ライバルですがなにか?
目の前に浮かぶロゴを、二人の少女は息をするのも忘れてじっと見つめていた。
画面から、場の空気にそぐわない軽快なメロディーが流れ出す。
その音だけが聞こえる中、微かに震える少女の声がポツリ。
「キーちゃん……」
そして、もう1人の少女からも震える声がもれる。
「うん……」
じわりと少女達の目に涙が浮かび、また部屋に静寂が戻ろうとした瞬間
「ついにっ……」
「きたぁああぁああああっ!」
「やったぁぁあああぁあっ!」
少女達の歓声が部屋に響き渡った。
「うるさいっ!」
……部屋の外からの怒鳴り声も響き渡った。
~そして場所は移り~
鏡に薄水色の髪をキッチリと一つ結びにした可憐な美少女が映っている。
「よっし、これでよし!」
そう言った後、鏡に映る可愛らしい少女を見ながら私はおもわず苦笑する。
フンワリとした薄水色の髪、パッチリとした目。スッと通った小ぶりな鼻。華奢な体躯。
そんな鏡に映る加護欲をそそられる美少女は、何を隠そう。
「やっぱりなれないなぁ」
そう呟いたこの私である。
一つ言っておきたいのは、決して私はナルシトでも自分の事を美化している訳でも無いということだ。それにコスプレでも無い限りあり得ないようなこの薄水色の髪の毛も地毛である。
つまみ上げると少しだけ髪が光に透ける。軽く引っ張ると頭に違和感を感じる。
「やっぱりなれない」
この十年ちょっとこの髪で過ごしてきたが、黒や茶が殆どだったのに対してカラフルな髪ばかりなのは少し慣れない。
やはりこの髪より長く付き添った焦げ茶色の髪の方が落ち着くし目に優しい。
おっと、見た目が十代位なのに十年ちょっと連れ添った水色の髪より、茶色の髪の方が長く付き添ったってどういうことかって?
答えは簡単。私が実は十代ではなく三十代だったから!
……まぁ嘘だけど。
答えを一言で言うと『転生』。他の言い方だと『生まれ変わり』だ
何を隠そう。私は俗に言う転成者で、自分が作ったゲームの中に生まれ変わったのだ!
今までの事を簡単に言うと『お餅を喉に詰まらせたらファンタジーな自作ゲームの中に転成しちゃった。ほし。』
……つまりそういう事だ察してほしい。ついでにお餅については気にしないで。
しかもややこしいのが、私が転成したのはライバルの令嬢。所詮ヒロインから見た悪役令嬢である。
そう、悪役令嬢。
お餅を喉に詰まらせたと思ったらいきなり赤ちゃんになってた挙げ句、やっと自我ができて転成を理解したらコレである。
名前と、どんどん育っていく自分を見ているうちに私は気付いた。寧ろ気付かされた。
覚えのある名前、見覚えのある髪や目の色。
―あ、これ、前世で親友と作ったゲームのキャラですやん?―
気づいた瞬間、まず色の再現度の高さに感動した。
そして実際に再現するとこんな感じなのかーなるほどなー。とまじまじと観察した。
このゲームのキャラデザを担当した身としてはなんかこう、感慨深いものがある。
自覚してからの私は頑張った。お父さんに頼んでどうにか攻略キャラである少年達の情報を集めたのだ。
ちなみにその時なぜか父は泣き、母はとてもニコニコしていた。
なぜ私が彼らと会おうとしたのか。それは簡単である。
ゲームのシナリオを開始させないためだ。
せっかくこの世界に生まれ生きているのだ、キャラクター達(今はもう我が子の様なもの)にはイベントとかに関係なく自由に恋愛をして幸せになってほしい。
それが主人公ならそれはそれで、別の方ならそれでもいい、寧ろ恋をしないのもいいかもしれない。
ただ、イベントが起きたから。それだけで彼らの気持ちが決まってしまうのはひどく切なかった。
―ただ好きなように恋をさせてあげる事。それが私からの彼らの運命を決めてしまったことに対するせめてもの罪滅ぼしだと思うから……
とりあえずゲームのことを思いだそうとしたところで一つのことに気付く。
―やべぇ、なんとなくしか憶えてない―
前世では二人でキャラクターの設定や物語の簡単な流れを考えた後、親友がストーリーを描き。私はキャラクターのデザインなどを担当していた。他の言い方をするなら、親友が“書いて”それに合わせて私が“描いて”いたのだ。
