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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第6章 “被害妄想”は、結局、妄想でしかありえません
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(9)そうは問屋が卸さない

「アリステア様」

「あ、リアーナさん! 久しぶりですね!」

「申し訳ありません。最近バタバタしておりまして、ご機嫌伺いも全くできませんで……」

 暫く顔を見る事が無かった友人を認めて、アリステアは嬉しそうに声を弾ませたが、対するサビーネは如何にも申し訳無く頭を下げてみせた。それにアリステアが、大真面目に首を振る。


「ううん、良いのよ。グラディクト様が言っていたけど、剣術大会の係の顔合わせや打ち合わせで、忙しかったのよね? もう実働している人達の名簿に、リアーナさんの名前もあったって聞いてるわ」

「そうなのです……。毎日の課題も多いのに、放課後まで拘束されるなんて……。他の優秀な平民出身の方と比べると、ギリギリ官吏科に滑り込んだ私など、授業に付いていくだけでどれだけ苦労しているか! 本当に腹立たしいですわ!」

「本当にエセリア様って、他人の都合や迷惑なんか微塵も考えない、傍若無人な人ですよね!」

(その言葉そっくりそのまま、あなたと殿下に返してあげるわよ)

 憤懣やるかたない様子でエセリアを非難したアリステアだったが、そんな彼女を見たサビーネは、心の中で罵倒した。しかしそんな事など面に出さず、冷静に話を続ける。


「アリステア様と殿下の主催で、オリエンテーションとやらの企画が進んでおりますのに、お手伝いできなくて申し訳ありません」

「あ、それでわざわざ謝りに来てくれたの? さっきも言ったけど、本当に気にしなくて良いのよ? リアーナさんは本当に真面目な人ね」

「恐れ入ります」

「でも準備は、殿下が動かせる人を集めているから心配要らないし、これを利用して私の交友関係も広げる事にするとも仰っていたし。流石、グラディクト様よね!」

 そう誉めそやすアリステアを見て、サビーネは(交友関係を広げるって……。また何かろくでもない事を企んでいるわけ?)と、少々焦りながら詳細について尋ねた。


「はぁ……、因みに交友関係を広げると言うのは、どういった事でしょうか?」

「私が将来、社交界で侮られたりしないように、今のうちに同世代の味方を作っておくんですって! 皆さんに好印象を持って貰うように、頑張らないとね! 詳しい事はまだ話して貰っていないけど、グラディクト様の事だから、きっと素晴らしい内容に違いないわ!」

 それで、粘ってもこれ以上の事は聞き出せないと悟ったサビーネは、あっさりと引き下がった。


「……そうですか。ご健闘をお祈りしております。それでは申し訳ありませんが、これで失礼致します」

「ええ、落ち着いたら、また顔を見せに来て頂戴ね」

「はい。また後ほど」

(あの女の交友関係を広げる? 普通に紹介しても、白眼視されるだけでしょうに……。殿下は一体、何を考えているのかしら?)

 笑顔でアリステアと別れたサビーネは、不安を募らせながら自分に与えられている寮の自室へと向かった。

 その日は二人とも放課後は別の用事があり、夕食を取る時間帯もずれてしまった為、サビーネは夜もあまり遅くならないうちに、エセリアの私室を訪れた。


「エセリア様、今日アリステア嬢の様子を見てきましたが、少々気になる事を耳にしました」

「あら、どんな事かしら?」

「詳細は不明なのですが、殿下がオリエンテーションを利用して、彼女の交友関係を広げる事を計画しているらしいのです。一体何を考えていらっしゃるのか、エセリア様には分かりますか?」

「『交友関係を広げる』ね……」

 テーブルを挟んで座っていたエセリアは、眉間に皺を寄せて考え込んだ。


(あまり当たって欲しくない予想が、的中したかもしれないわね)

