと思ったのです」

「はい?」

 途端にイズファインだけではなく、他の者も戸惑う表情になった為、エセリアは噛み砕いて説明しようとした。


「ええと……、つまり、各教授に研究室は与えられていますが、あくまでもそこは学生に学問を教える為に資料を編纂したり、研究を進める為の物であって、それ以上でも以下でも無いのです。世間一般に向けて、それらを発信する場所ではありません」

「そうなるとエセリアは、学園が閉鎖的だと言いたいのか?」

 少し考え込んでから、思ったところを口にしてみたナジェークだったが、彼女は小さく首を振った。


「閉鎖的と言うのとは、微妙に違うと思いますが……。要はすぐに実生活に役立つ、実学としての考え方が不足、または欠落していると言う事です」

「実学……」

「ですからその領地では、純粋な学術研究に特化した施設などでは無く、研究テーマ毎に広く民間に門戸を開いて、研究開発をする機関を創設できないかと考えているのです」

「すまない、エセリア。もう少し分かり易く説明して貰えるか?」

「そうですね……」

 益々難しい顔付きになってきたナジェークに懇願されて、エセリアは身近な例を挙げてみた。


「例えば……、ワーレス商会ではこれまでにも数々の新商品を開発しているけど、それはあくまでも十分な資金と人員を抱えているから可能だった事でしょう? だけど世間には、クオールさんと同じように優れたアイデアや技量を持った人がいても、チャンスに恵まれないまま埋もれている可能性は無いかしら?」

 そう問いかけられたミランは、深く頷きながら驚きに目を見張った。


「確かに、その通りだと思います。それではエセリア様は、そう言った人達や技術をすくい上げる為に?」

「ええ。工学、農学、医学、実生活に役立つ、それらの技術や技法を研究開発できる人材を集めて資金を提供して、結果を世間に公開するの。ただしもの凄く貴重な物の場合には、勝手に乱用されないように、特別に認可を与える制度の考え方を、世間に周知徹底させなければいけなくなるけれど」

「特別な許認可制度か……」

 そこで再びナジェークが真剣な顔つきで考え込むと、エセリアは今度はカレナに視線を向けた。


「それにカレナ。クーレ・ユオンの時に日の目を見た蜜蝋は、それまでは領内では持て余されていたのよね?」

 その確認を入れてきたエセリアに、カレナが深く頷く。


「はい。あの時、ワーレス商会が取り上げてくださったお陰で、あれ以降領地での収益が増えて、とても助かりました」

「それと同じように、この国内には日の目を見ない資源、産物がまだまだ隠れていると思わない? その土地の人間が無価値だと思っていても、先入観が無い者が見たら、案外違う用途を見いだす可能性だってあるわ。だからその機関には、各種調査と助言や指導を与える為のコンサルティング部門も立ち上げたいと考えているの」

「『コンサルティング』とは、初めて聞く言葉だが……」

 ナジェークがぶつぶつと呟く中、カレナが感激したように声を上げた。


「凄いですわ、エセリア様! それならそれができたら、国中どこでも豊かになりますのね!?」

「事はそう簡単な話ではないし、軌道に乗るまでは何年、いえ、何十年もかかるかもしれないけれど、成功すればね」

 興奮状態のカレナを宥めるようにエセリアが苦笑しながら言い聞かせると、それにナジェークの真摯な声が続いた。


「それでも、そんな大事業を一個人で手がける訳にはいかないだろう。国家の利益にも関わる事だ」

「お兄様ならそう仰るだろうと思いましたので、献策書を纏めておきましたの。できれば内容を添削の上、王太子殿下か国王陛下のお目に留まるように配慮していただければ、とても嬉しいですわ」

 そこでエセリアが笑顔で振り向き、要求を繰り出してきた為、ナジェークは苦笑いしながら請け負った。


「分かった分かった。全く、何日かおとなしくしていたかと思ったら、こんな大事を考えていたとはな。恐れ入ったよ」

 そこでシレイアが椅子を背後に蹴倒す勢いで立ち上がり、自分を売り込み始めた。

「ナジェーク様! 正式に国もこの事業に乗り出すのなら、担当官吏に是非とも私を推薦してください! 若くて柔軟な考え方ができますし、前例の無いこれに携わる者として、適任だと自負しております!」

 それに如何にも慌てた、ローダスの声が続く。


「シレイア、抜け駆けするな! 俺だってこんなスケールが大きい新規事業、募集がかかったら即立候補するぞ!」

「あら、あなたは外交局所属じゃない。仕事を覚えたらさっさと国外巡りに行ってらっしゃいな。その点私は民政局勤務なのよ? しっかり業務範囲に含まれているわ」

「そうだった……」

 シレイアにあっさり言い返されて、ローダスががっくりと肩を落とすと、そんな二人のやり取りを見ていたナジェークが、笑いながら宥めた。


「まあまあ、二人とも。まだ構想段階にもなっていない事に関して、今どうこう言っても始まらないから。始動するのは早くても一年か二年はかかるし、それまでに今の部署できちんと成果を出しておく事が重要だね」

「確かにそうですね」

「肝に銘じます。その時までに、有能な使える人材だと売り込めるように、日々頑張りますわ」

 瞬時に冷静になった二人が、官吏としての実績を積んでおく事を決意し、そんな彼女達を横目で見ながら、エセリアがサビーネに結論を述べた。


「そういう訳だから、今後も新作を立て続けに出すと言うのは、難しいと思うの」

「そんな……」

「でも最近では才能ある新規の作家の方達が、次々と頭角を現しているから、勘弁して貰えないかしら?」

 愕然となったサビーネだったが、エセリアが申し訳無さそうにそう言葉を重ねた為、溜め息を吐いて諦めた表情になった。


「仕方がありませんわね……。エセリア様の才能は、多岐に渡る物ですもの」

 それで吹っ切れたらしい彼女は、それからは新しい研究機関の事について積極的に質問を繰り出し、ひとしきり全員で、それに関しての激論を交わす事となった。



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