え?わかりにくいって?ごめんごめん。
簡単に言うと私はキャラデザについては詳しいけど、ストーリーについてはあまり詳しくないのだ。
そのあと私は情報を集めたり新しい体の身体能力の高さに、思わず令嬢らしくないとてもアクティブな性格になり。
最初は渋い顔をしていた周りからも、生暖かい目で見守られつつ過ごしていき、そんな中で二つ気付いたことがある。
一つは大なり小なりキャラクター達の性格が設定と違っていたこと。
これについては実際に生きてるんだからしょうがないことだろうと思っていたから、それほど驚くことは無かったけれどもう一つの事実に私は少なからぬ衝撃を受けた。
何を隠そうその事実とは……
―どうやらこの世界には少なからずストーリーにかかわることについては謎の力が働いているようだということだ。
私がそのことに気付いたのはまだ小さい頃、ゲームで私の婚約者であるクライン=フォン=レグタントを親に紹介された時だ。
クラインと私、両方の親に一緒に遊んでらっしゃい。と部屋には私たち二人と最低限の護衛だけが残された。
ゲームだとここで私ことキルシー=レニイ=ボンテッドはクラインに恋をする。
だがしかし、今キルシーは私なのだ。そう簡単に恋はしない。
だから普通に友達としてクラインと仲良くなれたらいいな。
そう思っていたのに、クラインと目が合った瞬間に自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
戸惑いつつも、冷静に改めて挨拶を、まずそう思い声を出そうとした時。
「喜びなさい!このキルシーがあなたの“いいなずけ”になってさしあげますわ!」
私の口からはそんなセリフが飛び出し、慌てて謝ろうと思っても声が出ない。
そして体が勝手に動きクラインの柔らかなほっぺたにキスをした。
「「え?」」
見開かれるクラインの目、そして後ろに倒れる私の体。
私は、驚いたクラインに突き飛ばされたのだ。
視界にゆっくりと天井が映る。
「ごめんなさい……」
私はやっとでた声でただそれだけを呟いて、頭への鈍い痛みと腕に走る痛みに気を失った。
次に目が覚めたのは見慣れた布団の上で、思わず夢?と、そう思いたくなったけど、視界に移る右手に包帯が巻かれているのを見てあぁあれは現実なんだな。そう認識した。
それと同時にゲームのイベントを思い出した。
さっきのと全く同じ事が起こるのだ。
いや、一つだけ違うところがある、私が最後にごめんなさい……と呟いたこと。後はみーんな同じ。
何を隠そう。今回の事故は
クラインを攻略する上でかかせないことなのだ。
―そう、クラインは攻略対象である。―
クラインはこの事故がトラウマになり人を傷つけることを極端に恐がるようになる。
特にキルシーは運悪く怪我をしてしまった右腕に、傷が残ってしまうのだ。
その負い目から、クラインとキルシーの間には軽い依存関係が生まれてしまうのだ。
クラインを攻略するためには、そのトラウマを一緒に克服していくことになる。
「あれ?」
そこまで思い出して気付いたことがある。
私の腕は、確かに怪我をして包帯を巻かれている。だがしかし、たぶん怪我事態は大したことがない。ただ一人娘だからと少し大げさになっているだけだ。
この程度の傷なら私には日常茶飯事だ。
―ゲームでは傷が残ってしまったけれど、きっとこの傷は残らない。
私の感がそう告げる。
「よし!」
どうやらこの世界では、ゲームと同じことは起こっても、全く同じ結果になるわけではないらしい。
そう思うと元気が湧いてきて、私は気合を入れて立ち上がり、とりあえずハッピーエンドに向けて一歩踏み出すことにした。
そしてこの後逆ハーレムを狙う主人公と強制力を皆のお悩み解決のために利用したり、最悪な形で親友と再会してしまったりするのは、まだ少し未来の話。
とりあえず、まずはクラインのトラウマを軽くするために頑張ろうと思います。
攻略対象の皆を幸せにするためなら、喜んで嫌われ者になりますが何か?