 エセリアは溜め息を吐きながら立ち上がり、机の引き出しからあるリストを取り出した。それを、その間黙って自分の様子を窺っていたサビーネに差し出す。


「これを見て貰えるかしら?」

「このリストは何ですか?」

「ちょっと思うところがあって、今年の新入生の中から、該当する生徒を抜き出してみたの。既に両殿下の派閥に属している家を除いた上で、中立を明言している家と、どちらかと言うとアーロン殿下派寄りの上級貴族の家の、子女のリストよ」

 そこで素直に受け取ったリストに目を走らせたサビーネは、納得して頷いた。


「この名前ですと、確かにそうですね。態度を明確にしていない家とのコネを少しでも作りながら、彼女を紹介しておこうと考えているのでしょうか?」

「恐らく、そうではないかしら」

「ですが、単に彼女を紹介しても、あれでは鼻で笑われて終わりではありませんか?」

 普通に考えれば確定している結果についてサビーネが言及したが、エセリアは苦々しい顔付きになってそれに応じた。


「ですから、普通に彼女を紹介するだけでは無く、参加する生徒に恩を売るつもりではないかと思うの」

「恩を売る、ですか? エセリア様は、殿下達がどのような恩を売ると、お考えなのでしょうか」

「そうね、例えば……。オリエンテーション時に予め答えを書き込んだ用紙を準備して、その方達にそれを渡して、校内を歩き回らせずに済ませるとか?」

「……何ですって?」

 エセリアが具体的な内容を口にした途端、それまで戸惑っていたサビーネの顔が、瞬時に怒りの表情になった。そんな彼女に向かって、エセリアが重ねて尋ねる。


「そのような事、全くありえないかしら?」

 その問いかけにサビーネは少しだけ考え込んでから、心底嫌そうに彼女の懸念を肯定した。

「いえ……確かにあの二人だったら、やりかねませんわね。ですがエセリア様。他の人間は分かりませんが、キャロルはそんな不正など良しとしませんわ」

 唐突にサビーネの口から出てきた名前を聞いて、今度はエセリアが驚いた。


「キャロルと言うのは、ここに書いてあるフランドル公爵令嬢の事? サビーネは彼女と旧知の仲なの?」

「はい。母親が従姉妹同士で結婚前から仲が良く、今現在も家族ぐるみのお付き合いをしています。伯爵家の我が家から見れば向こうは格上の公爵家ですが、そんな事を鼻にかけたりせずに私を慕ってくれる、性格の良い優しい子ですわ」

 サビーネの力強い訴えを聞いて、エセリアは安堵したように微笑んだ。


「そう、それなら好都合だったわ。殿下達のろくでもない企みを粉砕する為に、近いうちにあなたから、彼女に話を通しておいて欲しい事があるのだけど」

「何でも仰って下さい! そんな不正の可能性を耳にしたら、キャロルだって憤慨するに決まっています!」

 それから二人はリストの名前を確認しながら詳しい打ち合わせを済ませ、サビーネはやる気満々の表情で自室へと戻って行った。そして部屋で一人になってから、エセリアは疲れたように溜め息を吐く。


(本当に毎回毎回、騒ぎを大きくしてくれるわね)

 そして何気なくリストに視線を落としながら、現実的な問題について考えを巡らせる。


(グラディクト派の貴族が多いと、殿下が失脚した時に内政が混乱しそうだし、婚約破棄を実行して貰う事は勿論大事だけど、それまでにグラディクト派の勢力を、削げるだけ削いでおいた方が良いのよね。この事は年度末休暇の時にこっそりお兄様とも話し合って、お父様にもばれないように、着々と裏工作を進めてくれている筈だけど……)

 そこで立ち上がったエセリアは、そのリストを元通り引き出しにしまいながら、決意を新たにした。


(それなのにこの学園内で、新しい人脈なんか作られてたまりますか。ここは断固阻止するのみ。そうと決まれば、オリエンテーション前に、ローダス辺りにもう一働きして貰いましょう)

 そう即決したエセリアは、そのまま机に向かって、具体的な方策を検討し始めた。



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